「アルツハイマー病」発症リスク、ED治療薬で18%低下 英研究グループ発表
イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンらの研究グループは、「バイアグラなどの勃起不全治療薬がアルツハイマー病の発症リスクを低下させる可能性がある」と発表しました。この内容について田頭医師に伺いました。
監修医師:
田頭 秀悟(たがしゅうオンラインクリニック)
鳥取大学医学部卒業。「たがしゅうオンラインクリニック」院長 。脳神経内科(認知症、パーキンソン病、ALSなどの神経難病)領域を専門としている。また、問診によって東洋医学的な病態を推察し、患者の状態に合わせた漢方薬をオンライン診療で選択する治療法も得意としている。日本神経学会神経内科専門医、日本東洋医学会専門医。
発表した研究内容とは?
今回、イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンらによる研究グループが発表した研究内容について教えてください。
田頭先生
今回紹介する研究は、イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの研究グループによるもので、成果は学術雑誌「Neurology」に掲載されています。
バイアグラなどの勃起不全治療薬は、PDE5(ホスホジエステラーゼ5)阻害剤と呼ばれています。この薬をアルツハイマー病のリスク軽減のために利用することは、動物実験から有望視されていました。
研究グループは、ED(勃起不全)の男性におけるPDE5阻害薬の使用開始と非使用との比較、そしてアルツハイマー病の発症リスクとの関連を評価する研究をおこないました。研究対象となったのは、認知症の診断歴のない男性26万9725人(平均年齢59歳)で、約5年間の追跡調査がおこなわれました。この間、新たにアルツハイマー病と診断されたのは1119人でした。PDE5阻害薬投与開始群における調整後ハザード比は非使用群と比較して0.82となり、アルツハイマー病と診断されるリスクが18%低くなるという結果が出ています。また、アルツハイマー病の関連リスクは20回以上処方された患者で減少したことも判明しています。
研究グループは「EDの男性におけるPDE5阻害薬の投与開始は、特に処方頻度の高い男性においてアルツハイマー病のリスク低下と関連していた」と結論づけています。また、今回の研究テーマについては「初期のアルツハイマー病患者の間では、この病気の発症を予防したり遅らせたりするための治療法が切実に求められている」と、研究の重要性を述べています。
アルツハイマー病とは?
今回の研究テーマになったアルツハイマー病について教えてください。
田頭先生
アルツハイマー病は認知症を起こす代表的な病気の1つで、脳内にアミロイドβという異常なタンパク質がたまることで神経細胞の働きが衰え、神経細胞の数が減ることで発症すると考えられています。
アルツハイマー病の症状について、初期段階では新しい記憶が障害されたり、時間や場所などが覚えにくくなったり、うつ状態になったり興奮したりするなどの性格の変化がみられたりすることがあります。また、中期段階では記憶障害が進行し、言葉が理解できなくなったり出てこなくなったりする失語という状態になる場合もあります。さらに、目の前にあるものが何かわからない失認、衣服を着ることができないなどの失行も出てくることがあります。後期段階になると、しゃべる回数が減り、手足の動きも悪くなり、多くの場合は寝たきりになります。
アルツハイマー病の治療法は、記憶障害を中心とした認知症の中核症状に対する薬物療法と抑うつ、興奮、性格変化などの周辺症状への薬物療法に大まかに分けられます。認知症の中核症状に対する薬物治療で保険適用される薬物はいくつかあります。それぞれの薬剤は病気の重症度などにより使用方法が決められているので、症状や合併症の有無などを慎重に検討しながら投薬することになります。
今回の研究内容への受け止めは?
イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンらによる研究グループが発表した研究内容への受け止めを教えてください。
田頭先生
今回の研究内容を素直に受け止めれば、有望な認知症の新薬が登場したという感想を持つ人も多いと思います。ただ、私はこの研究結果を鵜呑みにせず、慎重に検討する必要があると考えます。
バイアグラをはじめとする勃起不全治療薬は「必要に応じて飲む薬」であり、高血圧や糖尿病の薬のように毎日飲むことを前提に設計されているものではありません。もし仮にアルツハイマー病を改善する効果があったとしても、治療薬として毎日飲む場合に副作用の問題が懸念されます。バイアグラはもともと心臓の狭心症という病気の治療薬として開発されたものにたまたま勃起不全治療の効果があることがわかって転用されたという歴史もあり、長く使用することで思わぬ臓器に思わぬ副作用が出るという可能性は十分に考えられます。
また、今回の研究の対象者数は約27万人と申し分のない数ですが、過去の患者データベースを後から振り返って調査する後ろ向きコホート研究という手法でおこなわれています。そのため、対象者の調査データが不十分で、例えばアルツハイマー病の診断に必要な神経心理検査がおこなわれておらず、診断が不正確となっている可能性もあります。一方で対象者の平均年齢は59歳と若く、5年間の観察期間があるとしても、アルツハイマー病の大半の発症年齢が65歳以上であることを踏まえると、十分にアルツハイマー病についての現状が評価できているとは思えません。さらに、平均年齢59歳でバイアグラの処方を受けている人たちは、そうでない人たちと比べて、もともと活動性が高いという背景の差もあるかもしれません。もしそうであれば、今回の研究結果はそもそも平等な条件での集団比較とはなっておらず、アルツハイマー病を発症するリスクの差は勃起不全治療薬によってもたらされたものではなく、別の要因(運動量の違いなど)でもたらされたという可能性も出てきます。
認知症については、高齢化社会の中で今後ますます患者が増えていくことが想定されており、一刻も早く画期的な治療薬の開発が求められている状況でしょう。しかし、だからこそ結論を焦らず、慎重に研究を進めてもらう必要があると思います。
まとめ
イギリスのユニバーシティ・カレッジ・ロンドンらの研究グループは、「バイアグラなどの勃起不全治療薬がアルツハイマー病の発症リスクを低下させる可能性がある」と発表しました。高齢化が進む日本では、認知症の患者も増加しており、その原因となるアルツハイマー病に関する研究は大きな注目を集めそうです。
近くの脳神経内科を探す