電動車いすの女子高生が「就業体験」で見た"光景"
フローレンス「オペレーションズチーム」では肢体不自由の学生のインターンを受け入れている、会社備品の管理や貸し出し受付、文書管理、ファイリング、データ入力などをこなす(写真:筆者撮影)
インクルーシブ(inclusive)とは、「全部ひっくるめる」という意。性別や年齢、障害の有無などが異なる、さまざまな人がありのままで参画できる新たな街づくりや、商品・サービスの開発が注目されています。
そんな「インクルーシブな社会」とはどんな社会でしょうか。医療ジャーナリストで介護福祉士の福原麻希さんが、さまざまな取り組みを行っている人や組織、企業を取材し、その糸口を探っていきます。【連載第18回】
学生は就職活動を始める前、志望業界や仕事について知ったり、自分のキャリア形成を考えたりするために、企業で「インターンシップ(就業体験)」を積むことがある。
障害のある学生は、特別支援学校高等部を通じて、授業の一環や採用活動としてインターンシップに取り組む(*1)。
インターンシップを経験した難病の高校生
昨年11月、国立大学法人筑波大学附属桐が丘特別支援学校高等部(全日制普通科)に通う2年生の林屋実希さん(17歳)が、3日間のインターンシップを体験した。林屋さんは難病により、生まれつき手足の筋力が低下し、生活には電動車いすが欠かせない。両手もうまく動かせない。
林屋さんのインターンシップを受け入れたのは、子ども・子育てに関する社会課題の解決に取り組む認定NPO法人フローレンス(千代田区)だった。 特に肢体不自由(身体障害の中でも身体や手足をうまく動かせない)のある学生を積極的に受け入れている。
文部科学省の統計によると、肢体不自由の学生数は、特別支援学校の卒業生のうち2番目に多いにもかかわらず、企業への就職率が6%(*2)に過ぎないことを同法人は懸念しているからだ。
林屋さんが担当した業務は資料のデータ化や名刺の登録で、学校の授業と同じように、タッチペンを口でくわえて作業した。今回は一文字一文字注意深く入力したため、名刺1枚に5分程度かかったが、タブレット型の端末をうまく使いこなしていた。
林屋さんはインターンの振り返りで「会社で自分の意見が言えるようになりたい」と話していた(写真:筆者撮影)
障害のある人の就労が当たり前の社会に
同法人の企業在籍型職場適応援助者(ジョブコーチ)の石橋恵さんは、「障害のある人が仕事に就くことを当たり前とする社会となるよう、まずは社内で多様性の実現を目指しています」と説明する。
取材日はインターンシップの最終日で、石橋恵さんと、同じくジョブコーチの和田直美さん、同校の進路指導コーディネーターの高橋佳菜子教員、林屋さんを囲んでミーティングの時間を持った。
林屋さんは、こう振り返った。
「職場で障害者も平等に働いている様子を見て、すごく驚きました。仕事については環境を整えてくださったため、今の自分の力を発揮できたと思います」
同法人では合理的配慮として、ビルの入り口の段差にスロープをかけたほか、林屋さんのために高さを調節できる机を用意した。事前の打ち合わせで、机の高さを合わせることができれば、昼食時に食事介助の必要はないと言われていたからだ。
実際、昼食の時間、林屋さんは周囲の人に机にお弁当箱を置いてもらったり、スプーンを手に取り付けてもらったりしただけで、その後は机の高さを利用して1人で食べていたという。
石橋さんは「『合理的配慮』は、肩ひじを張って堅苦しく考えるより、それぞれの人が力を発揮するために必要な工夫ぐらいの感じですよね」と話す。
母親が会社へ出向きトイレの介助
林屋さんにとって、同法人でのインターンシップは大変有意義な時間となった。
だが、企業で肢体不自由のある人を受け入れるときは、社内のバリアフリー化や、食事や排泄など生活介助のための人材が必要となることが少なくない。社内の誰かが介助を担当するわけにいかず、安全性も確保しなければならない。
特別支援学校の近くの企業が学生を受け入れた場合は、学校の教員が介助のために出向くこともあるという。林屋さんのときは、事前に同法人と学校が打ち合わせて、母親が決まった時刻に会社へ出向き、トイレの介助に当たっていた。
このような理由で、学生は、生活介助を専門とする介護福祉士がいる施設で、インターンシップを経験することが多い。しかし、企業でのインターンシップは、障害のある学生の可能性の発見や成長につながるため、特別支援学校の教員は「実社会で、ぜひ経験してほしい」と願う。
この肢体不自由の人が企業で働きにくいことを解決する方法は2つある。
1つめは、企業における障害者の在宅勤務を促進させること、2つめは国の障害福祉サービス「重度訪問介護」の現行の利用制限を撤廃し、就労・修学・通勤・通学でも使えるようにすることだ。
前者については、株式会社沖ワークウェル(東京都港区、特例子会社)の事例を紹介する。
同社では、2004年の設立時から在宅勤務を取り入れており、従業員は出社の義務はない。24の都道府県から採用した従業員89人のうち68人(76%、2024年1月時点)が在宅で仕事をする。障害者は89人中79人で、約6割が重度の肢体不自由のある人だ。
勤務は1日6時間・週30時間で、OKIグループ内外の企業のホームページ制作、システム開発、デザイン制作、データの入力・加工、名刺作成などの業務にあたる。
香川県在住の山根誉与さん(23歳)は、チラシのデザインやイラスト作成を担当する。手足や体の筋肉に力が入らないため、パソコン操作はジョイスティックマウスを用いる。勤務時間は8〜15時。食事やトイレの介助の時間には訪問介護のヘルパーが家に来るため、仕事を中断する。
朝、ベッドからデスクへ10秒で“出勤(移動)する”と、山根さんはバーチャルオフィスシステム「ワークウェルコミュニケータ®」を立ち上げ、デザイン担当のリーダーと1日のスケジュールを確認した。
山根さんの使用するジョイスティックマウス(PCへの入力ツール)(写真:株式会社沖ワークウェル提供)
このシステムでは、机の横にあるスピーカーから、まるでオフィスにいるかのように声や音が聞こえてくる。チームメンバーと打ち合わせしたい場合は、声がけによってオンライン上の会議室に集まることができる。
2009年、同社は独立行政法人情報通信研究機構(NICT)からの助成金とOKI研究開発センター(当時)からの技術協力を得て、ワークウェルコミュニケータ®を独自開発した。当時から音声だけとしており、映像は検討されていない。障害のある人は上半身の着替えが難しい場合もあるからだ。
開発に携わった事業部第一チーム、チームマネジャーの加藤哲義さんは、「在宅勤務にはどうしても『孤独感』『孤立感』が伴いますが、(このシステムだと)『仲間と一緒に仕事をしていると感じるようになった』と言われるようになりました」と話す。
同社では利益を追求せずに販売もしている。
税金を使った障害福祉サービスが問題?
2つめの「重度訪問介護サービスを就労・修学・通勤・通学のときにも使えるように」という要望は、2006年障害者自立支援法成立のときから障害者団体が取り組んできた。2019年、れいわ新選組の舩後靖彦参議院議員と木村英子参議院議員がこの課題について発言したことで、一時は注目を浴びたが、現在も実現していない。
その理由を舩後議員は、こう説明する。
「厚労省は、障害者雇用促進法により企業側に合理的配慮を義務化しています。それにもかかわらず、公的な障害福祉サービスで代替えすることになるのではないかと疑問を抱いています。 さらに、経済活動(個人の利益)のために、税金を使って障害福祉サービスを利用することへの社会通念上の懸念についても、配慮しているのではないでしょうか」
これらの問題を解決するため、2020年、厚労省は、障害者雇用促進法による職場介助・通勤援助の助成金制度に、福祉施策による重度障害者等就労支援特別事業を組み合わせた。「重度障害者等就労支援特別事業(*3)」という。 しかし、導入自治体が多くないばかりか、使い勝手が悪いという評判が立っている。
舩後議員が障害者団体などから聞き取りをしたところ、この制度を利用した場合、介護派遣事業所が3種類(国の障害福祉サービス、市区町村の特別支援事業、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構)の請求業務をこなす必要があり、事務作業にかなりの負荷がかかることがわかった。
どうして、こんなことになったのか。舩後議員は「つまり、財政上の問題です」と話す。
舩後議員は「障害の有無にかかわらず、社会参加の一環として働いて自己実現し収入を得ること、納税者として社会に還元することは人として当たり前の権利であり、そのために必要な介助は保障されるべき」と訴える(写真:筆者撮影)
財政上の問題とは、重度訪問介護だけでなく、同様に利用制限のある視覚障害者の同行援護や、知的障害者の移動支援が通勤・就労・通学・修学に使えるようになると、利用者・利用時間数が大幅に増えるからだ。
「財務省に押された厚労省が、このようなキメラのような複雑な制度にしてしまった」 と舩後議員は説明する。
この状況を打開するため、2022年、舩後議員は国会で「人の一連の行動を経済活動と、生活・生命の維持活動に切り分けようとしている制度設計に無理があります。人の営みを制度に合わせるのではなく、制度を人に合わせるべきです」と発言した。
舩後議員が国会議員を目指したのは、「どんな障害があっても難病でも、自分の可能性は無限大であると信じられる社会をつくりたいと考えたから」だ。「憲法や障害者基本法で認められた自由な労働の権利、社会参加の権利を実現していきたい」と、舩後議員は視線で文字盤を追いながら、介助者を通して取材に答えた。
当事者からの言葉を1つひとつ受け止めることで、インクルーシブな社会が成熟していく。
*1 東京都では、特別支援学校が依頼する事業所等での就業体験はその位置づけや名称がさまざまであるため、「インターンシップ」の名称で統一している。https://www.shugaku.metro.tokyo.lg.jp/File/syuurousien/leaflet.pdf
*2 文部科学省,特別支援学校(高等部)卒業後の状況調査,学校基本統計,平成30年度(なお、最新版の令和5年度は4.5%、就職者等常用労働者、無期・有期雇用労働者合計)
https://florence.or.jp/news/2023/03/post59652/
*3 「雇用施策との連携による重度障害者等就労支援特別事業」
https://www.mhlw.go.jp/content/11704000/000675279.pdf
参考:『日本でいちばん働きやすい会社』(土屋竜一、中経出版)
(福原 麻希 : 医療ジャーナリスト)