危機を迎えるたびに「より強くなる」100年企業
GDPの指標では測れない価値にこそ着目すべきだと説く前田泰宏氏(撮影/梅谷秀司)
名目国内総生産(GDP)で日本は2023年、ドイツに抜かれてアメリカ、中国、ドイツに次ぐ4位となった。
日本の先行きを悲観する向きもあるが、元中小企業庁長官でシン・ニホン パブリックアフェアーズの100年経営アドバイザーを務める前田泰宏氏は「世界は、GDPの指標では測れないものへと価値をシフトさせている。生態系や家事労働、地域コミュニティとの助け合いなどGDPの指標では測れないものにこそ目を向けるべきだ」と語る。
日本には創業・設立から100年を超える「100年企業」が4万社以上ある。前田氏は、その数が世界で群を抜いて多いことに着目。100年企業が持つ強みを体系化、理論化している。詳細は2024年1月配信記事「ビヨンドMBAの可能性秘める日本の『100年企業』」参照。
「GDPランキングに惑わされてはいけない」と語る前田氏に、真意を聞いた。
――日本のGDPがドイツに抜かれたことが大きなニュースになりました。
GDPは、一定期間内に国内で産出された付加価値の総額、儲けを指す概念でしかない。
見落としてはならないのは、世界の若い世代はGDPの指標では測れないものへと価値をシフトさせているということ。生態系や家事労働、地域コミュニティとの助け合いなど取引関係が明確ではない、数値化できない価値に重きを置きはじめている。
世界的ブームになりつつあるのがゼブラ企業だ。自然環境や食料問題、貧困、格差などグローバルな社会課題の解決を目指して事業展開する企業のことをいう。ゼブラ企業の中心にいるのはZ世代と呼ばれる若い人々で、彼らは「このままでは自分たちの未来が危うい」と感じている。
その危機感と、収益性のある事業をうまくカップリングさせているのがゼブラ企業だ。
ユニコーン企業とゼブラ企業の違い
――創業10年以内で時価総額10億ドル(約1400億円)を超える未上場企業「ユニコーン企業」とゼブラ企業はどう違うのでしょう。
ユニコーン企業は事業規模が大きいので雇用創出や経済成長促進という点では存在価値がある。だが、ユニコーンを目指す企業の中にはガバナンスが弱く、社会的責任より企業価値最大化に重きを置く傾向があるのも事実だ。
ユニコーンはその、際だった存在感から伝説上の生き物の名称が用いられたが、ゼブラの名称はシマウマの縞模様と、群れで行動する習性に由来している。集団として共存していく相利共生がゼブラ企業の生き方だ。
10倍成長のスピードで競争を勝ち抜き、市場を独占するほど大きくなったところで株式や事業を売却してゴールとするのがユニコーン企業なら、ゼブラ企業は同業他社や地域社会と協力し合いウィンウィンの関係を築いていく。上場や売却を目的とはせず、ゆっくりだが持続的な繁栄を目指す。ゴールはあくまでも社会課題の解決だ。
ひと昔前まで、アクティビストなど強欲なもの言う株主は投資先企業が成長しさえすればいいという目線で投資活動をしていたが、徐々に変わってきている。環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)を投資基軸にするESG投資は広く浸透した。そこからさらに踏み込み、投資によって社会課題の解決を目指そうとするインパクト投融資も台頭している。
――社会を無視する企業は資金調達すら難しくなってきているわけですね。
そういうことだ。ここで強調しておきたいのは、ゼブラ企業と100年企業の共通項。社会課題解決や自然との共生、利他の精神といったゼブラの理念は、100年企業の理念そのものだ。ゼブラ企業は100年企業に向かって走っている。
――ゼブラ企業や100年企業は理念こそ立派ですが、事業を100年続けるのは大変です。秘訣はどこにあるのでしょうか。
100年企業には危機を何度も乗り越えてきた耐久力、レジリエンスが備わっている。そのことが今回、帝国データバンクに依頼した調査によって明らかになった。
前田泰宏(まえだ・やすひろ)1964年生まれ。東京大学法学部を卒業して通商産業省(現経済産業省)入省。ものづくり、自動車、素形材、サービス、コンテンツ等を担当。東日本大震災を契機に企業や人間の生命力に関心を持ち、「100年経営の会」の設立に尽力。2019年に中小企業庁長官に就任。2022年に経産省退官。企業十数社で顧問。シン・ニホンパブリックアフェアーズで100年経営アドバイザーを務める(撮影/梅谷秀司)
帝国データバンクは2008年、創業設立から100年が経過した企業のうち決算書を入手した1913社を分析して『百年続く企業の条件』(2009)という本にまとめている。
今回、分析対象としたのは2008年当時のデータと、2021年度の100年企業7582社、全業種企業24万3399社だ。
まずは2008年当時の、100年企業と全業種企業の平均値を比較してみたい。
本業の儲けを示す売上高営業利益率は100年企業が1.88%、全業種が1.91%で全業種のほうが高かった。一方、本業以外の収益を含めた売上高経常利益率になると100年企業が2.04%、全業種が1.90%で、100年企業が上回った。100年企業は土地や建物など蓄積した資産を活用しているケースが多く、本業以外の収益(営業外収益)が経営を下支えしていた。
100年企業が逆転していた
――2008年からのリーマンショック、2020年からは新型コロナウイルス禍と、大きな危機がグローバル経済を襲いました。2021年度、両者はどうなったのでしょうか。
調査をした2021年はコロナ禍のまっただ中で、多くの企業が業績悪化に苦しんでいたが、驚く結果が出た。
売上高営業利益率は100年企業が1.07%、全業種は▲0.02%で2008年当時から100年企業が逆転した。売上高経常利益率は100年企業が3.05%、全業種は2.50%と当時の差がさらに広がっていた。2008年当時と変わらないのが土地・建物といった営業外収益の存在だ。本業が苦しい時には、やはり営業外収益が経営を下支えしていたことがわかる。
もう一つ目を引いたのが、経営の安定性を示す自己資本比率だ。2008年当時、100年企業の自己資本比率は28.65%、全業種は26.81%と大差がなかったが、2021年度には100年企業36.76%、全業種は26.91%と実に10ポイントも差が開いた。
リーマンショックやコロナ禍をへて、100年企業はより強くなっていたということだ。100年企業はレジリエンス(危機対応力、基盤の安定力)が高いということがわかった。
100年も事業を継続するうえで、もう一つ重要な要素がある。それは「美意識」だ。
――美意識ですか。
美は自己肯定感の塊。美しいと感じる仕事をしていて鬱病になる人はいない。100年企業が世界で群を抜いて多い日本には、労働の美、経営の美、自然の美があふれている。この点も、多くの日本人は気づけていない。
フランスの社会人類学者レヴィ=ストロースは1977年に来日した際、多数の伝統工芸職人と会い、西洋との労働観の違いに気づいた。
西洋では、労働とは神との接触を失ったために生じた一種の「罰」とされているが、日本では伝統的技術が宗教的感情を所持し、労働を通じて神との接触が成り立ち、維持され続けている。「はたらく」ということは、西洋式の、生命のない物質への人間のはたらきかけではなく、人間と自然のあいだにある親密な関係の具体化だと。
経営の美もある。創業1400年以上を誇る金剛組が行う社寺建築の様式は、時々の時代背景で変化を見せながらも軒の反りや曲線、彫刻などの基礎となる伝統美は変わっていない。その普遍性こそが1000年を超える長寿企業の秘訣と言える。
マルローが語った「式年遷宮」
自然の美でいえば、フランスの作家アンドレ・マルローは1974年、伊勢神宮への参拝で式年遷宮を知り、こういう言葉を残している。
「伊勢神宮は過去を持たない。20年ごとに建てなおすゆえに。かつまた、それは現在でもない。いやしくも1500年このかた前身を模しつづけてきたゆえに。仏寺においては、日本は、自らの過去を愛する。が、神道はその覇者なのだ。人の手によって制覇された永遠であり、火災を免れずとも、時の奥底から来たり、人の運命と同じく必滅ながら、往年の日本と同じく不滅なのだ」
永遠なるものの存在を否定し、何度でも同じものを再生するという考え方は日本美の本質だろう。
――外から見ると、日本人が気づけていない価値が数多く存在するということですね。
日本のメディアはあまり報じなかったが、2023年11月、日本は「国家ブランド指数」で初めて首位となった。
国家ブランド指数とは、国家イメージ戦略の世界的権威サイモン・アンホルト氏(イーストアングリア大学政治学名誉教授)が考案し、世界最大級の市場調査会社イプソスが共同で実施する調査。2023年度は世界60ヶ国を6カテゴリー(「輸出」「ガバナンス」「文化」「人材」「観光」「移住と投資」)で測定した。
日本は6年連続トップだったドイツを抜いて首位に立った。こういうランキングもあるのだ。なかでもパーソナリティ特性別ランキングは面白い。
幸せ 1位 ニュージーランド 2位 スペイン 3位 アイルランド
創造的 1位 日本 2位 韓国 3位 台湾
強い 1位 ドイツ 2位 アメリカ 3位 中国
寛大 1位 カナダ 2位 ニュージーランド 3位 アイルランド
有能 1位 ドイツ 2位 日本 3位 韓国
日本は世界から「創造的」であり「有能」だと認識されている。
一方、以下はネガティブ項目。
貪欲 1位 中国 2位 ロシア 3位 アメリカ
傲慢 1位 ロシア 2位 アメリカ 3位 サウジアラビア
うそつき 1位 ロシア 2位 中国 3位 サウジアラビア
ここに日本が入っていないことも国際的イメージが良いことを物語っている。できるだけ敵をつくらず、産業立国を築いてきた日本の強みだろう。
――ひと昔前まで、ものづくりの国として知られていました。
現代でもそう見られている。それは以下の項目からわかるし、日本が特殊な地位を占めていることもうかがえる。
私はこの国で製造された製品を信頼している
1位 日本 2位 ドイツ 3位 アメリカ
私はこの国がグローバルな経済的リーダーだと思う
1位 アメリカ 2位 日本 3位 ドイツ
この場所は他のどの場所とも異なっている
1位 日本 2位 エジプト 3位 イタリア
「日本が他民族より優れている」的な、偏狭な愛国主義を唱えているのではない。自然美や労働美、経営美の歴史を地道に積み重ねてきた産業立国日本は、日本人が思っている以上に世界から信頼されているということだ。対立を和らげ、平和に貢献できる力を持っている。こうした日本の優位性を忘れるべきではない。
GDPでは測れない価値が日本の100年企業には詰まっている。その価値にこそ目を向けたい。
(野中 大樹 : 東洋経済 記者)