大企業の2割で「退職代行」横行 「円満退職」「退職の流儀」が死語に...人が集まる企業、去る企業「二極化」の危機
辞めたい従業員に代わって退職手続きを請け負う「退職代行」業者。2017年頃に生まれたサービスとされるが、どのくらい広がっているのか。
東京商工リサーチが退職代行を対象に初めて行った調査「2024年 企業の『人材確保・退職代行』に関するアンケート調査」(2024年6月19日付)によると、大企業の約2割が退職代行業者からの手続きを経験しており、退職代行の利用が広がっていることがわかった。
この動きは企業にとって、いや、日本経済にとってプラスなのか、マイナスなのか、調査担当者に聞いた。
美容・理容、百貨店、旅館・ホテルなど接客業に多い
東京商工リサーチの調査(2024年6月3日〜10日)は、全国5149社が対象。
2023年1月以降に、社員(正社員・非正規社員を含む)が退職代行を利用した退職手続きがあったかどうかを聞くと、全体で約1割(9.3%)の企業が経験していた。規模別では大企業が約2割(18.4%)、中小企業は約1割(8.3%)で、大企業ほど退職代行が広がっていることがわかった【図表1】。
退職代行を経験した企業を業種別にみると、美容・理容業、クリーニング業などの「洗濯・理容・美容・浴場業」(33.3%)が最も多い。次いで、百貨店などの「各種商品小売業」(26.6%)、旅館やホテルなどの「宿泊業」(23.5%)と続く【図表2】。
消費者と直接対面する接客業や販売業などBtoC(Business to Consumerの略で、企業businessが一般消費者businessを対象に行うビジネス形態のこと)が多いのが特徴だ。
東京商工リサーチでは、退職代行が広がった背景をこう分析している。
「少額で退職時の煩わしさを省ける退職代行の登場で、退職の心理的ハードルは下がっている。
退職の背景は、職場環境、対人関係だけでなく、起業や夢、ステップアップの実現欲求など多様だ。だが、退職代行の浸透は昔ながらの『円満退職』という言葉を死語に追いやる契機になるかもしれない。同時に、終身雇用など仕事への意識も大きく変わろうとしている。
転職市場の活性化に連動して、退職代行の利用が増えている。『辞める勇気』と転職時の不利は過去の話になっている。企業サイドからみると、早期退職は採用から研修に投じたコストが無駄になり、『会社の苦労を知らない』と憤るだろう。
だが、社員の判断はドラスティックで、その齟齬(そご)を埋めるための労力は相当なものになる。企業は今一度、人材確保の取り組みに加え、社員や学生の意識の変化を織り込んだ人事戦略の練り直しが求められている」
担当者「想定は5%程度だったが、これほど多いとは...」
J‐CASTニュースBiz編集部は、調査を行なった東京商工リサーチ情報部の本間浩介さんから話を聞いた。
――退職代行業者を今回初めて取りあげた理由と狙いは何でしょうか。また今後、退職代行業者の実態を調査する考えはありますか。
本間浩介さん これまで聞かなかった新たなサービス「退職代行」の話を聞くことが増え、実際どの程度広がっているのか確認するため実施しました。
コロナ禍から平時に戻り、人手不足が深刻さを増し、弊社が4月に実施した2024年企業の「人手不足」に関するアンケート調査でも、企業の約7割(69.3%)が「正社員不足」と回答しています。
また、2023年度の「人手不足」関連倒産も、過去最多の191件発生し、人材確保が企業を左右する課題になっています。
こうした状況下で、安易な退職に繋がりかねない退職代行の広がりは企業に与える影響が小さくないと考えました。今後も調査は行います。
――退職代行の活用について、全体で約1割の企業が経験し、かつ大企業の約2割が経験しているという結果は、率直にどう評価していますか。予想より多いですか、少ないですか。
また、大企業ほど退職代行が多い理由は何だと思いますか。個人的には、専門の人事セクションがあり、「人間関係が濃い」中小企業より正規のルートで退職の手続きをしやすいと思われるのに不思議です。
本間浩介さん 調査前は、全体の5%ほどを想定していましたが、結果は想定を大きく上回るものでした。
大企業で退職代行が多いのは、従業員の退職手続きが整備されており、退職代行を活用することでしがらみなく退職できるという心理が働いているのではと分析しています。
また、ふだん関わっていた社員も多く、それだけ複雑な人間関係に煩わされたくない感情も少なくないと思います。
一方、中小企業は、おっしゃるとおり人間関係が濃く、また人員的な面で引継ぎなどの問題が生じる可能性もあり、「退職代行を使っても、上手くいかないかも」という心理が働いているかもしれません。
企業にとってメリットとデメリットの2面があるが...
――退職代行の経験が多い業種に、消費者と直接対面する、いわゆるBtoC(接客業や販売業)が多い理由は何しょうか。給料や待遇、休暇だけではなく、職場環境や人間関係にも目を配る必要があると指摘していますが、具体的にはどういうことですか。
本間浩介さん BtoC業種が多い理由は、仕事柄、多様なお客様とのコミュニケーションが苦痛になったり、働き方でシフト制が多かったりするなどの背景からくるのではと考えます。給料や待遇以外にも、日常的なフォローで改善できるところはあると思います。
中小企業は、大企業に比べ実現可能な施策は限られますが、時短勤務や副業を認めるなどへの対応、ハラスメント防止の徹底などコンプラ面の整備は、少なくとも一考すべきでしょう。
従業員が身に付くスキルにも配慮し、入社後の研修を現場に丸投げするのではなく、教育をきちんと行うことも大切だと考えます。
――ドライな退職代行の台頭によって退職の心理的なハードルが下がったと指摘していますが、この傾向はさらに増えていくでしょうか。
また、退職のハードルが下がる動きは、企業にとってプラスでしょうか、マイナスでしょうか。政府が推進する「人材の流動化」が促進され、企業が活性化するという面ではプラスでしょうし、人材不足が加速するという面ではマイナスでしょう。
本間浩介さん 人手不足を背景に、転職も求職者の売り手市場になっており、心理的に退職のハードルは下がっていくと思います。これまで培われてきた「退職の流儀」が大きく変化してきたというのが実感です。
人材の流動化が促され、企業が求めるスキルを持つ人材と、社員のスキルのアンマッチの溝を埋める意味ではメリットがあると思います。ただ、一方で自社の社員が流出する可能性もあります。
また、人材の流動化は、安定感や給料、労働時間などで働きやすい企業に人が集中し、人が集まる企業と、人が去っていく企業に二極化する危機感は持つべきでしょう。社員の流出(退職)は、採用や教育への労力とコストが無駄になり、補充するための追加コストも発生しますので、社員が辞めない環境作りが大切です。
企業はまず、今働いている社員をリスペクトすることが重要
――なるほど、両方の面があるわけですね。今回の調査で特に指摘しておきたいことがありますか。
本間浩介さん 働く意義を見出せず、上下関係などの煩雑な要素が職場にあれば、社員はより有利な条件の会社を求めます。
「人手不足」関連倒産が増え、退職代行が新たなサービスとして定着するなか、企業は新規採用よりも、まず今働いている社員をリスペクトすることが重要だと思います。
また、求職者は転職市場では、よほどのスキルがない限り転職回数が増えるだけ採用までに至るのが難しくなります。また、異業種への短期の転職ではノウハウや経験を積むことはできません。
社員は、精神的につらい環境があれば無理して残る必要はありませんが、そうでない場合、今一度、働く意味を考える時期を迎えていると思います。
(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)