のどの痛みから始まるA群溶血性レンサ球菌、そして劇症型溶連菌感染症について、医師が解説します(写真:K+K/PIXTA)

例年の2〜3倍で推移している

A群溶血性レンサ球菌(以下、溶連菌)の流行が拡大している。

溶連菌による咽頭炎は、厚労省が感染症法上の5類感染症に指定しており、特定の医療機関の定点モニタリングの結果が公表されている。国立感染症研究所が出している「感染症週報」によると、2024年第9週(2/26〜3/3)は、例年の2〜3倍で推移している。


感染症発生動向調査「感染症週報(第26巻 第9号 2024年3月15日発行)」(厚生労働省/国立感染症研究所)より

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溶連菌は、環境中に広く常在するグラム陽性菌の1つで、通常嫌気性菌(酸素がない環境で生育する)である。感染した人からの唾液や分泌物を介して飛沫感染する。

溶連菌に感染すると、さまざまな症状が表れる。

もっとも多いのは急性咽頭炎だ。6〜12歳までの学童期に多いが、成人でも珍しくない。成人の咽頭炎の5〜10%が溶連菌によるものと考えられている。38℃以上の発熱と、咽頭痛が主訴で、ときに吐き気を伴う。

筆者はナビタスクリニック新宿で診療しているが、最近は毎週数名の溶連菌感染患者を診察している。溶連菌感染はインフルエンザやコロナほど高熱のことは少なく、関節痛を訴えることは稀だ。一方で喉の痛みが強く、「痛くて食べられない」という人もいる。喉を診察すると、全体的に赤く腫れている。

このような症状を訴える患者に対し、筆者は溶連菌検査を行っている。綿棒で咽頭を拭って、溶連菌が作り出す多糖体抗原の有無をチェックする。簡易キットが市販されており、手順に従い検査をすれば、数分で結果が判明する。

検査の感度(病気の人を見つける精度)は80%以上で、偽陽性(病気ではないのに病気と判定されること)が生じることは稀とされている。信頼できる検査だ。

溶連菌による咽頭炎と診断された場合は、カロナールなどの解熱鎮痛剤やトランサミンなどの抗炎症剤を用いた対症療法に加え、ペニシリン系の抗菌剤を使う。

免疫反応で体の組織が障害

溶連菌に感染した場合、溶連菌が咽頭などの組織を直接傷つけるだけでなく、溶連菌に対して引き起こされた免疫反応が、さまざまな臓器を障害することがある。リウマチ熱や急性糸球体腎炎は、そのような免疫合併症である。

リウマチ熱は関節リウマチとはまったく別物で、溶連菌に対して反応した免疫が、本来の標的でない心臓の弁膜組織や関節も攻撃してしまい(交叉反応)、後年、心臓弁膜症や関節炎を発生させる。

急性糸球体腎炎は、溶連菌の成分と抗体が複合物を形成し、それが腎臓の糸球体という部分に沈着することによって起こる。

溶連菌に感染した場合、このような合併症を予防するために、長期間(通常は10日間)の抗菌剤の内服が推奨されている。服用しなかったり、途中で服用をやめたりするなどで溶連菌感染を放置した場合、後述するような合併症を起こす可能性がある。溶連菌感染は要注意だ。

患者の中には、溶連菌感染を繰り返す人がいる。このような人は喉が痛くなると、すぐにクリニックにやってくる。それは、「カロナールやロキソニンではなかなか治らなかった喉の痛みが、抗菌剤を飲むとぴたりと治まった(患者談)」という経験があるからだ。

事実、溶連菌感染で抗菌剤は、痛みを和らげるという意味でも有用だ。少しでも疑った場合、最寄りのクリニックを受診してほしい。

劇症型の致死率は30〜70%

溶連菌感染は咽頭炎以外にも多様な合併症をもたらす。なかでも怖いのは壊死(えし)性筋膜炎、蜂窩織炎(ほうかしきえん)だ。

前者は筋膜の浅い部分、後者は皮下組織で溶連菌の感染が拡大する。

多くは手足から感染が始まり、急速に拡大する。感染した部位に痛みや腫れ、発熱を生じ、感染組織が壊死することもある。多臓器不全を起こして、死亡する患者が多く、致死率は30〜70%とされている。

このタイプの合併症は進行が速く、重症化するため、劇症型溶連菌感染症といわれる。溶連菌の別名は「人食いバクテリア」だ。

劇症型溶連菌感染症は、1980年代半ばから欧米で報告されるようになり、わが国では1992年に千葉県旭中央病院の医師たちが最初に報告した。医師の間で認知度が高まった影響が大きいのだろうが、報告された感染者数は増加し、2019年の年間患者数は894人となる。

注目すべきは、コロナ流行後の推移だ。感染者数は一時的に減少するが、2022年から再増加し、2023年には941人(速報値)と、過去最多を記録した。

実は最近、筆者も劇症型溶連菌感染症の患者の相談にのった。医師になって初めての経験だ。患者の父親が旧知で、「左上腕が腫れて、強い痛みを訴えている。どうしたらいいでしょうか」と、電話で相談を受けた。

患者は20代後半で持病はない。まず問題はないだろうが、痛みがあまりにも強いので、「とりあえずは最寄りの救急病院を受診してください」と助言した。数日後、父親から「劇症型溶連菌感染症と診断され、入院中です。もう数時間遅れたら命が危なかった」との報告があった。

このケースは示唆に富む。というのも、最近、若年者で劇症型溶連菌感染症が増えているのだ。

1月24日、国立感染症研究所は「A群溶血性レンサ球菌による劇症型溶血性レンサ球菌感染症の50歳未満を中心とした報告数の増加について」というレポートを発表した。

このレポートで注目すべきは、重症度が増している可能性があることだ。50歳未満の致死率(報告数に占める届け出時の死亡数)の割合が、従来は9.1%〜19.7%だったものが、2023年以降は30.9%と上昇している。

国立感染症研究所は、病原性や伝播性が高いUK系統株が、国内に流入している影響があるのかもしれないと論じている。

溶連菌以外の感染症も増加

わが国で流行しているのは溶連菌だけではない。

現在、インフルエンザ、咽頭結膜熱(プール熱)が大流行しているし、昨年はこれら以外にヘルパンギーナ、流行性角結膜炎、RS(呼吸器合胞体)ウイルス、手足口病が大流行した。溶連菌、咽頭結膜熱、ヘルパンギーナの感染の規模は過去10年で最大だ。


感染症発生動向調査「感染症週報(第26巻 第9号 2024年3月15日発行)」(厚生労働省/国立感染症研究所)より

さまざまな感染症が流行するのは、日本に限った話ではない。

昨年11月、中国の北京市などで、インフルエンザ、マイコプラズマ、ライノウイルス、RSウイルスが大流行しているし、2022〜2023年の冬にかけて、アメリカではコロナウイルスに加え、RSウイルス、インフルエンザが同時流行し、「トリプルデミック」といわれた。

この3つのウイルス以外にもヒトメタニューモウイルスやアデノウイルスも大流行している。

ヨーロッパでは、溶連菌、髄膜炎菌、肺炎球菌などの流行が確認されている。昨今の麻疹(はしか)の世界的な流行も、このような状況を知れば、見え方が変わってくる。

なぜ、こんなことになるのか。2つの可能性が指摘されている。1つは集団免疫の低下だ。

コロナ流行中、世界各国は強い感染対策をとったため、さまざまな病原体の流行が抑制された。この結果、免疫を有する人の割合が低下し、最近の大流行につながったという訳だ。

コロナ感染の後遺症が原因?

もう1つの可能性は、コロナ感染の後遺症として、免疫力が低下することだ。このことは、いくつかの基礎研究から示唆されていたが、最近になって臨床研究の結果も報告されるようになった。

昨年5月、アメリカのケースウェスタンリザーブ大学の研究チームが、コロナ感染の既往がある小児がRSウイルスに感染するリスクは、既往がない小児の1.4倍であったと報告していることなどは、その一例だ。

この可能性は日本であまり議論されることはないが、2022年10月には、アメリカ・ワシントン大学の研究チームが「コロナパンデミックが市中の呼吸器ウイルスの流行に与える影響」という論文を、イギリス『ネイチャー感染症学レビュー』誌に発表するなど、その議論は進んでいる。

もし、そうならコロナ感染の既往を有する人には、重点的にワクチン接種すべきかもしれない。今後の研究が必要だ。

以上が溶連菌感染の流行の背景である。筆者はコロナパンデミックと絡めて議論すべきと考えている。今後の研究の成果に期待したい。

(上 昌広 : 医療ガバナンス研究所理事長)