JR花咲線「駅弁食いだおれ」おなかいっぱいの旅
花咲線では6つの業者が駅弁を販売している(写真・イラスト:やすこーん)
とにかく、駅弁が食べたい。
その欲求に忠実に、駅弁を目的にした旅の計画を立て、全国を巡るのが好きだ。しかし最近は、全国的に駅弁の数が減ってきているのではないか、と懸念している。廃線になる路線や駅が増えれば、駅弁が減るのは当たり前とはいえ、かなり寂しいことだ。
ほぼ海沿いを走る花咲線
そんな中、次々と駅弁を発売している、稀有な路線を見つけた。北海道の根室本線のうち、釧路―根室間の135.4kmを走る、通称「花咲線」だ。
JR花咲線は、釧路―根室間を約2時間半で結ぶ路線。おおざっぱに説明すると北海道の右下、ほぼ海沿いを走る鉄路と言えばイメージが湧くだろうか。海や草原、湿原など絶景を通り、幻想的な景色も魅力である。
地球探索鉄道号。車内のシートは白鳥やフクロウなどの模様でかわいらしい(筆者撮影)
花咲線へは2021年12月に初めて訪れた。まずは厚岸駅で、全国的にも有名な「氏家かきめし」を食べたい。東京の駅弁売り場や駅弁大会では幾度となく食べているが、実際に現地で食べたことはまだないのだ。行かずとも買える駅弁大会も好きだけれど、やはりその土地で食べてこそ、駅弁の実力がわかる。
ほかに何か新しい駅弁がないかと探していたら、終点の根室駅で販売している「さんまそば」と「さんま丼」の存在を知る。こちらは「根室駅11:03発、13:34発の列車時刻に合わせて販売」とあり、おのずとその時間までに到着する花咲線に乗ることとなった。
旅程が決まれば、確実に買うために、まずは駅弁の予約だ。「さんまそば」と「さんま丼」はすぐ予約ができたのだが、厚岸駅の「氏家かきめし」は何度電話をかけても一向につながらない。ここは、お願いすればホームまで持ってきてもらえると聞いていたので、そうしてもらおうと思っていた。なぜなら花咲線は列車が2時間半〜3時間に1本しかなく、厚岸駅で一度降りると、その時間を持て余してしまうからである。
厚岸湖に飛来する白鳥たち(筆者撮影)
人気のさんま丼とさんまそば
そして当日。釧路駅8:21発の花咲線に乗車する。しばらく内陸を走り、門静駅を過ぎると進行方向右側に海が見えてきた。その先の厚岸湖にはたくさんの白鳥が佇んでおり、見たことのない景色が広がっていて感動する。
また、茶内駅には「銭形警部」(のオブジェ)が、隣の浜中駅には「ルパン三世」がいた。浜中町は「ルパン三世」の作者、モンキー・パンチ先生の故郷で、ここには「ルパン三世ラッピングトレイン」も走る。終点のひとつ手前は「日本最東端」という看板が掲げられている東根室駅。なんて見どころの多い路線なのだろう。この乗車で花咲線がすっかり気に入った。
さんま丼(筆者撮影)
さんまそば(筆者撮影)
終点根室駅では、駅構内で「さんま丼」と「さんまそば」を立売していた。駅弁にはちゃんと掛け紙がついているのがうれしい。予約した2つの駅弁を受け取り、そのまま待合室で、麺がのびないうちに「さんまそば」からいただく。別のボトルに熱い出汁が入っており、おそばにかける。おそばの麺はやわらかめだが、ちゃんとそばの味がする。利尻昆布と枕崎の本枯節の出汁がうまい。さんまは蒲焼き風で、噛むと香ばしい。
「さんま丼」と「さんまそば」は、根室の水産物加工品の販売会社「汐彩」が販売している。これらは根室駅舎にお店を構えるそば処「北然仁(ぼくねんじん)」と、根室の駅弁として共同開発したもの。さんまは根室産、おそばは摩周湖周辺で作られた「摩周そば」を使っているそう。「さんま丼」のご飯も、北海道のお米を使用。地元のものにこだわっている。
さて、折り返しの列車はとっくに発車したので、のんびりと隣駅の東根室駅まで歩くことにする。途中の「タイエー」に寄るのが目当てだ。「タイエー」は、函館を中心に展開するコンビニエンスストア「ハセガワストア」からのれん分けしたお店。根室市内に4店舗ある。
「ハセガワストア」は通称「ハセスト」と呼ばれ、そこの「やきとり弁当」といえば鉄道ファンの間でも有名だが、同じく「タイエー」でも「やきとり弁当」が売られている。このお弁当も、駅弁に限りなく近い存在……いや、私の中ではもう駅弁として数えられている。ちなみに「やきとり」と呼ばれているが、このお肉は豚肉。北海道の不思議である。
注文すると店内で作ってくれる(筆者撮影)
駅弁を4つ食べた
東根室駅を13:36発の普通列車に乗り、タイエーで買った「やきとり弁当」とワインを空けながら釧路駅に戻った。やきとりは5種類の味が選べるが、ノーマルな甘いタレ味がやはりうまい。さんま丼は夜にホテルでいただいた。
実は朝、出発する前に、釧路駅で買った「なまらうまいっしょ北海道産三大蟹めし」(旭川駅立売商会)を食べていた。こちらは毛がに、紅ずわいがに、花咲がにが食べ比べられるお弁当。つまりこの日は駅弁を4つ食べたことになる。
厚岸のかきめしはどうなったかというと、結局、当日も電話がつながらず、この旅では泣く泣くあきらめた。
「いわしとさばのほっかぶりずし」(筆者撮影)
そして2回めの花咲線乗車は2023年9月。あれからまた花咲線の駅弁をチェックしたら、なんとさらに増えていた。行かねば。厚岸のかきめしもリベンジしたい。
まずは釧路駅の駅構内店舗で買った「いわしとさばのほっかぶりずし」(引田屋)を食べる。いわしの握りの上から薄切り大根が包むようにかぶさり、それが「ほっかぶり」に見えることからこの名前がついた。いわしは生姜、サバはわさびが添えられており、どちらも脂がのっている。こちらは催事などで何度も買ったが、やはり現地で食べた、という事実ができたのはうれしい。
前回同様、釧路駅8:21発の列車に乗り、厚岸駅で下車。「氏家かきめし」を販売する「厚岸駅前氏家待合所」は駅前すぐにあり、しばらく待つと「営業中」という看板が出て安心する。通常の「氏家かきめし」を頼もうと思っていたが、ほたてが目に入り、「ほたてかきめし」を選んだ。こちらは2022年7月から発売し始めたものだそう。
買った駅弁をさっそく食べてみる。思わず「うまいっ」と声が出た。じっくり煮込まれ、凝縮された、かきの旨味がすごい。この煮汁とひじきで炊かれたご飯も深みのある味だ。現地でないと体験できない感動に、震えた。ちなみに汗をかく夏と、体温を保持しないとならない冬では、味の感じ方が違うので、塩分などの分量を微妙に変えていると聞いた。創業1917年から続く伝統の味がここにある。
「厚岸駅前氏家待合所」の「ほたてかきめし」(筆者撮影)
それからさらに根室に向かい、終点で予約したタイエーの新作弁当「花咲線弁当」を受け取る。こちらも列車に合わせて待機してくれていた。実は「やきとり弁当」も予約できる。受け取りができるのは根室駅8:27発、11:03発、13:34発だ。
そしてすぐ折り返しの列車に乗る。でないと最後の目的の弁当が受け取れないからだ。落石駅の駅弁は、「下り」は10:32発、13:04発。「上り」は11:24発、13:54発の列車に合わせてホームに届けに来てくれる。運転手の後ろのドアが開くと、そこにカゴを持った女性がニコニコとお弁当を持って立っていた。
「お弁当、お待たせしました」
丁寧なやりとりに、わずかな時間でも温かみを感じる。お金はお釣りのないように用意しておくのがマナーだ。
たこ飯弁当の味は?
受け取ったのは「海鮮工房 霧娘(きりっこ)」の「たこ飯弁当」。たこ煮はやわらかく、ご飯はたこがふんだんに入っていて香ばしい。ほうれん草胡麻和えが手作り感あってよかった。付いてきたきざみ昆布はどうすれば正解だったのかわからず、後日聞いたところ、「持ち帰って汁物に入れたり、煮物などに使ってください」とのことだった。
「たこ飯弁当」(海鮮工房 霧娘)手作り感あふれるお弁当(筆者撮影)
「海鮮工房 霧娘」さんがお弁当を持ってきてくれる(筆者撮影)
根室駅で受け取った「タイエー」の「花咲線弁当」は夜にいただいた。こちらは根室名物エスカロップが盛られたボリュームたっぷりのお弁当。エスカロップとは、ケチャップライス、またはバターライスにポークカツを載せデミグラスソースをかけたもの。結局この日も1日で駅弁4個を食べた。
ボリュームたっぷりの花咲線弁当(タイエー、筆者撮影)
なぜ花咲線にはこんなに駅弁が多いのか。JR北海道・釧路支社の担当者に聞いてみた。
――いつから駅弁を販売し始めたのでしょうか? また、最初に販売した駅弁は何ですか?
「2018年6月より、『いつもの列車で観光気分』の取り組みの1つとして、ご当地弁当を駅までお届けいただく企画を始めました。『株式会社タイエー』様の『焼きさんま寿司』『やきとり弁当』については、取り組み開始当初からご協力いただいております」
――そもそもなぜ花咲線でたくさんの駅弁を販売しようと思ったのでしょう?
「この企画を提案し、各店舗に賛同していただいたことから始まりました。『海鮮工房 霧娘』様の『たこ飯弁当』は2020年4月より参加、根室駅にて販売している『さんまそば』『さんま丼』は(有)汐彩様からのご希望で、2020年12月より駅での販売を開始しました。お弁当の内容につきましては、業者の方にお任せしております」
――今後も花咲線での駅弁販売は続きますか?
「引き続き、沿線の皆様にご協力いただきながら、この取り組みは続けていきたいです。花咲線をより多くの方に知っていただき、ご利用いただけるよう、沿線の豊かな自然や地域の魅力、素材の情報発信を強化し、利用促進を進めていきたいと考えています」
日本最東端駅の東根室駅(筆者撮影)
期間限定で弁当を車内販売
花咲線では、2021年から毎年夏頃に、期間限定で車内販売をしている。車内販売は「さんま丼」や「さんまそば」を根室駅構内で販売する「汐彩」が担当。駅弁を車内販売するなんて、かつての旅の愉しみが蘇ったようでうれしい。
「かつての車内販売に近い形で駅弁を売りたいと思いました。ちゃんとワゴンで、駅弁以外にはお菓子やホットコーヒー、グッズなども売っています」(汐彩)
汐彩はJR北海道の許可を受けて釧路駅構内での販売を始め、さらに通年販売しているので、JTB時刻表でも駅弁として認められ、欄外に駅弁名が載っている。ぜひ今年も車内販売を行ってほしいところだ。
駅弁が盛り上がっている地域が増えるのは、駅弁ファンとして大変うれしい。決して気軽に行ける場所ではないが、あの味、あの景色に会いに、わざわざ行く価値はある。これから先も、花咲線の駅弁が広く世間に知られ、定着することを願う。
西和田駅。花咲線は貨車駅舎の駅も多く見られる(筆者撮影)
(YASCORN(やすこーん) : 漫画家)