韓国発の「ウェブトゥーン」が日本漫画を追い抜く?スマホ画面に最適化、市場規模は約4兆円予測
漫画大国・日本に静かな危機が迫っている。
理由は、次世代のデジタル漫画「ウェブトゥーン」の台頭だ。聞き慣れない言葉かもしれないが、ウェブトゥーンは英語の「Web(ウェブ)」と漫画を意味する「Cartoon(カートゥーン)」を組み合わせた造語になる。スマートフォンで読むことを前提に描かれた新たな漫画の表現形式で、IT先進国の韓国で発展した。
最大の特徴は縦長のスマホ画面に合わせて、コマを縦一列に並べて配置している点になる。見開きの紙面を想定した日本の漫画はスマホで見づらいという声があるが、ウェブトゥーンは一つ一つのコマが画面いっぱいに表示されるおかげで絵が大きく、全面カラーなので迫力も満点だ。
セリフは少なめで画面を拡大することなく上下にスクロールするだけで軽快に読み進めることができる。動画アプリ「ユーチューブ」や「ティックトック」などとの余暇時間の奪い合いが激化する中、短時間で快適に楽しめるように設計されている。
それゆえに、内容の薄い「スナックカルチャー」と揶揄されることが多いが、デジタルネイティブのZ世代(1990年中盤〜2000年代生まれの若い世代)から絶大な支持を集める。
1話数十円で読めるので、懐に余裕のない若者でも試しやすい。新型コロナウイルス禍の巣ごもり需要を追い風にして、直近の数年間で日本での読者数を大きく増やした。
ウェブトゥーン作品を数多くそろえる韓国系アプリの「LINEマンガ」と「ピッコマ」のシェアは、国内の漫画アプリ市場で半分近くに達し、日本勢を圧倒している。
日韓だけでなく、アジアや北米、欧州でも人気はとどまることを知らない。中国の調査会社は2023年に発表したレポートで、ウェブトゥーンの世界市場が2029年に22年比7倍の275億ドル規模に急成長すると予測した。
2023年末時点の為替レートで円換算すると、約3兆8000億円。国内の漫画市場(約6700億円)をはるかに上回る巨大ビジネスが誕生することを意味する。
日本の漫画のように右上から左下へと「逆Z字」の順でコマを読むといった独特の文法を必要としないため、幅広い国と地域で通用しやすいのだという。
「週刊少年ジャンプ」の黄金期を支えた伝説の編集者、鳥嶋和彦は著書の中で「日本のお家芸の漫画に太刀打ちできる、初のライバル登場」とウェブトゥーンを高く評価する。
手塚治虫の長女で、手塚プロダクション取締役の手塚るみ子は「もしも父が今この時代に生きていたら、おそらく縦読みマンガに関心を示し挑戦していたのではないでしょうか」と語った。
果たして、漫画の未来はウェブトゥーンが制するのか。そして、日本の横読み漫画は世界の潮流から離れ、ガラパゴス化の道を辿るのだろうか──。
■聖地に起きた異変
「日本漫画の聖地は?」と聞かれたら、あなたはどこを思い浮かべるだろう。
ある程度年齢を重ねた読者ならば、手塚治虫や石ノ森章太郎など昭和を代表する漫画家たちが過ごした「トキワ荘」(東京都豊島区)を挙げる人が多くいるはずだ。2023年2月、そのトキワ荘の近くである異変が起きた。ウェブトゥーン作家を夢見る若者向けのシェアハウスが日本で初めて完成したのだ。
名前は「MANGA-SO(マンガ荘)」。JR池袋駅を降りて約20分歩くと、住宅街の一角に目当ての建物が現れた。外観はいたって普通の2階建てのアパートだが、中に入ると作家仕様なのがすぐに分かる。
玄関の壁にウェブトゥーン作品のキャラクターが描かれ、8つの個室にはペン付タブレット端末や作業用の広い机が用意されている。建物内は共用の制作スペースも設けられるなど、さながら「養成基地」のような雰囲気だ。
運営する不動産会社の担当者は「家賃や光熱費・通信料が一切かからないので、募集を開始した時はインターネット上で大きな反響がありました」と話した。
入居期間は1年限定で、将来プロデビューした後に収入の一部を施設に還元する。もしデビューできなければ、費用を支払う必要はない。
住人の一人、椎名愛梨は栃木県の芸術大学で漫画制作を学び、2022年に卒業したばかりの23歳(取材当時)。高倍率の技能審査を突破し、入居する権利を勝ち取った。幼い頃から漫画家を目指してきたが、「国内外で急成長するウェブトゥーンに自分の才能を賭けてみたい」と応募の理由を語る。
もう一つの聖地、京都市にも変化の波が押し寄せている。京都市は平安時代に描かれ日本最古の漫画とされる『鳥獣人物戯画』を所蔵する高山寺や、約30万点の資料を誇る「京都国際マンガミュージアム」があり、国内有数の漫画の街としての顔を持つ。
マンガ学部を設置する京都精華大学は、全国から作家志望の若者が集うことで知られている。だが、キャンパス内の様子は以前と少し違うようだ。
同学部で教鞭を執る韓国生まれの具本媛講師は「ウェブトゥーンしか読まない学生が増えています。教授陣は日本の漫画をしっかり読みなさいと教えていますが……もはや時代の流れに逆らうようなものでしょう」と打ち明ける。
またか、と筆者は強烈なデジャブ(既視感)に襲われた。これまで日本の産業界は得意分野のテレビや半導体で韓国に追い抜かれ、苦汁を飲まされてきた。漫画もいずれ隣国にお株を奪われてしまうのだろうか――。
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以上、小川悠介氏の新刊『漫画の未来 明日は我が身のデジタル・ディスラプション』(光文社新書)を元に再構成しました。時代が紙からデジタルへと変わるなか、漫画は一体どこに向かうのか?
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