ナイキ、スニーカーブームで「株価10倍超」の背景
“スニーカー投資は実際に儲かるのか?” を忖度なしで解説します(写真:JackF/PIXTA)/写真はイメージです
裏原宿で25年以上、ストリートカルチャーの栄枯盛衰を誰よりも見てきたスニーカーショップ「atmos」創設者で元「Foot Locker atmos Japan」最高経営責任者の本明秀文氏。“スニーカー投資は実際に儲かるのか?” を忖度なしで解説します。
※本稿は、『スニーカー学 atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰』(本明秀文著)の一部を再編集したものです。
株価対策としてのウィメンズライン
ジャケットやパンツと違って本来スニーカーはユニセックスに履けるアイテムのはずです。にもかかわらず、現在のスニーカーメーカーの多くはウィメンズラインを設け、様々なモデルをラインナップしています。
もちろん23〜25cmの小さなサイズや淡いカラーリングを施したアイテムなど、女性をターゲットにしたモデルを作る意味は大いにあります。しかし、今のウィメンズを見てみると23〜30cmまで幅広いサイズ展開で、そのデザインもメンズとほぼ変わらないものが主流です。
実際に僕が「チャプター」を経営していた頃も、エアマックス95のイエローグラデより高いプレ値で取引されていたのは、「レディフットロッカー」別注の紺グラデというウィメンズのアイテムでした。
当時のアメリカでは大量に売れ残っていたモデルですが、日本に持ち込むと数万円で飛ぶように売れていきました。もちろん、売れるのは男性向けの28cm前後のサイズです。
ウィメンズアイテムのメインの購買層が女性ではなく男性ならば、わざわざラインを分けることなくユニセックスなアイテムとして販売すればいいはずです。にもかかわらず、あえてウィメンズと銘打ったラインを作っているのは、明らかに投資家へのポージングです。
投資家やマーケットは単に売上の推移だけではなく、どんな売上の立て方をしているのかを重視します。仮に男性が買っていたとしても「ウィメンズラインの売上が好調」という統計の数字さえ作ってしまえば、投資家は好意的に判断し、株価にもいい影響を与えることができるのです。
また、ウィメンズラインの存在はハイプスニーカーブームを過熱させる役割を備えていました。というのも、ウィメンズのアイテムはメンズよりも生産数を抑える傾向にあるため、ハイプしやすいからです。
そのため、転売利益を稼ごうとするなら、あえてウィメンズのアイテムでメンズのサイズのアイテムを狙うという方法も有効でしたが、現在のように膨大な数が生産されるようになると、その必勝法も通用しなくなっていきました。
「ナイキ」の株価からみるスニーカーの総生産数の変化
経済の動向を確認する手軽な方法が、その業界を先導している企業の株価の動きをチェックすることです。そこで、「ナイキ」の株価をチェックしてみましょう。
まず、スニーカーブームが起こる前の2010年1月での株価は16ドルほど、そこから少しずつ株価は上昇を続け、ブーム元年と言える2014年には2倍以上の38ドルを記録するようになります。
その後、ブームを受けて株価も急上昇し、2015年の10月には65ドル、2017年10月から再び急上昇をはじめ、ブームが最高潮に達した2021年11月には株価も170ドルを突破します。言い換えると、「ナイキ」はスニーカーブームによって、たった10年ほどの間で10倍以上まで企業価値を高めたと言えます。
スニーカーブームが終わったという見立てが大多数になったとはいえ、2023年12月時点で「ナイキ」の株価は120ドルほど。大きな冷え込みがあったといえど、ブームがはじまる前よりも調子が悪くなった訳ではなく、むしろスニーカー市場自体はブーム以前よりも拡大したことが「ナイキ」の株価を見れば分かります。
そして、株価から読み解けることがもうひとつあります。ブームによってスニーカーの生産数自体が急速に増えた、ということです。株価は企業の収益によって上下するものですから、モノを生産して販売している企業の株価は生産数と実売数をある程度反映するからです。
スニーカーブームがはじまってから「ナイキ」をはじめとした各社は生産体制を整え、生産数を大幅に増やしていきました。その傾向は特にブームが加速しはじめた2017年以降において顕著です。製品が売れる限り生産数を増やして需要の増加に応じるのは、資本主義のもとで利益を追い求める企業として当然の動きです。
「ロレックス」や「パテック フィリップ」のような高級時計も需要が供給を上回っている商材の例ですが、質を落とさずに生産量を増やすためには技術者の育成などが必要になり、そう簡単に生産数を増やすことはできません。
しかし、もともと大量生産品であるスニーカーなら、工場さえ確保できれば生産規模の拡大を比較的簡単におこなうことが可能です。
しかし前述したように、手に入らないからこそ誰もが欲しがっているというのがスニーカーブームの本質。今までは何回抽選しても当選しないのが当たり前だったのに、2020年に入ってからは抽選に参加すれば当選するという例が増えてきました。
それは、欲しい人たちがスニーカーを手に入れられるようにしてきたメーカーの努力のおかげでもあり、利潤を追い求める資本主義社会における宿命でもあります。
ただし、スニーカー業界においては生産数が増えれば増えるほど、消費者は熱狂しなくなるというジレンマを抱えています。事実、生産数が急速に増えていき、抽選に参加すれば当選するケースが増えていった2020年頃からは、消費者も「実は誰でも買えるんじゃないか」と薄々気づきはじめ、熱が冷めつつあったように思います。
逆に言えば「レアだから欲しい」「ブームが盛り上がるにつれて生産量が増えた」という事実を理解していれば、スニーカーブームが終わった現在においても、これからプレ値が付くであろうモデルの予測ができます。
それはブーム初期の生産量が少ないモデルです。特に熱狂が冷めた今となっては転売のために保管していたスニーカーが安く売り出されていきます。そうなると普段履きとして消費されて、どんどんと数が少なくなっていく。
ただしブーム後半の頃に高額で購入したモデルは損切りできずに死蔵されるうえに生産数自体が多いため、なかなか値が上がりにくく、加水分解するまでの間に持ち直す可能性は低いでしょう。
しかし、初期の頃であれば生産量が少ないため、これから何年か経ったあとにふたたびプレ値がつく可能性がある、と言えるでしょう。
具体的には2017年以前のモデルならば、まだ生産数がそれほど多くないこともあって、これから履き潰されていったときにハイプする可能性があります。あるいは発売当時は不人気で定価割れしていたようなモデルも今後は履かれてなくなってしまうため、将来的に脚光を浴びる可能性があるでしょう。
スニーカー投資から読み解く国際経済
マクロ経済的な視点から現在のスニーカーブームを眺めると、2008年のリーマンショック以降の世界的な金融緩和の流れが大きく影響しています。
金融緩和によって金利が下がって市場に大量の貨幣が流通するようになると、人々は投資対象を探すようになるものです。そして、貨幣価値が下がってモノやサービスの価格が上がるインフレが引き起こされます。つまり1万円のスニーカーが来年は1万2000円で販売される、という状況が起こるのがインフレです。
経済がインフレ基調になれば「値段が高くなる前に買っておこう」という購買行動も起きやすくなりますし「お金の価値が下がってモノの価値が上がるので、手持ちの資金をモノや不動産、株式に替えておこう」というニーズも生まれます。
その結果としてアメリカの株価や不動産価格は跳ね上がりましたし、高級車やロレックス、ハイプスニーカーなどが投資的価値を持つようになっていきました。超大金持ちは高級車や不動産に、お金持ちは株式やロレックスに、そして若者はスニーカーに投資するようになったのです。いわば、スニーカーは最も身近で手頃な資産として扱われていたと言えます。
そして、従来のステイタスシンボルと言えば高級時計や車が代表格でしたが、スニーカーもそのひとつに数えられるようになってきました。先日、ヴィンテージスニーカーを扱うショップを訪れたところ、そのお店にはNBA選手から「もしオリジナルのエア ジョーダン 1で、30センチの新品があったら、いくらでも払う」と直接オファーが届いたそうです。
彼らは数十億円という年俸を稼いでいるうえに街を歩くとパパラッチに撮影されるため、たった一回履くだけのスニーカーのために何百万でも払うのです。「ルイ・ヴィトン」とコラボしたエア フォース 1も同じぐらいの金額を支払えば手に入れることができますが、85年のオリジナルのエア ジョーダン 1の新品はお金を出しても手に入るかどうか分からない。
だからこそ、それを履いていると単にお金を持っているだけでなく「分かってる感」を出すこともできるとあって、彼らは大金を払ってでも血眼(ちまなこ)になって探すのです。
消費者がスニーカーのために支払う金額が減っていく
しかし、そんな状況も一気に変わりました。コロナとウクライナ危機を経て、世界的に金利引き上げのトレンドが巻き起こったからです。金利引き上げになると「消費するよりも銀行にお金を預けて増やそう」という流れになるため市場に出回るお金の総量が減っていきます。そのため、これまで余っていたお金を投資する対象のひとつとしてプレ値が付いていた商品は大きな影響を受けます。
実際に「ナイキ」の株価は2021年終わりに約179ドルを記録しましたが、2023年には100ドルあたりまで下がりました。これは既に投資家や市場は消費者がスニーカーのために支払う金額が減っていくだろう、と予測していることの証明でもあります。
また、金余りの経済のなかでトレンドリーダーたちがこぞって身に着けているレアなアイテムとしてマーケティングをおこなうことで、誰もが欲しがるアイテムとして需要を喚起し、その結果として投資財としての位置を築いたのが今のスニーカー市場の実情です。
アメリカの金利引き上げと日米の金利差によって起こった円安・物価高もスニーカーブームに水をさしました。食料品からガソリン代まで値上げになってしまうと、もともと少ないお小遣いをやりくりしてスニーカーを買っていた若者たちが離れていったからです。生産数の増大によるレア度の減少に加えて、金利引き上げによる投資マインドの減少というふたつの要素が影響したことで、2023年に入るとバブルが弾けるように急速にスニーカー市場が縮小していきました。
(本明 秀文 : 「atmos」創設者)