人類は長年にわたり多種多様な知識を蓄積・継承することで、個人の力だけでは作れない文化を築き上げました。過去330万年間の石器を分析した新たな研究では、「人類は約60万年前に技術的知識を急速に蓄積し始めた」という結論が示されました。

3.3 million years of stone tool complexity suggests that cumulative culture began during the Middle Pleistocene | PNAS

https://www.pnas.org/doi/abs/10.1073/pnas.2319175121



ASU study points to origin of cumulative culture in human evolution | ASU News

https://news.asu.edu/20240617-science-and-technology-asu-study-points-origin-cumulative-culture-human-evolution

A Critical Boom in Technology Traced Back More Than Half a Million Years : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/a-critical-boom-in-technology-traced-back-more-than-half-a-million-years

人類が他の霊長類と一線を画している点のひとつに、長い年月をかけて作り上げた文化を持っているということが挙げられます。過去の人々が残した知識が継承されたことで、現代人はたとえ自分自身が多種多様な知識を持っていなくても、複雑な工業製品や社会システムの恩恵を享受できています。

アリゾナ州立大学人類起源研究所のチャールズ・ペロー准教授は、「私たちホモ・サピエンス(現生人類)は熱帯林から北極圏のツンドラまで、さまざまな問題を解決しなければならない生態学的条件への適応に成功してきました。人間集団は前世代の解決策を土台にし、再結合することで、問題に対する新しくて複雑な解決策を素早く開発できます。その結果、技術的な問題や組織のあり方についての解決策まで、私たちの文化は個人で発明するには複雑すぎるものとなっています」と述べています。



そこでペロー氏と、研究当時アリゾナ州立大学の博士課程に在籍していたジョナサン・ペイジ氏は、人類がいつ技術的知識を蓄積し始めたのかを調べるため、過去330万年間における石器製造技術の変遷を分析することにしました。

研究チームは57の発掘現場で見つかった62個の石器について、各石器の製造に必要なステップの数に応じて分類を行いました。分析に用いられた最古の石器はアフリカで出土したものでしたが、ユーラシア大陸・グリーンランド・オセアニア・南北アメリカ大陸で発見された石器も分析に含まれていたとのこと。

分析の結果、初期人類のアウストラロピテクスやその他の古代人類が生息していた約330〜180万年前の期間中、石器製造のステップ数は1〜6個にとどまっていました。また、約180〜60万年前にかけては、ステップ数が4〜7個に増加し、わずかに石器製造の複雑さが増していました。

石器製造の複雑さに大きな変化が現れたのは、約60万年前以降のことでした。この時期から石器製造のステップ数は5〜18個と急激に増加しており、人類は前世代が見つけた技術的知識を蓄積をするようになったことが示唆されています。

以下の写真は、左から「約190〜165万年前の石器」「約70万年前の石器」「約30万年前の石器」を並べたもの。新しいものほど石器製造の複雑さが増していることがうかがえます。ペイジ氏は、「約60万年前までに、人類の集団は異常に複雑な技術に頼るようになり、その後も複雑さが急速に増していきました。これらの発見は、蓄積された文化に頼る人類にみられると予想されるものと一致しています」とコメントしました。



研究チームは、社会的学習を通じて数世代にわたり知識についての修正・革新・改善を蓄積していくことで、個人が一生のうちに発明できるものを超える技術やノウハウを生み出すことが可能だと主張。知識を蓄積して文化を築くことで、ランダムな突然変異や自然淘汰(とうた)による進化と同じように問題を解決する方法が高まり、さまざまな方法で集団に利益をもたらすとしています。また、集合的な知識とそれに関する行動が発達するにつれて、学習に影響する遺伝子が選択的に優勢となった可能性もあるとのこと。

なお、今回の研究は更新世の中期に蓄積された文化が存在していたことを示す証拠となりますが、人類の進化のさらに早い時期に、考古学的に保存されない形で知識の蓄積があった可能性もあります。研究チームは、「初期の人類は考古学的には見えない複雑な社会的・採餌的・技術的行動を発達させるために、蓄積された文化に依存していた可能性があります」と論文で述べました。