佐藤栄学園とNTT東日本埼玉支店は「最新テクノロジーを用いた次世代教育協創の連携協定」の第一弾の取り組みとして、系列校のさとえ学園小学校(以下、さとえ学園小学校)と子どもたちが自ら睡眠データを活用し、個別最適な睡眠の改善を探究する学習「スリープテックプロジェクト」を実施した。2月22日に行われた公開授業とともに、関係者の声を伺ってみたい。

睡眠計測デバイスを活用した授業「スリープテックプロジェクト」

○日本の社会課題ともなっている睡眠時間

世界でもっとも短いと言われている日本人の睡眠時間。国民の約6割が睡眠に悩みを抱えており、睡眠不足は“睡眠負債”という言葉で社会問題にもなっている。これは大人のみならず子どもでも同様で、小学生の睡眠時間は30年間にわたり減少が続いている。

子どもの睡眠は発達と密接な関係があると言われており、睡眠不足は体調不良や倦怠感、自尊感情の低下や脳の発達への影響も懸念されている。だが一方で、子どもたちが自分に最適な睡眠を学ぶ機会は少ない。

こうした子どもの睡眠に対し、探究学習を絡めたアプローチ「睡眠×データドリブン教育」を行ったのが、NTT東日本埼玉支店とNTT DXパートナー、そしてさとえ学園小学校だ。「スリープテックプロジェクト」と名付けられたこの取り組みは、2月22日に最終発表の公開授業も行われ、多くの注目を浴びた。

NTT東日本埼玉支店とNTT DXパートナー、さとえ学園小学校が目指した「睡眠×データドリブン教育」とはどのようなものなのか。公開授業の様子とともに、担当者に伺ってみたい。

埼玉県さいたま市北区の私立小学校、さとえ学園小学校

○小学4年生が睡眠計測デバイスを用いて睡眠の質を研究

佐藤栄学園とNTT東日本埼玉支店は、これからの時代を支える学びを目指し、2023年4月に「最新テクノロジーを用いた次世代教育協創の連携協定」を締結している。この連携協定の第一弾となる取り組みとしてさとえ学園小学校で行われた「スリープテックプロジェクト」だ。

さとえ学園小学校の校長を務める小野田正範氏は、「本校の児童は中学校受験を目指して、6年間の学校生活を送ります。高学年になりますと受験対策の意識が徐々に高まって、家庭での学習に力が入り、ともすると睡眠時間が十分ではないと思われる姿が見られます。また社会的にも、睡眠の大切さが話題となってまいりました。そのような折に、NTT東日本様から睡眠データを活用した取り組みのお話をいただきました」と、趣旨と経緯について語る。

さとえ学園小学校 校長 小野田正範氏

さとえ学園小学校は、GIGAスクール構想に先駆け、2018年から児童一人一台のタブレット端末配布を実施している。この端末と睡眠計測アプリ「ブレインスリープ」、睡眠計測デバイス「ブレインスリープコイン」を組み合わせて睡眠データを取得。データに基づいた個別最適な睡眠改善を研究する。

さまざまな睡眠計測デバイスがあるなかで「ブレインスリープ」が選ばれた理由は、データの取りやすさ。またシリコンで肌触りが良く、パジャマに付けて眠っても邪魔にならない点も評価されてのことだ。

睡眠計測デバイス「ブレインスリープコイン」

睡眠計測アプリ「ブレインスリープ」

「スリープテックプロジェクト」の画期的な点は、睡眠教育とデータドリブン思考、グループワークを組み合わせた授業になっている点だろう。

子どもたちは睡眠の知識と重要性を学びつつ、データに基づく客観・定量的な手法を学習し、グループワークを通して協働性や表現力を育むことができる。

また研究の過程で算数(統計)、図工(模型・AR)などにも触れることになるため、STEAM教育で推進されている教科等横断的な学習にもつながっている。

チャレンジするのは4年生の子どもたち78名・全7チーム。期間は2023年10月19日から2024年2月下旬まで。調査対象は児童およびその保護者となり、全26回の授業が実施された。

子どもたちは正しい睡眠の基礎知識授業、睡眠改善の仮説検討を経て、約3カ月間に渡りデータを蓄積。各自のタブレット端末を使い、クラウドに保存されたプレゼンテーション用のスライドを共同編集しながら仮説の検証を進め、最終発表に望んだ。

多くの大人たちが集まる中で、緊張の色を隠せない子どもたち

7つのチームはそれぞれ蓄積したデータから「朝の行動」「寝る前の行動」「寝室環境」といった仮説を立て、会場内でプレゼンテーションを実施した。

その内容は大人が聞いていても非常に興味深く、その自由な発想力はまさにデジタルネイティブ世代ならではと感じられた。

校長室で小野田氏に「昼の行動」について発表したチーム

模型を作り「寝室環境」について発表したチーム

「寝る前の行動」について発表したチーム

こちらは「体内リズム」について発表したチーム

「光と睡眠」の発表をしたチームはヨギボーの効果も検証

子どもたちの一人が「スリープテックプロジェクト」の感想を話してくれたので、ここでご紹介しておこう。

「いろいろな朝の行動を調べてたんだけど、すごく楽しかったです! 朝は食欲が出ないから、そのことを調べたり。平均とかを求めるのが結構難しくて、でもアプリのグラフとかをうまく使えば簡単にデータ分析ができるってわかりました。その次の段階ではクッションについて考えてて、中に光がある感じのやつを考えてたけど、最終的には匂いが出るクッションにしました。調べたことをかかさずに生活の中で使っていきたいです」

「取材してください!」と自ら話しに来てくれた女子児童

○全教科を網羅できる「総合的な学習」を実現

最新テクノロジーを用いた次世代教育・協創として大きな成功を収めた「スリープテックプロジェクト」。

佐藤栄学園の統合ICT基盤を請け負っていたNTT東日本が学力・体力と睡眠の関係性に着目し、同校に提案したことがきっかけで始まったという。

さとえ学園小学校は提案内容に「親子の相関関係がみたい」というリクエストを入れたそうだ。

その理由について、さとえ学園小学校 教諭の須田智之氏は「睡眠が大事だと感じている人は多いのですが、実際には睡眠時間は短いわけです。根拠が弱いままでは子どもたちに対して説得力がありません」と話す。

さとえ学園小学校 教諭 須田智之氏

こうして、NTTグループは睡眠に関する知識やブレインスリープコインの使い方を、さとえ学園小学校の教員は授業の流れを作りつつ研究の仕方を教えるという分担の中で授業がスタートした。

NTT東日本 埼玉支店 第二ビジネスイノベーション部 産業基盤ビジネスグループ 産業基盤ビジネス担当の田村聡美氏は、「授業には毎回出席させていただきました。タブレット端末(iPad)について私たちが教えることはなかったのですが、今回新たに入れたアプリについては説明しました。気がついたら子どもたちは自分で使い方を覚えていて、どんどん探究を進めていて驚きました」と授業を振り返る。

NTT東日本 埼玉支店 第二ビジネスイノベーション部 産業基盤ビジネスグループ 産業基盤ビジネス担当 田村聡美氏

NTT DXパートナー プラットフォームビジネス部 ビジネスプロデューサーの梅田貴大氏も同様に、「アプリに触り始めると本当にすぐに操作を覚えて、教えていないこともいつのまにか知っていることが多かったです。始めてデジタルネイティブ世代を体感できた感じがしましたね。授業内容も中学1年生ならわかるかな、という内容で作ったのですが、翌週にはもう身についていました。自分で学習していく文化があるんですよ」と、小学1年生からタブレット端末に触れている子どもたちの順応性の高さに舌を巻いていた。

NTT DXパートナー プラットフォームビジネス部 ビジネスプロデューサー 梅田貴大氏

実際、さとえ学園小学校の子どもたちは知的好奇心が高めで、新しいものや大人びたもの、専門用語を好む傾向があるという。これは今回のプロジェクトが成功した理由のひとつかもしれない。

「このプロジェクトは、本当に『総合的な学習の時間』にピッタリなんですよ。統計で算数を、文章で国語を扱い、実験は理科、扱っているのは社会問題。全部入っているんです。総合の時間になにをするか悩まれている学校も多いと思うので、飛びつく学校も多いんじゃないでしょうか」(さとえ学園小学校 須田氏)

○睡眠は親子に共通したヘルスケアテーマ

「スリープテックプロジェクト」で得られたデータを振り返ると、多くの小学生が大人と同じ睡眠を取っているという。

本来、小学4年生の推奨睡眠時間は9〜12時間。しかし、塾に通う小学生の帰宅時間は午後9時以降で、そこから食事や入浴をしなければならないため、寝る時間は午後11時ごろになってしまいがちだ。

「親の生活が夜型になっており、それに影響されて子どもが夜型になっているという調査結果もありました。この学校の子どもたちは塾や習い事が要因ですが、YouTubeを見るなど、単に親の生活に合わせて時間を過ごし、結果夜型になっている子も多いんですね」(NTT DXパートナー 梅田氏)

「保護者さんからは『親子で睡眠改善になった』という声も頂きました。ヘルスケアデータの中でも、肥満や美容と異なり、睡眠は親子で話せる共通テーマなんです」(さとえ学園小学校 須田氏)

さとえ学園小学校は、この取り組みを次年度以降も継続したい意向を示している。

今回の子どもたちの提案のひとつに「校内プラネタリウム室を仮眠室として使いたい」というものがあったが、その提案から数週間のうちに、プラネタリウムで昼休みに仮眠をとる取り組みを実現したそうだ。次年度もしくは次の4年生も実現に向けて具体的にプロジェクトを進めていく……そんな授業を確立していくことができれば、同校の伝統になるかもしれない。

NTT東日本グループもまた、今回のプロジェクトをモデルケースとして、小学校だけではなく、中学高校等へ授業を展開していきたいという。

「先生方はすごく刺激になったと仰っていましたし、僕たちも新しい発見がありました。我々がハブになって、地域の会社も巻き込みながら、学校や子どもたちと一緒に何かを作っていく。そんな価値創造はみんなWin-Winですし、相乗効果でより良いものも生まれていくでしょう。今回は睡眠がテーマでしたが、別に睡眠でなくとも構いません。これからも新しい授業づくりでご一緒したいと思います」(NTT DXパートナー 梅田氏)