無風で終わったサッポロHDの株主総会、背景にはファンドとの応酬があった(写真:編集部撮影)

「アサヒビールの総会と比べてずいぶんおとなしい株主が多い。質問も少なく、あっさり終わってしまった」

看板商品である「ヱビスビール」発祥の地、東京・恵比寿で3月28日に開かれた、サッポロホールディングスの定時株主総会。千葉県から来たという株主の男性(60代)は、そう言ってため息をついた。

サッポロをめぐっては、昨年12月にこわもてで知られる物言う株主「3Dインベストメント・パートナーズ(3D)」が同社株の2割弱を握る筆頭株主に躍り出たこともあり、株主総会の行方が注目されていた。

「酒類一点集中」方針へ大転換

総会に出席した株主は220人と5年ぶりに200人を超えた一方、質問者数は6人と過去5年で2番目の少なさだった。4月1日に開示された臨時報告書によると、剰余金の配当や取締役8人の選任など、会社側が提案したすべての議案が97%以上の圧倒的多数で可決された。

“無風”で終わったサッポロの総会だが、その過程には、これまでの事業構成をがらりと変える方針転換があった。

2024年2月、総会に先立って発表された「中長期経営方針」は衝撃的な内容だった。2026年12月までの中期経営計画のさらに先を見据えて策定された方針で、サッポロが酒類事業への一点集中を宣言したからだ。

同社はこれまで酒類と食品・飲料、不動産の3事業の集合体だった。だが、今後はビールが柱の酒類事業に傾注し、海外M&Aも進めると表明。保有不動産への外部資本の導入・流動化なども検討すると発表した。

突然に思える戦略の転換だが、背景にはシンガポールの投資会社、3Dからの執拗な働きかけがあった。

2023年1月に始動した現中計で、不動産事業は酒類事業に並ぶ利益の柱、「コア事業」の位置づけだった。ファンドの意向もあり、そこから1年強で不動産はコア事業から外れることとなったのだ。

総会では株主から「ファンドにケツをたたかれ、不動産事業を整理するのは心配だ」との質問が出た。これに尾賀真城社長が「整理するということではない。保有のあり方について研究している」と応じる場面もあった。

不動産事業は「経営の甘え」

3Dがサッポロに接近を始めたのは2022年。収益性の低い酒類事業が株式市場で低評価を受けていることを背景に、現中計の発表前に同社の社外取締役に対して経営計画を検証するよう要望した。だが3Dによれば、サッポロからは拒絶、回答なしといった対応だった。

さらに同年、社外取締役に対し少数株主から意見を聴取し、その内容を新中計に反映するよう、中計の発表延期を要望。しかし結局サッポロは3Dを除き、1社からしか直接的に意見を聴取しないまま、2022年11月に予定通り中計を発表している。


3Dは2023年3月に、株主へ向けた書簡を公表。サッポロの酒類事業の低利益率を指摘し、安定的に利益を生む不動産事業が「経営の甘え」を招いているとして、中計でコア事業に据えられたことに疑問を呈した。

サッポロも尾賀社長が3Dの面談に応じるなど、対話を続けていた。潮目が変わったのは2023年9月のこと。同社は3Dが推薦した外部有識者2名、社内取締役5名で構成する「グループ戦略検討委員会」を発足。中長期的な事業戦略について議論するためのもので、3Dは同委員会の発足を歓迎するコメントを発表した。

だがここから、圧力はさらに高まる。

3Dは昨年10月19日、サッポロ株5.09%の大量保有報告書を提出。同日までの直近60日間では、発行済み株式の0.41%を取得していた。以降、3Dは短期間で同社株を買い増し続け、昨年12月25日時点で議決権比率を16.19%まで高め、ついに筆頭株主になった。

16%超を握る株主と対立することになれば、単独で反対された場合でも、会社が提案する議案の賛成率は8割程度まで落ちる。実際、3Dとの攻防が続く富士ソフトでは、3D単体では2割程度の議決権しか保有していないものの、今年3月に開催された総会で、会社側が提案した議案の賛成率が6割程度まで下がっている。

今回のサッポロの総会では、新しい社外取締役として、岡村宏太郎氏と藤井良太郎氏が選任された。いずれも会社側の提案だが、もともとは3Dから推薦された人物だ。藤井氏は先述の戦略検討委員会の委員も務めていた。

そして総会は「無風」となった

結局、サッポロは事業戦略でも、役員人事でも3Dの主張をのんだ。3Dは要求した内容がほぼ会社の経営方針に盛り込まれたことで、株主提案や、社長の選任に反対する理由がなくなったとみられる。


出席した株主は220人と5年ぶりに200人を超えたが、質問は少なかった(記者撮影)

そして、尾賀社長は97.49%と昨年比で約7%高い賛成票を集めた。「無風の総会」は株主側と会社側が総会を前に折り合った結果といえる。

サッポロにとって、3Dからの経営改革要求は「モノ言う株主」の再来だ。2000年代には、アメリカの投資ファンド・スティール・パートナーズが買収提案や経営陣の刷新を求める株主提案を実行した。

リーマン・ショックなどの影響で最終的にスティールは撤退したが、当時指摘されていた酒類事業の低利益率や、不動産の活用方法などの課題は残ったままだった。

国内酒類事業の利益率は、ビール減税やコロナ禍からの回復を受け、2023年単年では5%台へと成長している。

2026年に酒税改正を控えており、ビールの構成比率が高いサッポロにとっては追い風の状況が続く。ただ、アサヒビール、キリンビールの水準(11%台)にはほど遠い状況だ。

酒類事業に集中し、ビールのさらなる拡販や単価の底上げなど、収益性改善につなげられるかが焦点になる。

海外事業でも成果を出せるか

新方針で「中長期的に国内酒類事業と同規模まで成長させる」とした海外事業も課題は多い。サッポロは海外企業の買収や合弁設立後に減損を繰り返しており、昨年もアメリカ・アンカー社の解散で60億円の減損を出したばかりだ。

海外事業については、総会で松風里栄子取締役がサッポロブランドの商品を強化していく方針を改めて説明した。「カナダは伸長、アメリカはこれからではあるが伸長を続けてきている」

ファンドから再び圧力をかけられ、要求をのみ込んだサッポロ。今回はついに本業の利益率の低さという長年の課題に本腰を入れる。株主を納得させるだけの成果を出せるか。総会が終わっても息をつく暇はなさそうだ。

(田口 遥 : 東洋経済 記者)
(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)