サッポロビール時代にヱビスブランドのメディアプランニングをはじめ、ファンと「なかの人」が直接つながるコミュニティサイト「ヱビスビアタウン」の立ち上げなど、数々のデジタルコミュニケーションを手がけてきたサッポロ不動産開発の福吉敬氏。現在は、同グループでDXを進めながら、デジタルに強い仲間の育成と組織づくりに力を入れている。デジタルとリアルの垣根なくコミュニケーションを熟知した同氏が、次世代のマーケターに伝えたい想いとは。DIGIDAY[日本版]のインタビューシリーズ「look inside!―マーケターの思考をのぞく―」では、企業の成長につながった施策や事業を切り口に、そこに秘めたマーケターの想いや思考を追っていく。今回は、恵比寿ガーデンプレイスなどを運営するサッポロ不動産開発株式会社の福吉氏に話を聞く。

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数字が見えてくると、意識が変わる

DIGIDAY編集部(以下、DD):現在担当されている業務を改めてお聞かせください。福吉敬(以下、福吉):昨年9月からサッポロ不動産開発の経営企画部でDXを進めています。DXの本来の目的は新しいシステムを導入することではなく、そのシステムを社員一人ひとりが使いこなして今の業務を高みに上げること。そのためには、実務にあたる人たちとデジタルの距離を近くしておかなければなりません。業務に直結するデータを日々見る癖をつけることはもちろん、いつか仕組みを作れる人になってもらうことを目指し、当社の主な事業拠点である北海道とは3カ月に1回、恵比寿とは1カ月に1回という頻度でデータマーケティングの勉強会を実施しています。DD:勉強会の手応えはいかがですか。福吉:着任してから3カ月ほど経った昨年末、参加者の意識が変わってきたと感じるようになりました。北海道のサッポロファクトリーにはほとんどの人が車で来るので、サイトアクセスのトップ5に駐車場の情報が入っています。それに気づいた人が「駐車場案内ページにイベント情報を載せればよいのではないか」と提案したり、調べてみると海外からのアクセスが思ったよりも多く、ニセコへスキーに来る人がほかの観光スポットも探していることを知り、新たなビジネスチャンスを発見したり。恵比寿ガーデンプレイスでも、年末にアクセスが急増することや、直近の傾向で「恵比寿 DIY」と検索する人がとても増えていることがわかり、「次はこういうPRをしてみよう」という声が自然と上がるようになりました。DD:数字を見る習慣が身につくと、ちょっとした差異にも気づけるようになりますね。福吉:数字が見えてくると意識が変わります。さらに点ではなくどう変化するかに意味があり、データを日々の業務に活かせることにそれぞれが気づきはじめているのです。僕は導き手としてきっかけづくり、学びの場づくりをしたに過ぎませんが、すでに数字の面白さ、データの持つ意味を各自が実感しています。知るとどんどん興味が湧き、あれも見たいこれも見たいと前向きに数字を見るようになり、それらをオリエンシートにまとめると目標が設定できます。こうした社員の意識を変える学びを提供しながら、私自身は主務であるDXの仕組みづくりを進めているところです。新規システムが立ち上がった頃には、今まいている種が大きく花開くのではないかと期待しています。

福吉 敬/サッポロ不動産開発株式会社 経営企画部 DX推進グループ アシスタントマネージャー。国内酒類メーカーから外資メーカーを経て、2014年サッポロビール株式会社に入社。2021年4月からはヱビスブランド内でメディアプランニングを担当。2023年9月より、恵比寿ガーデンプレイスなどを運営するサッポロ不動産開発株式会社で、行動分析基盤の構築や業務のデジタル化を牽引している。プライベートではバンドでキーボードを担当したことに端を発し、ハードロック、プログレッシブロックを経てゴアトランスDJへ。息子の高校受験が終わったことから、近々自宅のDJブース復活を計画中。

DJ経験から学んだコミュニケーションの本質

DD:以前から福吉さんはデータの見方や捉え方が独特というか、自在に活用されている印象を受けていましたが、その考えはどこで培われたのでしょう。福吉:私がクリエイティブ出身だからかもしれません。制作側はコミュニケーションを「投資」と考えますが、経営側からは「費用」と見られがちで、簡単に伸長・圧縮してもよいものだと思われています。しかし、投資であれば中長期で見ますよね。コミュニケーションは投資であることの正当性をきちんと理解してもらうには、数値化するべきだと思っています。なので、私がコミュニケーションプランを立てるときは、認知を高めたいのか、理解を深めたいのか、それともキャンペーンに参加してもらいたいのか、というように目的に応じて見るべき指標を設定し、点ではなく掛け合わせで差分分析をしていました。上げなければいけないポイントを見極め、先の行動まで予測して見るべき指標だけを見る。よくパターンはないのかと聞かれますが、目的から逆算するので一概には言えません。一般的なマーケティングではコンバージョンやPVなどが重視されますが、私が立てるプランはコミュニケーションそのものを起点にその時々で指標を変えるため、データの見方・捉え方が独特に見えるのでしょう。どんな人が読んで、どう感じたのかが気になって仕方がないです。人に興味があるから人と話すことも好きですし、とにかく私は知的好奇心が異常に強いのだと思います。DD:ちなみに多摩美術大学の芸術学科では、どのようなことを学びましたか。福吉:プロデュースを専攻し、海老塚耕一先生のゼミで「TAMA VIVANT」という展覧会を作家さんに声をかけることから実施までを一通り経験しました。どんなによい作家さんを招聘しても、展示作品の素晴らしさを伝えなければ人は来てくれませんし、その前に新聞や雑誌に掲載されません。魅力を言語化した上でメディアにアプローチするのですが、その結果うまくいけば記事として扱ってもらえます。あの時手探りで学んだことが地平でつながり、今の仕事に生きていると思います。それに新卒で入ったメーカーの広告部時代から、プライベートでイベントオーガナイザーやDJをしていたことが大きかったと思います。来場者の気持ちを瞬時に受け止め、その熱量をプレイに反映していくのは、デジタルコミュニケーションと本質的には同じです。メディアを通すとメッセージが届いているのか実体験として感じにくいところがありましたが、リアルイベントでDJをやり、オーディエンスと直接触れる経験をしたおかげで、画面を通してであろうが、流通を通した店舗であろうが、コミュニケーションは人と向き合うことが大切なのだと学びました。ビール時代はお客さまとの距離が少し遠かったですが、不動産はテナントさんやお客さまとの距離が物理的に近いため、今は効果が目の前で展開していく面白さを感じています。

思考プロセスを開示する理由

DD:体験をベースにロジックを組んできた独自のやり方を、人に教えるのは難しそうですね。福吉:そう思われるかもしれませんが、私が大切にしているのは「顧客を知る」というシンプルなこと。データを正しく読み込み、次のマーケティングに活かしていくことは再現可能で、それを繰り返していけば必ず磨かれていくと考えています。これまでの取り組みでも自分の考え方は常に周囲の人たちと共有してきたつもりでしたが、改めて振り返ると、当時のオリエンシートは横文字の専門用語が多く、難しい言葉で書きすぎていたと反省しています。いま心がけているのはできるだけ平易な言葉を使い、吸収しやすい言葉に置き換えて、略語や人によって解釈の異なる曖昧な言葉はなるべく使わないこと。そうして指標や専門用語を明確に理解してもらい、基礎を固めるための前提条件は整えますが、発想の幅を狭めたくないのでアウトプットはガチガチに縛らないようにしています。自由に考えられる素地を一緒に作っていくイメージです。学んだことを噛み砕き、再解釈して新しい形にしてもらいたいので、考え方を伝えることに重きを置いています。DD:福吉流の考え方、「思考術」を端的に表現すると?福吉:シンプルに論理的思考です。数学の問題を解くのと一緒で、答えが合っていたらOKではなく、なぜこの答えになったのかというプロセスが大事。国語の読解力を使ってデータを正しく解釈し、数学の手法で答えを論理的に導き出します。そしてオリエンでは相手にわかりやすく言語化するので、いわば国語と数学のハイブリッドですね。その上で人に興味を持ち、相手を慮ることがコミュニケーションの基本です。私自身がどのような道筋で考えているのかがわかるよう、最近は思考プロセスも含めて開示するようにしています。DD:福吉さんの思考プロセスを学べるなんてうらやましい限りですが、そもそもデータを見ていなかった人に、データをベースとした考え方はどのように伝えているのでしょう。福吉:外部の講師を引き受けたときにも感じたことですが、ほとんどの人が普段はデータを見ていません。その内訳は単に見る癖がついていないケースと、見たいと思っても社内でデータを管理する部門が違うことがハードルになっているケースに二極化しています。前者はデータの持つ意味を理解すれば多くの人は自発的に見るようになりますし、後者は何のために使うか、どのようにリスク管理するかを当該部門に説明すれば、データを出してもらえます。ですが、彼らと同じレイヤーで会話ができないという理由から多くの人はあきらめてしまうことが多いのです。申請用のテンプレートを使って依頼するという手もありますが、それでは形骸化したルールを走らせるだけで応用はできません。管理部門は何を懸念して開示しないのかを自分で考え、自分の言葉で説明できる知見を身につけてほしい。そのためには「教える」のではなく「理解してもらう」ことが大事なのだと気づきました。

自分の書いたオリエンシートはすべて残しておく

DD:ほかに気づいたことはありますか? 福吉:成功も失敗もつまびらかにすることの大切さですね。失敗したことは隠蔽したくなりますが、そこには必ず学びがあるはずなので、私はこれまでに作成したオリエンシートなどを全部捨てずに残しています。もちろん、守秘義務の観点から削除すべきものはすべて消していますが、自分が設定したターゲティングの部分などを抜き出して取っておくのです。当時は自信を持って書いたペルソナが、いま見ると「こんな人いるわけない」と恥ずかしくなることもありますし、反対にあの時代によく書けたなという内容もあります。常に自分の仕事を振り返ることは大事ですね。会社では「ストレージがいっぱいになったから捨てなさい」とよく言われますが、マーケティング資料は捨てるべきではない、というのが私の持論です。できるだけ触らないストレージを作っておいて検索性を高め、いつでも見られる環境を整えておけば、なぜ成功したか、どうして失敗したかを可視化できて、勝ち筋や負け筋が見えていきます。黒歴史は捨ててしまいたい気持ちはわかりますが、これは各社やったほうがいいと思います。DD:自分の恥をさらすことも厭わない姿勢が大切だということですね。福吉:自分のやってきたことを、さらに進化させてくれる人たちがいたほうが面白いですよね。過去の失敗も含めてプロセスを開示することで、より理解が深まった人たちに次は導き手になってもらいたい。「俺の屍を超えてゆけ」という思いで、これからも人を育てることに力を注いでいきます。Written by 山本千尋Photo by 三浦晃一