AIで「本当に"働かなくていい時代"」がやって来る
プロデューサーであるつんく♂さんと起業家である孫泰蔵さん、異なる2人のプロフェッショナルによる対談、第5回(撮影:尾形文繁)
音楽家、プロデューサーのつんく♂さん、連続起業家としてさまざまな事業を手がける孫泰蔵さんの対談。
2023年、つんく♂さんが『凡人が天才に勝つ方法 自分の中の「眠れる才能」を見つけ、劇的に伸ばす45の黄金ルール』、孫泰蔵さんが『冒険の書 AI時代のアンラーニング』をそれぞれ刊行。お互いの著書を読み、仕事論からAI時代の話まで、深い話は尽きることなく盛り上がりました。
今回は、AIの進展によって社会はどう変わっていくのか。つんく♂さんがAIにも詳しい孫さんに本音で聞いていきます。第5回目(全6回)
*この対談の1回目:「仕事で成功するのはプロか天才か?」意外な結論
*この対談の2回目:AI時代「子どもが不登校でも"問題"ない」本当の訳
*この対談の3回目:日本の会社員が「世界中から嫌われる」納得の理由
*この対談の4回目:「気を遣いすぎる」のは、日本人の長所か欠点か?
「AIで世の中が変わる」って本当ですか?
つんく♂:テクノロジー全般に詳しい孫さんにお聞きしたいんです。
現段階では、AIが生活に革新的な影響を及ぼすって、まだそれほど実感がありません。
たとえば「仕事がなくなる」とか「生活が大きく変わる」とかって、どのくらいリアリティのある話なんですか?
孫:めちゃくちゃリアルに感じています。
僕は立場上、単純にちょっとだけ早く実感できているだけですが。
つんく♂:たとえばSFアニメの世界みたいに、世界観や価値観がガラリと変わっちゃうような話なんでしょうか?
「AIに仕事を奪われる未来」は確定している
孫:つんく♂さんもおっしゃったように、「AIに仕事を奪われるかもしれない」みたいな話があるじゃないですか。いやいやそんなことないよとか、いや結構奪われるよとか、そういう議論がされていますよね。
僕も過去に何度もそういった質問をされて、そのときはマイルドに答えましたが、正直に言うと「100%奪われるに決まっています」が答えです。
つんく♂:グーグルやアップルが生活に及ぼした影響どころじゃない?
孫:はい。生活のために働くというか、いわゆるサラリーマン的な、会社に出勤して仕事をするという行為は、すべて奪われます。
つんく♂1992年に「シャ乱Q」でメジャーデビューしミリオンセラーを記録。その後は「モーニング娘。」をプロデュースし大ヒット。代表曲『LOVEマシーン』は176万枚以上のセールスを記録。国民的エンターテインメントプロデューサーとして幅広く活躍中(撮影:尾形文繁)
「ベーシックインカム」は是か非か?
つんく♂:そうしたら、僕らはどうやって食べていくんでしょう。
孫:おそらく「食べていく」という概念がなくなっていくだろうと思っているんです。
つんく♂:国民全員に一定のセーフティーネットが保障されるんでしょうか。生活保護とかベーシックインカムみたいな?
孫:OpenAI(ChatGPTを開発した会社)のCEOサム・アルトマンは本気でそれを考えていて、彼らはベーシックインカムの社会実験に相当なお金を注ぎ込んでいます。
つんく♂:AIがお金を生み出して、配るだけ? たとえ働かなくても、お金は必要ですよね。
孫:ただ、僕自身はベーシックインカムには少し反対なんです。
全員を救おうという発想には賛成ですが、ベーシックインカムで政府がお金を配ることになれば、国民が政府にどっぷり依存することになる。
政府が「お前にはやるけどお前にはやらない」といったコントロールが可能な社会では、国全体が縮こまってしまうと思います。映画の『マトリックス』の世界みたいに。それって最悪の世界、ディストピアだと思うわけです。
つんく♂:なるほど。ぜひ、孫さんの策を聞きたいです。
孫:僕はベーシックインカムではなく、ベーシックアセットという方法がいいと思っているんです。
たとえば同じところに住んでいるとか、同じような価値観を持っているというコミュニティのなかで共同所有するAIやロボットに働いて、稼いでもらう。そして、その利回りが共有のアセットとして、コミュニティのメンバーに渡される。
だから人間は食べるために働かなくてもいい。そういうコミュニティが世界中に、無数にできていくのが理想です。
江戸時代のように「コミュニティ」で共生していく
つんく♂:そうなったら、「あいつよりもいい服を着たい」とか「うまいものが食べたい」といった人間の本質的な欲求みたいなものはどうなるんだろう。社会主義じゃないけど「はいお米、はいお肉」といった配給みたいなイメージもします。
孫:同じものをもらうというよりは、「俺は米だ」「俺は米より酒だ」というように、供給されるものはバラバラでいいと思うんです。そしてそれを金額に換算する必要がなくなっていくと思います。
つんく♂:「人に称賛されたい」とか「すごいって言われたい」とか、そういう承認欲求みたいなものが、今はお金に換算される側面もあると思います。そういった感情の部分は、どうなるんだろう。
孫:むしろ、それをピュアな形で追求しはじめるような気がします。
たとえば江戸時代、庶民はみんな長屋に住んでいましたよね。「宵越しの銭は持たない」という言葉がありますが、貯蓄なんて意味がないとみんなが思っていた。
つまり、裏を返せば将来の不安、老後の不安がなかったんです。みんなで長屋に暮らしているから、どうとでもなると思っていたんですよね。
たとえば長屋の住人の職人さんにどーんとお金が入ってきた。現代の常識でいえば、個人が預金して将来のリスクに備えるでしょうが、当時は銀行もないから「今日はみんなでうまいものを食おう。俺のおごりや!」みたいな感じで楽しくやるわけです。
そのうちまた別の誰かがお金を稼いできて、「今日はわしのおごりや!」となる。それで成り立っていたわけです。
つまり、お金を貯めることのインセンティブがなかったわけです。そういったイメージに近くなるような気がします。
孫泰蔵日本の連続起業家、ベンチャー投資家。大学在学中から一貫してインターネットビジネスに従事。その後2009年に「アジア版シリコンバレーと言えるようなスタートアップ生態系をつくる」という大志を掲げ、ベンチャー投資活動やスタートアップの成長支援事業を開始。そして2013年、単なる出資に留まらない総合的なスタートアップ支援に加え、未来に直面する世界の大きな課題を解決するための有志によるコミュニティMistletoeを設立。社会に大きなインパクトを与えるスタートアップを育てることをミッションとしている(撮影:尾形文繁)
「お金の価値」が下がっていく!?
つんく♂:今の常識とはだいぶ違いますが、言われてみれば核家族化が進んだのは20世紀以降ですよね。
孫:そうなんです。「家族がいちばん大事だよね」っていう価値観は、やはり明治・大正以降なんですよね。それ以前は、もっと多様な人間関係があったわけです。
僕が子どもの頃は、田舎だったせいもあって「隣の家でごはんを食べさせてもらいなさい。今日お母さんは遅くなるから」がまかりとおっていました。
隣の人に頼んであるわけでもなく「おふくろがここで飯を食べさせてもらえって言ったんです」と言えば「じゃあ食べていけ」となる。それって、江戸時代の名残なんですよね。今は「コンビニで買いなさい」とか「ウーバーイーツを頼みなさい」でしょうけどね。
つんく♂:そういう意味では、昔のほうが「お金の価値」は低かったのかな。言われてみれば、そういうときに「いくらかかったから」なんていう考え自体、なかったですよね。
孫:「自分の子も隣の子も飯を食うのは一緒や。2人分も3人分も一緒や」という感覚でしたよね。その感じって、僕は楽しかったんですよ。
AIによって、そんな時代が復活してくるんじゃないか、むしろそういう社会をつくりたいと僕は考えているんです。
時間軸でいえば10年か15年。じわじわと変わっていく
孫:もちろん、ものすごい技術革新を成し遂げたい人にとっては、AIは強力な加速装置になり得ます。ものすごいものをつくるのに、大企業である必要がなくなるからです。
少数の、本当に信頼できるメンバーで、何千人規模の大企業と同じくらいのインフルエンスやパワーをくれるのも、AIだと思いますね。
つんく♂:それって、イメージ的に何年後ぐらいの話だろう。それとももう始まっているんでしょうか?
孫:時間軸で言えば、10年、15年。ただ、じわじわと変わっていくでしょうから、見ている方向によって感じ方は違うと思います。
僕は未来を見ているのでもう始まっているよと言いたいですが、過去を見ている人にとっては、明らかな違いがわかるまでは、時代が変わったとは思わないと思います。
地域差もあるでしょうが、カリフォルニアなどが先陣を切っていくと思います。
*この対談の1回目:「仕事で成功するのはプロか天才か?」意外な結論
*この対談の2回目:AI時代「子どもが不登校でも"問題"ない」本当の訳
*この対談の3回目:日本の会社員が「世界中から嫌われる」納得の理由
*この対談の4回目:「気を遣いすぎる」のは、日本人の長所か欠点か?
対談場所:Rinne.bar/リンネバー
お酒を飲みながら、カジュアルにものづくりが楽しめる大人のためのエンタメスポット。廃材など、ゴミになってしまうはずだった素材をアップサイクル作品に蘇らせる日本発のバー。
(つんく♂ : 総合エンターテインメントプロデューサー)
(孫 泰蔵 : Mistletoe Founder)