「はじめてのおつかい」"虐待"批判が吹き飛ぶ凄み
今回は8人の子どもたちの「おつかい」が見られるという(画像:日本テレビ「はじめてのおつかい」公式サイトより)
7月15日の19時から、3時間特番「はじめてのおつかい 笑って泣いて夏の大冒険SP 2024」(日本テレビ系)が放送されます。
同番組は初めて1人だけのおつかい挑む子どもたちに密着した、ほっこり系のドキュメントバラエティ。スタートした1991年から今年で33年目を数え、ほぼ年2回ペースで放送。2年前にはNetflixでの世界配信がはじまり、反響の大きさが報じられたほか、この企画をビジネスにした会社もあるなど、誰もが知るコンテンツとして定着した感があります。
「はじめてのおつかい」は、子どもが1人おつかいをするだけの極めてシンプルな内容ながら、なぜ長年にわたって支持を得られているのでしょうか。主に制作サイドの事情と社会の背景から、強みとリスクを分析。さらに、日本人の変化や令和の現実、視聴者への意外な影響などを掘り下げていきます。
親子ともに「はじめて」の緊張感
まず子どもが1人でおつかいをするだけの極めてシンプルな内容ながら、なぜ長年にわたって支持を得られているのか。
はじめてのおつかいに挑む子どもたちの年齢は2〜6歳程度。「まだ文字が読めない」「会話での意思疎通も十分ではない」という子どもがほとんどであり、メモが使えないなどのルールも含めてハードルが高く、本人たちにとっては「はじめて」であるとともに「人生最大のチャレンジ」になることがハラハラドキドキのベースになっています。
一方、それを見守る親にとっても、子どもを1人で送り出すのは「はじめて」であり、「子育てにおける最大のチャレンジ」と言っていいでしょう。実際、番組では子どもを送り出したあとに心配でそわそわし、帰ってきたら涙をこぼして抱きしめる親の姿がはっきりと映されています。
また、そんな不安や安堵がにじむ親の姿を見て感動し、自分の子どもと重ね合わせる視聴者が少なくありません。もともと同番組には「子どもの成長や自立を見守る」「親子や育児のあり方を考える」という社会的な大義名分もあるため、視聴者とスポンサーの評判が極めていいという状態が続いています。
支持を得ている背景として見逃せないのは、制作サイドの配慮と努力。シンプルな内容だからこそ構成・演出でのごまかしが利かず、さまざまな配慮と努力を重ねることで番組が成立しているのです。
最初の配慮と努力は、「一定のあやうさを感じさせながらもおつかいが成立しそうな子どもを見つける」こと。あまり「やりたくない」という子どもにやらせてはいけないし、それは多くの子に会ってみないとわからないでしょう。親は「ウチの子をぜひ」とやらせたがるだけにスタッフサイドの見極めが求められますし、だから同番組は出演家族を大々的に募集していません。
次の配慮と努力は、「大人がメインの番組以上に安全面で最大限の注意を徹底しなければいけない」こと。事故は万が一にもあってはいけないため、ルートの選定から、地元住民への説明と理解、当日の警備などで万全を期し、予測不可能な子どもの動きに対応できる体制を整えています。
長寿番組につながった制作スタンス
安全面に気をつけたうえで重要なのは、「絶対にバレないように撮影しなければいけない」こと。子どもたちはいつ出発するかすらわからず、泣き出して中断することも多いだけに、制作サイドには集中力と忍耐が求められますし、変装、撮り方、トラブル時の声かけなど、1つひとつの行動に細心の注意が払われています。
さらに制作サイドの努力を裏付けるのは、「それだけ苦労して撮っても、番組内で放送できるのは10〜20%程度にとどまる」こと。おつかいが成立したケースでも、ゴールデンタイムのバラエティとして見てもらえるドラマ性や感動がなければ放送は見送らざるを得ません。
また、放送できなかった家族へのアフターフォローを欠かさないところも出演者に寄り添った配慮の1つでしょう。
それ以外でも制作サイドは、安全に配慮したロケであることを感じさせるために「スタッフの姿をあえて映り込ませる」などのさまざまな工夫を施していますが、それでも「あぶない」「かわいそう」などの批判があがってしまうのがキッズドキュメントの難しいところ。
シンプルな内容のため簡単にマネできそうに見えて、実はどんな番組よりもそれが難しく、続けていくのはさらに難しい。他局のスタッフがマネしようと思ってもできないのです。
特筆すべきは、「これだけ配慮と努力が求められる番組を長年放送し続けている」こと。もし制作サイドが視聴率獲得を優先していたら、短期的にはより好結果が得られたかもしれない一方で、33年もの長期にわたって継続できなかったのではないでしょうか。
これまで制作サイドは「ある時期の一度しか見られない家族の物語を記録する」という謙虚かつ誠実な撮影・編集のスタンスを変えていません。
テレビ番組のスタッフは「より収益を得る(視聴率を上げる)ために、より長く続けていくために、ここを変えよう」としがちですが、当番組からはいい意味でそんなスタンスを感じないのです。
営業的な色気を出さず、純国産のキッズドキュメントを撮り続けるプロフェッショナルな仕事が長寿番組につながっているのでしょう。
おつかいの減少と防犯意識の高まり
ただ、「はじめてのおつかい」は、制作サイドの配慮と努力によってすべてが順風満帆かといえば、そうとは言いづらいところがあります。
かつて日本人にとっておつかいは日常の一つであり、子どもに頼む親が少なくありませんでした。しかし、厚生労働省の調査で「子どものお手伝いは、部屋や風呂などの掃除、洗濯物を干す・たたむなどが多く、おつかいは減っている」という結果が発表されたことがあるように(「21世紀出生児縦断調査」2022年)、親子の行動や意識が大きく変わっています。
真っ先にあげられるのは、買い物に対する行動や意識の変化。キャッシュレス化、ネットショッピングでの自宅配送、大型スーパーでのまとめ買いなどが浸透し、以前よりも近所での買い物自体が減りました。
たとえば、何か足りなくなったものがあってもネットで買えば翌日には届くなど、「子どもにおつかいを頼む」という必然性が薄れています。また、地元住民を対象にした人情豊かな商店街が減っていることも、おつかいが減った一因でしょう。
もう1つ、おつかいが減った理由としてあげられるのは、防犯意識の高まり。子どもに防犯ベルを持たせることが普通になったように、もはや親に「かわいい子には旅をさせよ」という意識ではなく、事故や犯罪に巻き込まれない安全第一の姿勢が浸透しています。
不審者の存在に加えて、子どもを見守る大人の目が減ったこと。歩きスマホやヘッドホン着用、電動キックボードやモペットなどの危険も加わり、「幼い子どもを1人で出かけさせることに抵抗がある」という親が多くを占めるようになりました。
とりわけ都会になるほど防犯意識が高く、「はじめてのおつかい」の撮影も難しくなります。たとえば商店街で撮影しようとしても、「許可が下りない」「苦情が入る」「盗撮されやすい」などの困難があり、理解と協力を得るのは簡単ではありません。
実際、今回の放送で予定されているエピソードは、茨城県結城市、兵庫県宍粟市、宮城県仙台市、山梨県富士吉田市、沖縄県石垣島、愛媛県伊予市、静岡県袋井市、愛媛県愛南町と地方ばかりで、そのほとんどがのどかな田舎町。都心で生きる人々にとって「はじめてのおつかい」は、「遠い世界の話」「一昔前の家族」と別世界のように醒めた目線で見ている人もいるようです。
Netflixでの海外配信の反応と本音
しかし、地方でのロケだからこそ「はじめてのおつかい」の牧歌的な世界観が保たれるとともに、ノスタルジーや旅情を感じさせ、さらに地域のプロモーションにも貢献できるなどのメリットも少なくありません。Netflixで海外配信されれば外国人に向けたPRにもなるため、子どもがおつかいで買うものも地元の名産品が選ばれるケースが目立っています。
では、その海外配信による反応はどうなのか。
当初は感動や畏敬と同時に、懸念や批判の声も多く、まさに賛否両論というムードがありました。子どもを1人きりにさせるだけで児童虐待にあたる国や地域の人びとにとっては、「信じられない」「絶対にダメ」なこととして認められないのも無理はないでしょう。
ただ、それが国際的に問題視されているという深刻な状態ではありませんでした。当初から日本人の価値観や習慣を理解しようとしない一部の声を切り抜くような記事で騒がれていただけ。
「日本ではおつかいが子どもの成長の証しという価値観」を理解はできないけど否定はせず、治安のいい日本への軽い嫉妬に近いニュアンスが感じられました。
海外配信スタートから現在までの2年あまり、「虐待だ」などの強烈な批判や問題提起は見られないことから、日本の価値観や習慣が世界の人びとにジワジワと伝わっているのかもしれません。
昨年10月、自民党埼玉県議団が県議会定例会に「小学3年生以下の子どもだけでの留守番や外出を“置き去り”として禁じる」などの埼玉県虐待禁止条例改正案を提出したことが物議を醸しました。
これは子どもの死亡事故が続いたことを受けた提案でしたが、おつかいに行かせることも、子どもだけで公園で遊ばせることも「置き去り」に該当するという内容に、全国から批判の声が殺到。特に共働きや1人親の家庭には難しい内容であり、条例案は撤回されました。
これは「防犯意識は高まっているが、海外の国々と同じレベルまで警戒する必要性はなく、日々の生活を優先させるべき」という考え方の人がまだまだ多いということでしょう。
「親子視聴が難しい」意外な理由
最後に「はじめてのおつかい」を見る視聴者へのちょっと意外な影響をいくつかあげておきましょう。
同番組は子育て中の父母がメインターゲットとなる内容であり、孫に重ね合わせて見られる祖父母世代からも人気を得ています。
しかしその一方で、小学生以上の子どもたちにとっては興味関心を持ちにくいコンテンツ。彼らはまだ親の気持ちは理解できないだけに、「自分が簡単にできることをしているだけの番組」という位置付けで見られがちです。
そのため民放各局が最も目指す親子での視聴が望めるのは、おつかい当事者と同世代の子どもがいる家庭。ただ、親にとっては一緒に見ることで「もし子どもから『僕もやりたい』『私も出たい』と言われて困ってしまう」という事態も想定されます。
実際、筆者の子どもと同じ保育園に通う6人の3〜5歳児が今年1月放送の番組を見て、「やってみたい」と言っていました。親たちは「みんなが出られるわけじゃないから」「もうちょっと大きくなってから」などとかわすようになだめていましたが、今回の放送を見たらその気持ちが再燃するかもしれません。
その意味で実は「子どもと一緒に見るのは避けたい」という親も少なくないのでしょう。
また、前述したように地方でのロケが行われ、都会ではあまり見られない静かな街並みや地元住民の温もりが強調されていることもあって、地方での子育てに憧れを抱くような親の声もちらほら見かけます。
ちなみに筆者の周囲には「小学校に入学する前に郊外への転居を決めた」という園児の親が何人かいました。本当に移住するかはさておき、その感覚は外国人が治安のいい日本をうらやましがることと似ているようにも見えます。
おつかいのメリットは今なお健在
もともとドキュメントバラエティは出演者による制作サイドへの批判や告発などのリスクがつきものですが、「はじめてのおつかい」にはそれがほぼありません。それは子どもたちのかわいらしい奮闘に加えて、制作サイドの配慮と努力が出演者と視聴者の両方に伝わっているからではないでしょうか。
また、ドキュメントバラエティには付き物の「出演者に対する誹謗中傷が少ない」ことも制作サイドの手柄と言っていいかもしれません。
前述したように「以前よりも減った」とはいえ、おつかいそのものの価値が下がったわけではないでしょう。「はじめてのおつかい」で得られるメリットは今なおさまざまなものがあります。
主なものをあげていくと、「物の値段や価値を知る」「手持ちのお金で買えるものを選ぶ」などの買い物体験ができること。「勇気を出して挑戦する感覚、誰かのために頑張る責任感、充実感や成功体験」などを得られること。さらに面識のない人々とのコミュニケーションを取る貴重な経験にもなります。
「子どものおつかい」という日本人ならではの習慣を見られる貴重な機会だけに、今後はますます同番組の希少価値が高まっていくのではないでしょうか。日本テレビにとっても、「新たに子どもが生まれたほとんどの親が自動的にメインターゲットとなっていく」という貴重なコンテンツだけに放送を続けていきたいところでしょう。
ここまであげてきたように長年支持を得てきた「はじめてのおつかい」には、時代や日本人の感覚が変わっても批判の声があがりづらいさまざまな背景がありました。
もし子どもが主役の新たなドキュメントバラエティが企画され、同レベルの配慮と努力をしても、「はじめてのおつかい」のように称賛を得られるかはわかりません。特に子どもの安全にかかわる配慮や努力が感じられなければ、疑いの目が向けられ、苦戦を余儀なくされるでしょう。
つまり、それだけ「はじめてのおつかい」のノウハウや経験値は特別なものがあるのです。
(木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者)