ガチ中華で人気「白酒」中国の生産地で見た光景
白酒工場の中。白酒を保管する甕(写真:筆者撮影)
近年のガチ中華の普及とともに認知度が少しずつ上がってきているのが、中国の酒、白酒(バイジュウ)だ。
2022年には日本で白酒協会(一般社団法人 日本中国白酒協会)も設立され、「ガチ中華にはガチ中国酒を!」というキャッチフレーズのもとで普及活動が行なわれている。
そんな白酒の一大生産地が、中国内陸部にある貴州省だ。高級酒としても名高い茅台酒も貴州省の白酒である。いったいどんなところで作られているのか。筆者は貴州省遵義市仁懐市茅台鎮にある、白酒工場に足を運んだ。
町全体に白酒の匂いが漂う
茅台鎮は貴州省の省都、貴陽から北に約200km。鉄道に乗り遵義駅まで1時間、さらにそこから車で約1時間の場所にある。
町に着き、車から降りると白酒のツンとした香りが鼻に入ってきた。町全体に白酒の匂いが漂っているのだ。
今回、遵義駅から茅台鎮まで筆者を車で送ってくれたのは、貴州老掌柜酿酒有限公司(以下、貴州老掌柜)で営業部の副総経理を務める方寧さん。方さんによれば茅台鎮にはおよそ600社の白酒工場があるそうだ。
町中を車で走ると道路の両脇に白酒を売る酒屋が連なっており、各社が製造する白酒が売られている。1km近くにわたって酒屋が延々と続くのは、なかなか異様な光景だった。
道路沿いに白酒を扱う酒屋が並んでいる(写真:筆者撮影)
茅台鎮において圧倒的な存在感を放っているのが、貴州茅台酒股份有限公司(以下、貴州茅台)だ。600社ある茅台鎮だけでなく中国の白酒市場で売り上げトップを誇る国有企業である。
方さんに車で貴州茅台の本社の前に連れて行ってもらったが、他の会社と比較しても規模が段違いだった。
中国現地の報道によると、貴州茅台では4万人の従業員が働いていて、平均年収は31万元(約620万円)以上あるそうだ。
貴州省のGDPは中国でも下から数えられるほど低く、省都の貴陽でも15元(約300円)あれば、ローカルの麺料理が食べられるくらい物価が安い地域だ。そんな中で平均年収31万元以上の企業で働けるというのは、かなりの高収入かつエリートと言っていいだろう。
貴州茅台の本社前(写真:筆者撮影)
そうこうしているうちに、方さんの会社の白酒工場に辿り着いた。貴州老掌柜は1984年の創業で、茅台鎮では比較的初期から白酒の醸造を行っている歴史ある民間企業だ。
白酒企業トップ10に入る会社の工場の中
従業員は170名程度であり、貴州茅台と比較すると小規模であるものの、茅台鎮の数ある白酒企業の中でトップ10の売り上げを誇っており、現地ではそこそこ名前が知られている。
白酒は小麦や高粱(コーリャン)という稲科の植物を発酵させて作られる蒸留酒であり、アルコール度数が40〜70度と高いのが特徴で、製法や原料によって醤香(ジャンシャン)や濃香(ノンシャン)、清香(チンシャン)など数種類に分けられる。
白酒の原料になる高粱と小麦(写真:筆者撮影)
茅台で作られる白酒の多くは醤香型で、上品な香りと濃厚でしっかりとした味わいが特徴だ。
白酒はウイスキー同様、ブランドや製造年数の長さによって値段も大きく異なり、安いものでは数百円、高いものだと数万円以上する。貴州老掌柜の白酒はボトル1本あたり60元(約1200円)から100元(約2000円)の商品がボリュームゾーンとなっていて、比較的安価で飲めるブランドだ。
製造工程は、まずは細かく砕いた高粱(コーリャン)を煮て蒸してから冷却するのを2度行う。そして小麦から作った白酒の麹菌(中国語で「曲」という)を投入、高粱と麹菌の混合物を大きな穴に入れ、土をかぶせて約30日発酵させる。
高粱と麹菌を混ぜた混合物を穴に入れ、上から土をかぶせて発酵させる(写真:筆者撮影)
最初の発酵が終わったら、もう一度高粱と麹菌の混合物を煮て蒸してから、冷却したのち、さらに麹菌を追加し発酵させる。この同じ作業を繰り返し、合計8度発酵させるのだ。
粉砕し蒸した高粱。奥にある機械が蒸し機と冷却機(写真:筆者撮影)
「1回の発酵に30日かかるため、白酒のアルコールを取り出せる状態になるまで少なくとも8カ月、前後の工程も含めると白酒を作るのに約1年の時間がかかるんです」と方さん。
十分に発酵した高粱と麹菌の混合物を蒸留させて、アルコールを取り出したものが白酒になる。
白酒は甕に入れて保存し、短いものでは1カ月、長いものでは5年寝かせて、はじめて出荷される。
油が多い料理や、辛い料理とよく合う
ちなみに、同社(および茅台鎮の多くの白酒を醸造する企業)で醸造される白酒の原料である高粱は、紅纓子高粱という品種を使用している。
これは地元の仁懐市で穫れる高粱で、ほかの品種に比べて小ぶりで皮が厚く、粒がふっくらとしている。白酒を作るうえで必要な複数回の蒸しや冷却、発酵といった複雑で多重な工程に耐えられるため、白酒に適した品種といえるわけだ。
工場で発酵の度合いが異なる白酒を数種類試飲させてもらったが、香りや口当たりの柔らかさが異なっていた。ほかの種類の白酒でも同じことが言えるが、醤香、濃香、清香など異なる種類の白酒を飲み比べて試すと自分の好みがわかるようになるのでおすすめだ。
白酒の産地である貴州の料理はもちろん白酒と合う。油を多く使った料理や辛い料理といっしょに白酒を飲むと、口の中の油っこさが洗い流されてさっぱりしたり、辛味が中和されたりするのだ。
貴州の料理といえば、発酵させたトマトのスープで魚を煮込んだ鍋の酸湯魚や、真っ赤な辣油に浸かった鶏肉が特徴的な貴州式の辣子鶏、ドクダミの根と干し肉の炒めものなどが代表的で、発酵食品を使った料理が多いのが大きな特徴だ。
東京でも貴州料理を味わえる
東京でも貴州料理が食べられるお店が何店舗かあり、ドラマ「孤独のグルメ」にも登場した新小岩の「貴州火鍋」は近年、知名度があがってきた。
御徒町にある「王さん私家菜」は一見、町中華のような雰囲気の中華料理店だが、オーナーの王さんは貴州省出身で、店の壁に辣子鶏などの貴州料理のメニューが並べられている。他にも大塚には「菊下楼」という貴州のライスヌードルが食べられる店や、「東京黔大叔烙鍋酒場」という貴州式の鉄板焼が食べられる店がある。
ガチ中華を提供する店が増えたことにより、白酒を扱う店も増加し、貴州茅台のような高級酒以外の手頃な価格の白酒を飲める店も増えてきた。中国ではなかなか見かけないが、度数が高い白酒をソーダで割ったバイボールを飲める店も出てきている。
白酒を飲んでみたいが、度数が高いお酒は苦手という人にちょうどいい一杯といえるだろう。中国内陸部で知名度的に地味な貴州省ではあるが、白酒も料理も美味しいのでぜひともチャレンジしてみてほしい。
(阿生 : ライター)