1年前と比べ、株価が7倍に上がったさくらインターネット。10年前から、「アマゾン、マイクロソフトに次ぐ、日本で最も有名で使われるクラウドになろう」と社内で掲げてきたという(撮影:梅谷秀司)

政府が重視する「2つのクラウド」を展開する大阪の中堅IT企業が今、投資家の大きな注目を集めている。

さくらインターネットは2023年11月、国が省庁や自治体向けに整備する「ガバメントクラウド(ガバクラ)」の提供事業者として、国内企業で初めて条件付きで採択され、2025年度末までに正式認定に必要な技術要件を満たすことを目指している。一方、エヌビディアのGPU(画像処理半導体)を使った生成AI(人工知能)向けクラウドも、2024年1月からサービスを開始した。

経済安全保障の観点からクラウドは「特定重要物資」に指定されており、さくらは昨年6月以降、クラウドに関して経済産業省からすでに最大74億円の助成金を受けている。こうした流れを受け、さくらの株価は直近1年で大幅に上昇。2023年の初頭に500円ほどだったのが、2024年3月上旬には一時1万0980円をつけた(4月5日終値は4360円)。

なぜ大手ベンダーなどが実現できなかったクラウド事業に挑戦できているのか。そしてこれからどんな将来像を描くのか。高等専門学校在学中の1996年に会社を創業した、田中邦裕社長(46)を直撃した。

「時価総額TOP50」発言の真意

――昨年11月、国内企業で初となるガバクラの提供事業者として条件付きで採択されて以降、株価が急騰しました。どのように受け止めていますか。

経済安保、GPU、ガバクラといったいろいろな成長セクターを全部やっている会社なので、正直なところ、その中心にあった銘柄がさくらくらいだった、ということだと思う。

ガバクラは国内では当社しかやってないし、経済安保上、クラウドを国内事業者にシフトすべきとの議論もある。AIはGPUが足りないが、うちは2016年からビジネスをやっていて、(政府の)助成金でよりリスクなく成長させられるようになった。

エヌビディアとは8年と長い付き合いがあり、本社と直接コミュニケーションできて、世界が取得できないGPUがスケジュール通りに入ってくる。そういった強みが漠然と伝わり、期待感で株価につながっているのではないか。

――時価総額が3000億円にまで到達した3月上旬、田中社長のX(旧ツイッター)での「最低でも日本の時価総額TOP50に早々に入りたい」という投稿が話題を呼びました。

「社長がドヤ顔をすると、(株価が)ピークになる」という話とひも付けられてバズり、フォロワーが一気に増えました(苦笑)。でも、もともとは別の文脈の話だった。


最近、国のスタートアップ政策によく関わるが、そこへ来る連中は僕も含め、JTC(伝統的な日本企業)をばかにする。だけど、いま時価総額が何兆円、何十兆円を達成している人たちに敬意を払って、自分たちがそこに置き換わる規模に伸びないと意味がない。

最近の株価の伸びは想像以上だったが、ああいう風に書いておかないと、すぐに怠けてしまうという(自戒の)意味もある。

――自分を追い込むために、あえて書き込んだと。

上場してそこそこ成功するとチヤホヤされ、モチベーションが下がってくる。誰も(厳しく)言ってくれなくなり、自分で自分を追い込まないと、そこから次を乗り越えられなくなる。


田中邦裕(たなか・くにひろ)/さくらインターネット社長兼最高経営責任者(CEO)。1978年生まれ、大阪府出身。1996年、舞鶴高専在学中に18歳でさくらインターネットを創業。社名は最初に取得したドメイン「sakura」に由来する。創業後、計約20年社長を務める。ソフトウェア協会会長など複数の業界団体の幹部も務めているほか、若手起業家やITエンジニアの育成にも取り組む。コロナ禍を機に沖縄へ移住し、現在は多拠点生活を実践している(撮影:梅谷秀司)

今、時価総額のTOP50までのリストを見てもらうと、昭和以前に設立された会社ばかりだ。厳しい中で2000億〜3000億円まできたが、このまま上がらなければ、またズルズルと下がる。2兆〜3兆円になって、ようやくTOP50にギリギリ入るか入らないかぐらいになる。

(ソフトバンクグループ会長兼社長の)孫さんや(楽天グループ会長兼社長の)三木谷さんがあそこまでやり切っているのはすごいけど、ほとんどの経営者はその前に脱落する。自分自身は、そのような胆力がある経営者になりたい。

ガバクラが来たときに「これだ」

――改めて、今回ガバクラに応募した狙い、いきさつを教えてください。

実は10年前から全社員向けに、「アマゾン、マイクロソフトに次ぐ、日本で最も有名で使われるクラウドになろう」というスローガンを掲げ、銀の弾丸のように一気に解決するようなものを待ち望んでいた。ガバクラが来たときに「これだ」という話になった。

もともと(現在会長を務める)業界団体のソフトウェア協会としても「クラウド化を進め、メーカー主導のSI(システム・インテグレーション)は変わるべきだ」と主張していたが、2021年にデジタル庁ができてガバクラの制度が始まった。そういう経緯で2021年にAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)などが選ばれたころから「やるぞ」と動き出し、その年から大幅に採用人数を積み上げた。

2023年になり、国内外関係なく、垂直統合でサービスを継続的に一体提供できる会社を望んでいたデジ庁の考えに合致した募集要件がまとまり、入札した経緯だ。

当社ではこれまでも、利益率を低下させながらも投資を続けてきた。今後も人材投資は拡大し、前期は100人、今期は200人を採る予定だ。インフラからフロントエンドの人間まで全部自社で抱える「持つ経営」は相当ハードだが、責任あるクラウド提供のためには必要だし、アメリカの企業もそうしている。

――将来的に、ガバクラ提供事業者に正式に採択されると、今後は自治体などへの実装に課題が移ります。さくらのクラウドが使われるためには、これまで行政のシステムを運用していた既存ベンダーとの連携や協力が不可欠となります。

もともとベンダーと付き合わず直販がメインだったので、たしかにそこがわれわれの弱いところだ。とはいえ、ベンダーを入れずにやっている自治体も少なからずあるので、そういう自治体がまずはターゲットになる。

大きな自治体の既存ベンダーがAWSなどを担ぐのは仕方がないが、「さくらのクラウドで」とチャレンジするベンダーもいる。実際に声がかかるケースも増え、一緒に提案する事例も生まれている。

われわれにとってはゼロからのスタートなので、まずは全体の1%でも2%でも取れればいい。もちろん、10年単位で見た先では3〜4割は取りたい。ガバクラをやれるサプライチェーンとパートナーエコシステムがあれば、エンタープライズ(企業向け)にも入れる。

ガバクラを「だし」にして、機能強化を行ったり、エコシステムを創造したりして、顧客範囲を一気に広げる戦略だ。ガバクラは、あくまで“足がかり”でしかない。

外資系にはない柔軟さと信頼で戦う

――国内市場でもAWSなどの外資勢が圧倒的な存在感を見せる中で、さくらのクラウドは何が強みになるのでしょうか。

機能面でいうと、明らかに外資系のほうが強い。ただ、GPUクラウドに関しては、国の支援を受けている背景はあれどもコストパフォーマンスは高い。われわれは日本市場のために優先的に供給しているから、供給規模が増えれば増えるほど、日本のユーザーは他国よりもGPUを手に入れやすくなる。

一方、アマゾンは日本に2兆円とか投資しているが、グローバル企業はGPUをどこに供給するかを地政学的に判断するので、日本の調子が悪くなったら来ない可能性もある。

さらにアメリカのベンダーだと開発者と直接話をするのが難しいが、当社だと開発に対する顧客からの要望に柔軟に対応しやすい。急な円安で値上げされる懸念などもあり、基盤コストに対する信頼性をどう担保していくかという問題もある。

ガバナンス面でみても、国の方向性に対して、海外の会社は言うことを聞かない可能性がある。「さくらの発展=日本の発展」になる会社だからこそ、お客様も情緒的に使いたいって言ってもらえるところもある。

――一方で、富士通やNECのような既存の大手ベンダーなどは、積極的にガバクラの提供事業者を目指そうという意欲が薄いようにも感じます。理由をどうみていますか。

儲からないからだと思う。

すでにSIビジネスの売り上げが大きいと失うものが多いから、そこを減らすわけにいかない。国内ベンダーは、メーカーや通信キャリア系の会社が多く、短期的な収益を求める傾向が強い。どちらかというと、ニーズが多く、短期的な顧客の問題を解決して、しっかり稼げるコンサルをやったりしている。


18歳で起業した田中社長。株主との向き合い方についても、独自の考え方を持っている(撮影:梅谷秀司)

われわれは目先では儲からないけど、10年単位の中長期で儲かるクラウドインフラの分野に着目した。どちらが正しいということではないが、うちと同じ選択をする会社は、世界中をみてもそんなに多くない。

かつての日本企業は人を抱えながら設備投資をしっかりして、利益率は低くても世界中を席巻する成長をしていたが、多くの会社は目先で利益を出し、できるだけアセットや人を抱えないことを考えるようになった。デジタルインフラの時代にそれをやる会社はGAFAMくらいで、われわれはそれを日本でやっている。

「株主資本主義」では勝てない

――市場では、PBR(株価純資産倍率)やROE(自己資本利益率)といった経営指標の改善を求める声も多いです。短期的な成果が見えづらい投資を続けるのは、大変な面もあるのでは。

「株主資本主義」は短期的には利するが、中長期では勝てない。アクティビストが世界で2番目に活躍しやすいのは日本との話もあるが、「誰がそんな日本にした」という憂いがある。

成長するセクターに大胆に投資し、一時的に利益が減っても、その後の売り上げが3倍にも5倍にもなる絵を描き、中長期で株主を利する行動を取る経営者のほうがいい。

2005年に会社が上場し、2007年に債務超過になった後の3年は自分も株主の顔色をうかがいながら経営していて、ROEやROA(総資産利益率)、PBRの改善をやっていた時期もあった。でも、「違うな」と思った。

それで2011年に、利益を大幅に減らしながらも(クラウドに最適化された日本最大級の郊外型データセンターである)石狩データセンターに投資するチャレンジをして、2014〜2015年くらいから本格的に成長路線に戻そうとした。そのときにブロックチェーンに取り組んだら、急に「ブロックチェーン銘柄」になって株価が急騰したこともある。

世の中の流れの反対に向かうのは精神力も必要だ。そうした判断ができるのは、僕自身が”起業家”だからなのかもしれない。20年の長期政権で社長をやる中で、目先で少々悪くなっても、10年で大きな成長をさせればいい、という感覚がある。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)