携帯は競合でも「バイクシェア」で手を組む事情
ドコモ・バイクシェアとハローサイクリングの自転車が混在するシェアサイクルポート(筆者撮影)
シェアサイクル業界に大きな変化が訪れようとしている。株式会社NTTドコモの子会社であるドコモ・バイクシェア(DBS)と、ソフトバンク株式会社の連結子会社であるオープンストリート(OpenStreet)が業務提携を発表した。携帯電話業界のライバル企業の子会社同士がタッグを組む珍しい展開だ。
両社はともにシェアサイクル事業を展開しているが、そのサービス展開エリアには特徴的な違いがある。ドコモ・バイクシェアは主に都心部に密にサービスを展開しており、全国で約3770のポートを運営している。一方でOpenStreetの「HELLO CYCLING(ハローサイクリング)」は郊外エリアに強みを持ち、全国約8500カ所にポートを展開している。
今回の提携では、この両社が保有するシェアサイクルのポート(自転車の貸し出し・返却場所)を共有することが主な内容となっている。これにより、利用者は両社のサービスをより広範囲で、よりシームレスに利用できるようになる見込みだ。さらにバッテリー充電の設備の共通利用や、自転車などの共同調達の実施についても検討を進めていく。
この画期的な提携が実現した背景には、複数の要因が絡み合っている。
提携が実現した背景
提携のカギとなるのは両社のサービスエリアの補完性だ。ドコモ・バイクシェアは都心部に密にサービスを展開しており、OpenStreetは郊外エリアに強みを持っている。この地理的な補完関係が、協業の基盤となっている。
次に、都心部における用地確保の困難さがある。特に収益性の高い都心部では、公共用地も民間の土地も新たなポート設置場所を見つけることがますます難しくなっている。ドコモ・バイクシェアにとっては、これ以上の拡大が困難な状況に直面していた。
さらに、両社のハードウェア面での共通点も大きな要因だ。両社ともヤマハとパナソニックの自転車を使用しており、バッテリーの共用が可能だ。また、ポート管理にはビーコンとGPSを用いているなど、システム面での類似性も高い。設備の共通化に対する技術上のハードルが高くなく、メンテナンスなど事業運営上の連携も行えることが提携の決め手となった。
両社の提携の背景には、経営面での安定化という課題もある。
直近、ドコモ・バイクシェアは売上高が前期比約17%増の36億円で、純利益は1.3億円を計上している。だがこれまでの赤字が響き、5.4億円の債務超過にある。一方、OpenStreetは売上高が前期比約35%増の19億円と大幅に伸びているものの、11億円の純損失を計上し、赤字が続いている。
両社とも売り上げは伸びているだけに、今回の提携によるサービスエリアの拡大やコスト削減を通じて、収益性の改善が期待される。
OpenStreetの工藤智彰社長(左)とドコモ・バイクシェアの武岡雅則社長(筆者撮影)
ポート共有のメリット
ポート共有には、ユーザーとサービス運営の両面で大きな効果がある。
ユーザーにとっての最大の利点は利便性の向上だ。武岡社長の説明によると、アプリ上で両社のポートが同じように表示され、ユーザーにとっては区別することなく返却できるようになる。これにより、利用可能なエリアが大幅に拡大し、ユーザーの移動の選択肢が増える。
例えば横浜市の場合は、都心部のみなとみらい地域と中部地域にドコモ・バイクシェアが幅広く展開している。住宅街が広がる北部や南部にはハローサイクリングのポートが幅広く展開している。横浜国立大学周辺など両社のポートが混在する地域もあるが、基本的にはすみ分けが成り立っている。
横浜市ではハローサイクリングの黄色いポートが広域で展開している(OpenStreet提供)
都心部を拡大するとドコモ・バイクシェアの赤いポートが密集して立地していることがわかる(OpenStreet提供)
こうしたすみ分けが生じているのは、日本のシェアサイクルサービスが自治体との連携を基盤に広がってきた経緯に由来する。一方で、ユーザーにとっては返したい場所に返せるポートがないという不便さを生じるもとになっていた。
今回の提携は、これを改善する狙いがある。ユーザーにとっては利用可能なポートが大幅に増加し、より柔軟な移動が可能になる。例えば、これまでドコモ・バイクシェアのポートしかなかった都心部から、ハローサイクリングのポートが多数ある郊外へ移動する際も、途中で返却場所を気にすることなくスムーズに移動できるようになる。
サービスエリアの強みを生かした一連の移動が可能
また、ポート間の移動だけでなく、日常の移動そのものの選択肢が増えることも大きなメリットだ。自宅から最寄り駅までハローサイクリングで移動し、駅前のドコモ・バイクシェアのポートに返却して電車に乗る、といった具合に、それぞれのサービスエリアの強みを生かした一連の移動が可能になる。
大阪市では、淀川をまたぐとハローサイクリングのポートしか存在しない(OpenStreet提供)
大阪市中心部ではドコモ・バイクシェアのポートが林立している(OpenStreet提供)
今回のポート共有により、ユーザーは自分が利用しているサービスのエリア外でも、もう一方のサービスのポートを利用して自転車を返却できるようになる。これにより、これまでは利用エリアの境界付近で返却場所を探すために延長料金を支払いながら走り回る必要があったが、そうした手間が不要になる。
例えば、ドコモ・バイクシェアのエリアから、ハローサイクリングのエリアへ移動した場合、今までは自転車を返却できずに延長料金を払い続ける必要があった。しかし、提携後はハローサイクリングのポートで返却できるため、買い物などで立ち寄りたい場所で一旦返却し、用事が済んだ後に再度借りて移動を続けることができる。
ドコモ・バイクシェアの自転車をハローサイクリングのポートに返却可能とすることで、柔軟な返却が可能となる(筆者撮影)
また、行きは自転車で向かい、帰りは電車など別の交通手段を使うことも可能になる。このように、ポート共有化によってユーザーの移動の選択肢が増え、より柔軟な移動が可能になることが大きなメリットだ。自転車の利用範囲が広がることで、日常生活における移動がこれまで以上に便利になるだろう。
加えて、今回の提携によるメンテナンスオペレーションの効率化で、利用者が直面しやすかった「バッテリー切れ」の問題も改善される見込みだ。互いのポートで自転車のバッテリー交換を分担することで、より頻繁にメンテナンスできるようになるためだ。これにより、サービス品質の向上とともに、安心して自転車を利用できる環境が整うことになる。
アプリ上は共用ポートを示すアイコンが表示される(筆者撮影)
提携のカギはメンテナンスにあり
シェアサイクル事業では、需要に応じて自転車を再配置するオペレーションが不可欠だ。低頻度の場所から需要が高い場所へ自転車を運び、利用可能な自転車の数を均一化する再配置の作業が常に発生する。この点で両社は異なるアプローチを取っている。
ドコモ・バイクシェアは、狭いエリアで密に展開していることを生かし、頻繁に人手によるオペレーションを行っている。都心部ではバッテリーの集中充電スポットを導入するなど、収益性の高いエリアを強みとした高頻度の配置を行っている。一方、OpenStreetは広い郊外エリアでの展開を特徴とし、自転車の偏りをある程度許容しつつ、ユーザーへのキャンペーンを通じてポート間移動を平準化する仕組みを導入するなど工夫を行っている。
ドコモ・バイクシェアの自転車を再配置する様子(提供:ドコモ・バイクシェア)
事業提携の要となるのが、このメンテナンスオペレーションでの協力だ。
例えば、ドコモ・バイクシェアにとって郊外に近いポートまでトラックを移動させるのは非効率だが、広域展開しているOpenStreetに任せることで改善できる。逆に、OpenStreetの自転車が都心部に集中した場合、ドコモ・バイクシェアの密なオペレーションネットワークを活用することで効率的に再配置できる。
特筆すべきは、両社のバッテリーが共通で使用できる点だ。両社はパナソニックとヤマハの電気自転車を採用しており、このバッテリーは共通化できる。これにより、オペレーションの効率が大幅に向上する。ドコモ・バイクシェアの武岡雅則社長は「車体の共用って、とどのつもりはバッテリーの共用。大事なのは実はバッテリーです」と述べ、バッテリーの共用が提携の核心であることを強調している。
バッテリーを共用することで相互のバッテリー交換や充電が可能となり、どちらの会社の充電ステーションでも両社のバッテリーを充電できる。また、充電拠点を共有することで、効率的なバッテリー管理が可能になる。さらに、各社が得意とするエリアでのオペレーションに集中できることで、移動時間の削減にもつながる。
加えて、バッテリー交換の頻度が上がることで、利用者が電池切れに遭遇する機会が減少。これにより、サービスの利便性が向上し、利用回数の増加も期待できる。
最初のエリアを作り込み、スピーディーに横展開
ドコモ・バイクシェアとOpenStreetの事業提携は、段階的なアプローチで進められる。まずは1つのエリアから始め、そこでノウハウを蓄積した後、2つ目以降のエリアへとスピーディーに展開していく方針だ。具体的なエリアはまだ検討中だが、横浜市や大阪市など、ある程度の規模がある場所から展開していく意向が示されている。
最初の候補となる可能性が高いのが横浜市だ。同市はシェアサイクル事業の実施方針計画の中でポートの共通化について言及している。横浜市の公募にドコモ・バイクシェアとOpenStreetが共同で応募することになるという。
横浜市が6月に公開した横浜市シェアサイクル事業実施方針(案)では共用ポートの設置率を90%とする方針が示されている(画像:「横浜市シェアサイクル事業実施方針(案)」より)
ただし、最初のエリアでは最大で1年程度かけてオペレーションのノウハウを磨き上げる必要があるとの見方が示された。特に両社のバッテリーや自転車の資産管理をどう効率化するかが課題となる。一方で、最初のエリアでうまくいくノウハウが確立できれば、その後のエリア展開は加速できる可能性もある。
最終的には東名阪の主要エリアを中心に、両社のポート数の8割程度が共有対象になる可能性があるという。ドコモ・バイクシェアの武岡社長とOpenStreetの工藤智彰社長は、両社が補完的な東名阪の中核都市の連携の進めていった結果として、最終的にはポート数ベースで8割に達するという見通しを示した。
今後のエリア拡大に期待したい
将来的には、両社のアプリで相手の自転車も利用できるようにするなど、さらに踏み込んだ連携も検討課題となりそうだ。その場合、料金体系の統一なども必要になってくる。ただし、それぞれの親会社であるNTTドコモとソフトバンクの連携に直結するものではないことも強調された。
今後のエリア拡大については、人口集積地の主要都市で連携を進める一方、地方の中核都市や観光地などの新規エリアでは各社が単独で展開していく方針だ。
ドコモ・バイクシェアの武岡社長は「新規のエリアは単独で広げていく。地方の中核都市は狙っていきたいし、離島や観光地など自治体が前向きなところにもアプローチしていく」と述べた。一方で「すでに展開している主要都市は、OpenStreetと組んだほうが早く確実にアップデートできる」とし、連携を深めるのは主に大都市圏になるとの見通しを示した。
OpenStreetの工藤社長も「あえて2社で並んで出ていかなくてもよい場所がある。需要がある地域は限定的」と指摘。地方都市では、自治体が「1社にしっかり街づくりや交通政策に協力してほしい」という意向が強いという。ドコモ・バイクシェアでは地元企業と連携し、自治体の要望に沿った展開を進めているそうだ。
両社とも、需要が見込める大都市圏の主要エリアでは連携を模索する一方、地方都市などでは各社の強みを生かした単独展開を基本とする方針のようだ。
(石井 徹 : モバイル・ITライター)