「偏差値45の地方の高校」から東大生が生まれた…留学生も地元生も成績が伸びる「地域みらい留学」の可能性
■既存の教育に違和感を持つ子が選んでいる
(第3回から続く)
――何人か卒業生に話を聞いたんですが、不登校だったという子もいれば、成績優秀な子もいました。どんなタイプの生徒が地域みらい留学を選ぶことが多いんでしょうか。
【岩本】正確な割合はわからないですが、多いのは「地域で学びたい」という子ですね。高校の3年間を大学受験のためだけに過ごしたくない。教室で教師と教科書から学ぶだけでなく、地域や社会と関わったり、プロジェクトをやったり、もっといろんな体験、探究をしたい。そういう子が多いです。探究といっても、実験室にこもってやるというよりは、社会課題解決型、プロジェクト実践型に興味がある子たちですね。
あとは少人数に惹かれる子も多いようです。大人数のなかで、みんなと同じであることを求められることに違和感がある子。あるいは親元から自立して、寮生活、下宿生活をおくってみたいという子もわりと多い印象ですね。
多くの子に共通するのが、従来のマジョリティの価値観や環境に、なんらかの違和感を感じていることだと思います。偏差値というひとつのものさしだけで輪切りにされ、競争することに対して、「本当にこれでいいの?」という疑問を持つ子は増えていると思います。
とりあえずまわりに合わせて楽しそうに振る舞うこともできるけど、心のなかでは「それって本当に私らしいのかな?」と感じている。「もっと自分らしく生き生きとした学校生活をおくりたい」と潜在的に感じている子が多いんじゃないでしょうか。
逆にいえば、いまの学校の価値観が自分に合っていて、マジョリティの集団にアジャストしきっているタイプの子は来ないです。
――不登校だったという子の割合はどうですか。
【岩本】統計をとっていないからわからないですけど、話を聞いている感覚では2割ぐらいですかね。いま言ったように、現在の学校や環境、自分自身に何らかの理由で違和感があるからこそ、地域みらい留学を選ぶわけです。それはぜんぜん悪いことじゃないと思うんです。
このまま学校に通うのはいやだと、その子の心と体が反応して不登校になっているんだとしたら、もっと自分の心と体が喜ぶ場所を探せばいい。地域みらい留学はその一つの選択肢になると思います。
■大切なのは自分で決めること
――逆に地域みらい留学に合わないという子はいますか。
【岩本】残念ながら、なかには途中で留学をやめる子もいます。ひとつは先天的な疾患など持病があるケースですね。地域みらい留学をやっている地域には、診療所が町にひとつしかなかったり、最先端の医療が受けにくいところがあります。そういう子は、医療が充実しているエリアを選ぶのが大事だと思います。
――発達障害などのケースはどうですか。いまADHDとかアスペルガー症候群の子どもの教育で悩んでいる親御さんもいますが。
【岩本】状態によると思いますけど、それでうまくいかなかったというケースも聞いたことはあります。学校よりも、寮生活で音が気になって眠れないとか。集団生活にうまく適応できないケースですね。
そういった特別な事情を抱えているケースは別として、僕が見ていて難しいと感じるのは、「親に行かされた」と思っている子です。
もちろん、子どもたちが最初に地域みらい留学を知るきっかけの多くは、親や学校のすすめなんです。「こういうのがあるから説明会に行ってみたら」「オンラインでもやっているよ」というふうに、大人の後押しがあることがほとんどです。選択肢を提供して、見学するところまでは大人が導いてあげるのがいいと思います。
ただ、最後は本人が決めてほしい。実際にそこへ行って3年間を過ごすのは、お父さんでもお母さんでもなく本人ですからね。自分で決めないと後悔します。少なくとも本人が「自分で決めた」と思えるのが大切。
一方で、親から「あなたにはここしかない」「ここへ行きなさい」と言われて来た場合、「行かされた」という思いが残って、留学してもうまくいかないことがある。
当然、留学したからといって楽しいことばかりじゃないわけです。新しい土地、新しい学校に慣れるまでは大変なこともあります。自分で洗濯したり掃除したり、生活面で乗り越えなくちゃいけないこともある。そのとき、「自分で決めたんだから」と思って乗り越えるのか、「こんなはずじゃなかった」と親のせいにして逃げるのか。自分で決めて一歩踏み出した子には、自己決定感があります。そのあるなしは、ものすごく大きいですね。
■都市部と田舎で異なる「偏差値」の意味
――地域でさまざまな活動をしたり、自分たちでイベントを企画したりすることで、これからの時代に必要な探究型、課題解決型の学びができる。それはすばらしいことだと思います。一方で、いわゆる受験勉強の面ではどうなんでしょう? 東大に進学した鈴木元太くんのような例もありますけど、参画している高校の多くは偏差値でいえば高くはありませんよね。不安を持つ親も多いと思うんですが。
【岩本】まずわかってもらいたいのが、学校の偏差値に対する考え方が、都市部と地域みらい留学をやっている地方では大きく違うということです。
都市部の場合、家から通える学校が何十校もあって、偏差値で輪切りになっていることが多い。合格ラインが偏差値で示されて、それぞれの学力に応じて入れる高校を選びます。
ところが、地域みらい留学をやっている地域では、家から通える高校はひとつかふたつというケースがほとんどです。たとえば80人の定員に対して、地元から入る子どもたちは60人だったりします。つまり、高校に入るときに競争はなく、地元の子はほぼ全入なわけです。都会の高校のように偏差値50の学校に偏差値50前後の子が集まっているわけではないんですね。偏差値30から70まで、いろんな学力の子がまばらにいるんですよ。
都市部で生まれ育った人にはわかりにくいと思うんですが、そういう状況が前提としてあります。そのうえで進学実績を見ると、地域みらい留学をやっている高校から国公立や難関大学に行く子も年に数人います。一方で専門学校に行く子もいるし、就職したり、自衛隊に入ったり、進路はさまざまです。それは多様な子どもたちが集まっているからなんです。
都会だと国公立、難関大学に何十人入ったという数字で学校のレベルを測ると思うんですけど、地域みらい留学の高校の場合、それだけでは測れないんです。
■少人数だからこそ手厚い教育が受けられる
――たとえば島根県の津和野には公営の塾があって、大学受験をする子のサポートをしているという話も聞きました。
【岩本】そういう地域もあります。いま言ったように、生徒の進路もさまざまなので、難関大学をめざす子に対しては、多くの高校で少人数・個別指導をやっています。そもそも地域みらい留学の大きな特徴のひとつが、少人数教育なんですよ。平均すると1学年50〜60人。教員ひとりあたりの生徒数が少ないから、かなり手厚い指導ができるんです。
とくに旧帝大とか医学部への進学をめざす子は、完全な個別指導になります。そういう子は学年にひとりだったりしますからね。
――そこは都市部の学校とはまったく違いますね。
【岩本】都市部の大規模高校や通信制の高校と比べると、生徒一人あたりに十倍は人の手がかかっていると思います。学校経営を考えれば、たくさん生徒を集めて、少ない教員で教えるほうが効率はいいでしょう。でも、僕らはそういう考え方をしません。
地域みらい留学をやっている高校は、経営効率は悪いかもしれないけれども、子どもは10倍手厚い教育を受けられます。教員だけでなく、コーディネーターがいたり、地域の方など、子どもひとりに対して関わってくれる大人の数がものすごく多いんです。だから、僕がいた隠岐島前高校もそうでしたけど、卒業式には卒業生よりも祝福にやってくる大人のほうが多かったりします(笑)。
■生徒と地域をつなぐ「コーディネーター」
――「コーディネーター」の存在は、地域みらい留学ならではだと思うのですが、具体的にはどのようなことをしているんでしょうか。
【岩本】学校の教員とは異なる立場から、生徒と地域をつなぐ役割、教科的な学びと社会での学びをつなぐ仕事をしています。教員が教科を教える人だとしたら、コーディネーターは高校と地域、高校生と社会での多様な学びのフィールドをつないでいく存在ですね。
生徒と会話しながら、興味関心を引き出したり、それと関係がありそうな現場や、それを仕事としてやっている人に紹介してあげたりします。
――そういう人材を地域みらい留学側で用意するわけですか。
【岩本】いえ、自治体側が予算を出して、採用したり任用したりして、高校に配置しているというパターンが多いです。ただ、コーディネーターの採用支援や、育成支援、研修や学び合いの場を作るのは、僕らのほうでやっています。
コーディネーターがいない高校もありますし、常駐するケースもあれば、外から通ってくるケースもあります。ただ、現在は常駐の割合が増えていますね。僕らの調査でも、コーディネーターが常駐しているケースのほうが生徒の伸びが大きいことがわかってきました。
高校1年生で入ったばかりのときは、みんながみんな自分で動けるわけじゃないですからね。最初は教員やコーディネーターが機会を提供しながら、だんだん自分でできるようにしていくという感じです。
■総合選抜と相性がいい「地域みらい留学」
【岩本】鈴木元太くんの場合もそうでしたけど、地域みらい留学を経験した子は、総合型選抜、推薦やAO入試に強いんですよ。
地域で社会課題と向き合って、問題意識を持つ。それを本当に解決しようと思ったら、もっとこんなことを学ぶ必要がある。そのためには大学に行ってこういうことを学ぼう――そういう動機づけがはっきりしている子が多いから、総合型選抜と相性がいいんです。
――地域みらい留学をしたことが、大学進学の武器、自己PRの材料になるわけですね。
【岩本】他の受験生で越境して地域活動をやっている子はなかなかいないですからね。大学の面接官も興味を持つでしょう。生徒の側も、「こういう理由で行って、こんなプロジェクトをやって、こんなことを学びました」と話すことがたくさんある。
しかも、自分の経験をもとに、自分の言葉で、自分の思いを自分らしく語ることができる。だから、彼らの話には説得力があるんですよ。どこかから持ってきた抽象論ではなくて、地に足がついていますからね。その点で大学側からの評価はすごく高いです。
ただ、最初から東大・京大、あるいは医学部に行くというのがゴールだったら、地域みらい留学でなく、いわゆる進学校に行くほうが確率は高いかもしれませんね。留学してきた子が、結果的にそういう大学をめざすことになった場合には、もちろん個別に対応します。けれども、そこをめざすための仕組みではないですよ、ということは付け加えておきたいと思います。
■テストで測れない成長を見る「評価システム」を構築
――先ほど、コーディネーターがいると生徒が伸びるとおっしゃっていましたけど、生徒の成長はどういうふうに測っているんですか。
【岩本】われわれ地域・教育魅力化プラットフォームと三菱UFJリサーチ&コンサルティングが協働で開発した「高校魅力化評価システム」というのを使っています。全国で300校、10万人ぐらいの高校生にアンケートをとって、主体性、多様な人との協働性、探究性、社会性、幸福感などの項目を調べています。
それを利用して、コーディネーターのあるなし、協働体制のあるなしで、子どもが1年生のときから3年生まで、どういうふうに伸びているかを調査・分析しています。
■子どもが伸びる環境の条件がわかった
――これまでの教育は、ほとんどペーパーテストだけで子どもたちの能力を測っていましたけど、それ以外のことがわかるようになれば教育のあり方が変わりそうですね。
【岩本】そうですね。僕らとしてはペーパーテストに表れない一人ひとりの成長を「見える化」したかったんです。主体性とか協働性、社会性というのは目に見えにくいと同時に、人と比べにくいものでもありますよね。だから、どっちの主体性が高いかを競争するわけではなくて、その子のなかでどう変わったのか、その子がどれぐらい成長したかを評価しています。
そこからどういう条件で伸びるのかを調べてみると、「学びの土壌」が大事だとわかったんです。とくに大事なのが、高校生をとりまく環境、文化、雰囲気に、安心安全の土壌があるかどうか。
チャレンジして失敗したとき、応援されるのかバカにされるのかによって、心理的ハードルがぜんぜん違うじゃないですか。安心して挑戦できる環境、心理的安全性が保たれていること。お互いに問う、問われる対話的土壌があること。多様性が受け入れられる土壌があること。何かやってみたいと思ったときに、地域・社会に橋渡ししてくれる大人がいること。そういう土壌が豊かな地域ほど、主体性や協働性などの非認知能力が伸びるんです。
運動をすると筋肉がつくのといっしょで、行動するほど主体性は伸びます。安心して行動できる土壌を作ってあげるのが、非認知能力の育成のポイントだということがあらためてわかりました。
■地域みらい留学こそ最先端の教育だ
――それは具体的な数字にも表れているんですか。
【岩本】一部を公表していますが、その都道府県以外から来ている生徒の割合が30%以上になると、主体性や社会性の伸びが大きいということがわかっています。やっぱり同質性が高い集団より、多様性のある集団、環境のほうが伸びるんですよね。
その点、地域みらい留学をやっているところは、全国から生徒が集まっていて、開かれた土壌があって、多様な人たちとつながりやすい。必然的に子どもたちの非認知能力が伸びやすいんです。
僕はこうした環境を用意できる地域みらい留学は、都市部の学校に負けない、最先端の教育であると自負しています。日本の公教育の中に「地域みらい留学」という選択肢がある。そのことを多くの人に知ってほしいと思っています。
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柳橋 閑(やなぎばし・かん)
ルポライター
1971年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋に入社。『週刊文春』『スポーツ・グラフィック・ナンバー』編集部を経て、フリーランスに。近年はスタジオジブリを取材。鈴木敏夫プロデューサーの著書『天才の思考 高畑勲と宮崎駿』(文藝春秋)、『読書道楽』(筑摩書房)などの構成を手がける。
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(ルポライター 柳橋 閑)