カルティエの傑作ジュエリーと現代アートが夢の饗宴 『結 MUSUBI』展レポート
カルティエと日本の繋がりを様々な角度から紹介する展覧会「カルティエと日本 半世紀のあゆみ 『結 MUSUBI』展 ― 美と芸術をめぐる対話」が、2024年7月28日(日)まで、東京国立博物館 表慶館にて開催されている。
筆者(30代女性)にとって、カルティエと聞いて真っ先に頭に思い浮かぶのは「欲しい……!」のひと言。ジュエリーにウォッチ……憧れの宝庫とも言える、フランスの超老舗高級メゾンである。そんなカルティエと日本には、一体どのような結びつきがあるのだろうか。
開幕に先駆けて催されたプレスカンファレンスにて
本展は大まかに、「メゾン カルティエと日本」と「カルティエ現代美術財団と日本人アーティスト」の2パートで構成される。結論から言うと、結びつきは来場者の想像をはるかに超えるほど強い。この「カルティエと日本 半世紀のあゆみ 『結 MUSUBI』展 ― 美と芸術をめぐる対話」は多くの驚きを与えてくれるとともに、日本人で良かったな、と帰路の機嫌が良くなるような展覧会である。以下内覧会での写真を交えて、見どころの一部をレポートする。
現代の「浮世絵」がお出迎え
東京国立博物館 表慶館は、明治末期を代表する洋風建築である。本展ではカルティエの名品ジュエリーや現代アートといった展示品と組み合わさることで、会場全体がさらに心踊る美しさに。どこを切り取っても絵になる空間づくりには、さすがメゾンの美意識の高さを感じる。
ホール2階から見下ろす 澁谷翔《日本五十空景》(部分)2024年、作家蔵
冒頭では円形ホールの壁を使って、鑑賞者をゆるく取り囲むように澁谷翔《日本五十空景》が展示されている。この作品群は歌川広重の《東海道五十三次之内》を踏まえて本展覧会のために制作されたものだそう。作家が日本全国の地元新聞の一面を塗りつぶし、その場所で見た空のイメージを繊細に描き出したものである。裏面を見ると確かに新聞だ。新聞と空という、日々そこにある物を組み合わせ、ハッとするほどの広がりと求心力を感じさせる本作は、展覧会の冒頭を飾るのにぴったりだ。一枚一枚の右上に残された新聞名は、ちょうど「日本橋」「品川宿」といった浮世絵の題字の役割を果たす。澁谷氏は本作について「現代美術の文脈を通した“現代の浮世絵”であると自負しています」と力強く語った。
超名作クロックを始め、マスターピースが多数来日
第一展示室
展覧会の前半では、アクセサリーや時計、小物など、カルティエの名品およそ120点が展示されている。作品との心の対話に集中してほしいとの思いから、キャプションパネルや音声ガイドなどは存在しない。鑑賞のヒントがほしい場合は、壁面の解説文か、入口でもらえる作品リストが手助けになるだろう。作品リストは展示番号と併せて作品のシルエットも載っているのでとてもわかりやすい。
さて、数ある傑作の中でも《大型の「ポルティコ」ミステリークロック》はじっくり時間をとって対話を楽しみたい逸品だ。
《大型の「ポルティコ」ミステリークロック》 1923年
どの角度から見ても針が浮いているように見えて、動く仕組みがわからない謎の時計……それが「ミステリークロック」である。これまで様々なタイプのものが発表されてきたが、こちらは2本の柱に支えられた「ポルティコ」シリーズの中でも、最初に制作された記念すべき作品。モチーフとなっているのは、ズバリ神社の“鳥居”である。
日本好みはダテじゃない
「日本美術友の会」からルイ・カルティエに宛てた晩餐会の招待状(複製)などが並ぶ
日本とカルティエの架け橋となったのは、創業者の孫にあたるルイ・カルティエだ。ときは1890年代パリ、ジャポニスムの流行真っ盛りである。彼は大変な日本びいきで、「日本美術友の会」なる同好会(ファンクラブ?)にも入っていたという。残念ながら自身の来日は叶わなかったそうだが、その強い憧れや探究心がカルティエのデザインに日本美術との共鳴を呼び起こした。
よく見ると展示空間には畳や和紙が使われている
ブローチなどの石膏型やそのデザイン画。右上の紋様は明らかに日本の家紋に影響を受けているのがわかる。
展示風景
左端は本展メインビジュアルにも登場している、ダイヤモンドとプラチナの《「日本風」ブローチ》。鞠のようにも、枯山水のようにも見えるデザインが美しい。ちなみに奥の壁一面に展示されているのは、ルイ・カルティエ愛蔵の日本美術コレクションの写真、とのこと。印籠のあまりの多さに、彼は本当に日本文化が大好きだったんだなぁ……としみじみ実感した。
本質を掴み、紋様化する
杉本博司《春日大社藤棚図屏風》2022年、作家蔵
カルティエの名品たちの中、現代アートが織り交ぜられているのが本展の面白いところ。杉本博司《春日大社藤棚図屏風》は、デジタル写真を和紙にプリントして、伝統的な形式の屏風に仕立てたものだ。3次元の風景を2次元の写真に収めた上で、屏風にすることで再び象徴的な奥行きを与えている。この作品がカルティエによる藤のジュエリーと併せて展示されているのはとても示唆的で、凝縮・展開を自由に行き来するアートの目線と、対象物をデザインに落とし込む作業との共通性を感じさせる。
展示風景
日本の生花に着想を得たという小さなオブジェは、オパールやエナメル、アベンチュリンなどで作られている。アジサイの繊細な葉脈の表現もさることながら、メノウの手桶に入ったスズランの風情がたまらない。フランスのメゾンでここまで日本的なものが創られていたなんて驚きである。
これまでの歩みもプレイバック
日本ではカルティエの展覧会がこれまで5回開催されてきた。本展では過去の展覧会を紹介するとともに、そのハイライトともいえる作品が再集結している。
《「スネーク」ネックレス》1968年
例えば強烈な存在感を放つ《「スネーク」ネックレス》は、これまで日本で開催されたカルティエ展で毎回紹介されてきた人気者。滑らかな蛇の体を構成しているのはプラチナ、ホワイトゴールド、イエローゴールド、ダイヤモンド、エメラルド、エナメルである。下から覗き込むと、蛇が意外と可愛い顔をしているのがわかる。
展示風景
ほかにも“創造的対話”の例として、カルティエ作品と各分野アーティストによるコラボレーションも豊富に紹介されている。右手前のグルグルと円を重ねたような作品は、1997年に日比野克彦が「トリニティ(3種の金属の輪を重ねた、カルティエの代表的リングデザイン)」をイメージして制作したものだそうだ。
展示風景 左:香取慎吾《時間が足りない: need more time》2017年、作家蔵 (C) Cartier(写真=オフィシャル提供)
展示室内には、香取慎吾が描いた《時間が足りない》(2017年制作)も。同日に開催されたオープニングイベントにて、香取本人が「2017年は新たな道を歩もうとしたとき。仕事も何も一度無くなったほどの時期に、声をかけてくれて。それが何年も経ってこんな素敵な場所に錚々たるアーティストの方々と展示されるなんて!」と喜びをコメントしていた。
後半戦突入!
会場風景
展示の後半では雰囲気が変わり、現代アーティストの発掘・再発見を使命とする「カルティエ現代美術財団」とゆかりのある、国内外アーティストの作品が紹介される。きらめくジュエリーの展覧会から、現代アートの展覧会をハシゴしたような感覚である。けれど耳を澄ませばそこに、通奏低音のように流れ続ける“日本の美意識や、本質へ迫る姿勢へのリスペクト”を感じることができるだろう。
展示風景 横尾忠則《北野武・アーティスト、映像作家・日本》2014年 ほか
2階の回廊で迎えてくれるのは、横尾忠則の描いた、カルティエ現代美術財団ゆかりのアーティストたちの肖像画20点。ちなみに、北野武による一連の新作ペインティングも本展で初お披露目となるそうな。
カルティエ現代美術財団の見出した日本の現代アート
展示風景 三宅一生《ジャスト・ビフォー イッセイ ミヤケ1998年春夏コレクション》1997年 ほか
絵画や写真、インスタレーションなど様々なアートの中、まず鑑賞者の目を奪うのは、デザイナー・三宅一生の作品たちだ。巨大な黒いトイレットペーパーのような布は、大量に連結したドレスである。奥でスポットライトを浴びている、森村泰昌そっくりのマネキンにも注目したい。
展示風景
またこの機会に初めて作品にふれたが、前衛いけばな作家・中川幸夫の《闡(ひらく)》は忘れられない。ローストビーフの写真と信じて何の疑いも抱かなかったぶん、後になって作品リストで素材を知った時の衝撃は大きかった。後半展示室にもわかりやすい解説などは無いので、あらかじめもう少し勉強しておけばよかったと後悔……。そのぶん、鮮烈な出会いを得るチャンスと言えるかもしれないけれど。
カルティエ現代美術財団と写真
展示風景
特筆したいのは写真の分野の充実ぶりだ。この贅沢な展示室では、荒木経惟、ウィリアム・エグルストン、森山大道という3名のアーティストの写真を一度に鑑賞できる。撮影されているのはすべて日本の風景だ。じっと見ていると、それぞれに異なる色彩や街角への目線、そして共通性が見えてきて面白い。
森山大道《犬と網タイツ》2014-2015年
一方、モノクロ作品もまた豊かである。森山大道《Dog and Mesh Tights(犬と網タイツ) 》は、本展が初公開というスライドショーだ。カルティエ財団の依頼で制作された作品で、作家は鋭い目線で大阪・東京の都市生活の現実を切り取っている。
尽きることのない対話
左:松井えり菜《宇宙☆ユニバース》2004年、右:松井えり菜《エビチリ大好き》2003年
松井えり菜《エビチリ大好き》《宇宙☆ユニバース》は大型の“変顔”自画像で、自身を組成する思い出のモチーフを散りばめて構成されている(エビチリの皿に魔法少女のステッキが刺さっていたりとか)。じっと眺めていると、隣の女性が急に「実はここはオルゴールになってて、動くんですよ」とキャンバス上のワイヤーを捻り出したので驚いたが、よく見ると作家の松井氏その人でさらに驚いた。
ちなみにオルゴール部分は作家以外触れられないそうなのでご注意を
在学中に制作した《エビチリ大好き》をカルティエ財団ディレクターのエルベ氏に見出されて、カルティエとの関係がスタートしたという松井氏。それが大きな自信となり、この先も自画像を自らのスタイルとして向き合っていこうと決意したという。ちなみに同作については「最初は作品の前にカーテンがあったんですけど、エルベさんから『これは汚いから取っちゃいましょ』って言われて、取りました(笑)」とのエピソードもお茶目に語ってくれた。
冒頭で見たアーティストの澁谷氏も、カルティエとコラボレーションしたきっかけは自身の作品を投稿したインスタグラムだったと語っていたが、改めて同財団の才能発掘に対する柔軟かつ貪欲なスタンスや、アーティストとの対話を続けてゆく姿勢が垣間見えたような気がした。
オリジナルグッズも見逃せない
図録やポストカード、トートバッグなど並ぶ
本展はグッズも充実している。ポストカードやクリアファイルはカルティエの傑作ジュエリーを間近で捉えたデザインで、まさに「こういうのが欲しかった!」と言いたくなるようなゴージャスな仕上がりである。
東京国立博物館 表慶館入口
カルティエが日本に最初のブティックを開いてから、今年でちょうど50年。けれどそれよりもずっと以前からカルティエと日本との結びつきは始まっていて、さまざまな形をとりながらご縁が深くなってきたのだと、本展を通じて理解することができた。そしてこの先も未来に向けて、私たちのクリエイティブで、ちょっとイイ関係は続いていきそうである。
展覧会「カルティエと日本 半世紀のあゆみ 『結 MUSUBI』展 ― 美と芸術をめぐる対話」は、7月28日(日)まで、東京国立博物館 表慶館にて開催中。
文・写真=小杉 美香