「67歳同士での再婚」反対押し切った2人のその後
(イラスト:堀江篤史)
<私には子供がいませんが夫にはいます。はじめは婚活を応援していてくれたらしい娘さんと息子さんが私を気に入らなくて(見た目が派手で自分たちとは生活が違うと言われました)、楽しみにしていた子供たちとの付き合いはなく、夫だけ身内のお祝い事などに呼びたいらしいのですが、夫は私が淋しくならないようにすべて私を優先してくれています。それもありがたいのですがなんだか夫が可哀想です>
こんな内容を含むメールが届いたのは昨年の夏のことだった。送ってくれたのは首都圏在住の斉藤文子さん(仮名、70歳)。夫というのは67歳のときに結婚した同い年の徹さん(仮名)のことだ。ともに伴侶と死別しての再婚同士。アラ還ならぬアラ古希で結ばれた2人の現実を見聞きしたいと思い、東京駅から電車で40分ほどの住宅地にあるご自宅を訪ねた。
67歳のときに結婚
住所はマンションの一室を示していたが、たどり着いたのは大きな一軒家風の建物。文子さんが前夫とともに建てた自宅兼賃貸マンションらしい。
「前の夫は16歳も年上で、結婚して数年後に病気で倒れて車いす生活になりました。イライラして暴力を振るうような人だったので介護は大変でしたけど、私はそういう状況だと逆に燃える性格なんです(笑)。この家は病院近くに土地が出たと聞いてローンを組んで建てました。通院を便利にするためです。家賃収入でなんとかやりくりしてきました。私はヘルパーの資格まで取り、最期まで看取りました」
玄関先で筆者を迎えてくれた後、紅茶とお菓子を出しながら前のめりに話してくれる文子さん。宝塚歌劇団の娘役のように小柄で華やかな外見で、表情や話し方も生き生きとしているので10歳ぐらいは若く見える。隣でちょっと照れくさそうにしている徹さんは頑健そうながらも年相応の外見。やや対照的な夫婦である。
室内にも度肝を抜かれた。前夫用にバリアフリーに作られており、徹さんとの寝室までが大きな一室のように見渡せるのだ。飾られている絵画や調度品はセンス良くまとまっていて、贅沢ながらも嫌味がない。文子さんは短大卒業後の10年間はヨーロッパでファッション関係の商売をしていた経歴があり、値段にかかわらず「いいもの」を選び取る眼があるようだ。
「商売に疲れていた頃、同級生の叔父さんを紹介されました。それが前の夫で、バツイチでした。私が55歳のときに他界しましたが、そのときになって彼の長男長女と隠し子まで出てきて、遺産争いになったんです。彼の介護はすべて私がやったのに、もっと資産があったはずだと難癖をつけられました」
文子さんは財産を巡る紛争に遭う運命にあるらしい。5年後には実父が他界して妹との相続争いが勃発。さらには実母も亡くなって争いが続いてしまった。
男性からは嫌われることばかり書いたプロフィール
「ようやく終わったのが64歳のときです。さっぱりして幸せだけど、私の人生に足りないのは結婚だけだと思いました。前夫はすぐに倒れてしまったので、実質的な結婚生活を知らずにいたのです」
ただし、また我慢をして共同生活をするつもりはない。結婚相談所でのプロフィールには自分の趣味嗜好をはっきり書き、それでも相手が見つからなかったらさっぱりあきらめるつもりだった。
「一般的な男性からは嫌われることばかり書きました。ヨーロッパで10年過ごし、今でもフランス料理やイタリア料理が好きなこと、たまには一人で居酒屋にも行くこと、趣味で芝居を習っていることなどです。嫌なものは嫌だとハッキリ言う性格なので、興味のない相手の気を持たせたりはしないとも書きました。写真も派手で可愛いものにしましたよ。多くの男性に好かれるような慎ましい雰囲気ではまったくありません」
そんな文子さんは自分から徹さんにお見合いを申し込んだ。その理由は、工場経営者である徹さんの年収が「1000万円以上」と書いてあったから、ではない。
「写真がボーっとしたおじさん風だったからです(笑)。高校を卒業してからずっと工場で働いているのもいいです」
前夫は隠し子を作るほどの遊び人だった文子さん。自分は派手に見えるけれど人間関係でいい加減なことはしたくない。再婚相手にも「真面目なこと」を望んでいたのだ。そして、2017年の夏にお見合いをした。といっても、仲人が同席するわけではなく、結婚相談所に指定された場所で待ち合わせてお茶をする現代的なお見合いである。
「会ってみたら爽やかな雰囲気だし、明るくて誠実そう。真剣交際に進むまでは食事に行ってはいけないルールなのですが、私は徹さんがすごくいいなと思ったので夕食に行ったんです。お酒を飲めない徹さんはお酒の場に慣れていないのも好印象でした。帰りがけにサヨナラをしても振り向こうともしない。いろいろ知らないんだ〜、田舎っぽい!と好きになりました」
独特の表現で徹さんを愛でる文子さん。徹さんのほうはどのような経緯で再婚の場に臨んだのだろうか。話を振ると、意外なほどの勢いで話し始めた。おしゃべり好きなのは似たもの夫婦なのかもしれない。
「前の結婚は29歳のときです。見合い結婚で、妻は私より2歳年下でした。結婚してしばらくして●●●(新興宗教名)にハマってしまって、ずいぶん金をつぎ込んでいたみたいです。私は車が好きで何台も持っていたので、お互いに好きなようにやっていたとも言えます」
「お父さん、再婚してもいいのよ」
徹さんの長女も同じ宗教に入信している。長女が教団の意向をくんだ相手と結婚してから徹さんの前妻は悩み始める。長女の夫のことがどうしても好きになれず、かといって教団に逆らうこともできない。
「すごく痩せてね、うつになって、あるときに亡くなった。そう言えば死に方はわかるでしょう。私が62歳のときでした。それから2年間ぐらいは地獄だったよ」
ようやく立ち直ってからは独り暮らしの寂しさが身に染みた。コンビニやスーパーで買った食事を食器も使わずに台所で食べ、家業の工場に通うだけの日々。コンビニで店員から「お弁当を温めますか?」と聞かれるのが女性との唯一の会話だったと振り返る。
そんな父親の様子を見ていた長女が「お父さん、再婚してもいいのよ」と言ってくれた。信仰が原因でギクシャクしていた家族もこの頃までは親愛の情で結ばれていたのだ。
「結婚相談所に入ったけれど、お見合いはほとんどできませんでした。財産は子どもたちに遺したいと思って未入籍を希望したので不人気だったみたいです。4歳下のおばさんと会ったこともあるけどちっとも面白くなかった。
そんなときに(文子さんから)申し込みが来た。前から写真を見ていて、『いいな〜この女、最高!』と思っていたから、しめた!と思ったね」
初対面の他人である筆者と話しているのに、女性のことを「おばさん」や「女」と表現してしまう徹さん。言葉遣い自体がだんだんと粗くなっている。飾り気のない無骨な人なのだろう。そして、男性は何歳になっても女性の見た目に左右されることもわかる。
一方の文子さんも振り切れている。猫をかぶっても仕方ないという考え方のもと、お見合いの服装も「普段着」で臨んだのだ。白いワンピースで素足にサンダル履き、赤いペディキュアといういで立ちだ。
「派手な女だな〜と思ったね。一緒に住むようになってからは、いい加減だな〜と思っているよ。例えば、四角い部屋を丸く掃除する(笑)。死んだ妻が真面目過ぎたから、ちょうどいいけど」
しかし、徹さんの長女と長男は文子さんの華やかな外見と言動に拒絶反応を示した。亡き母とのギャップの大きさを受け入れられなかったのかもしれない。
「この家をいただこうなんて思っていませんよ」
決定的だったのは、徹さんの家で一緒に住むために文子さんが片付けに行ったときのことだ。亡き妻との思い出も残る家を徹さんはまったく片付けられず、子どもたちも何もしていないためにゴミ屋敷のような状態になっていた。遺骨を戸棚にしまいっぱなしだったほどだ。
「私がお片付け用の服で徹さんの家に行ったら、長女さんとその旦那さん、長男さんがスーツ姿で待ち構えていたんです。すごい形相でにらみつけてきたりして……。私に実家を奪われてしまうと思ったみたいです」
そのような対応をされて黙っている文子さんではない。「この家をいただこうなんて思っていませんよ。私はもっとキレイにしている自宅を持っていますから。家を守りたいなら、自分たちでちゃんと片付けをしたらどうですか」と啖呵を切ったという。
その後、徹さんは自宅を結婚した長男に譲り渡し、自分は文子さんの家に住んで電車で1時間半かけて通勤している。
「息子のところには孫が2人いるけれど、オレがだっこしたことはほんどないよ。息子からは『関わらないでくれ』と言われたから、お互いに関わらないことにしているんだ」
徹さんは成人して結婚もしている子どもたちとの関係ではなく、文子さんとの新生活のほうを大事にしているのだ。いざというときに頼れるのはパートナーしかいないため、どちらかが病気になったときのことも考慮して、婚姻届も提出。それぞれ財産があるので未入籍で構わないという前提は崩した。徹さんの長男長女は、文子さんとの接し方を間違えていずれ相続できる財産を減らしたとも言える。自業自得である。
子どもたちとの心理的距離の遠さを語る徹さんの表情は当然ながら晴れない。そして、神社仏閣を含めた宗教団体への怒りの言葉を繰り返す。前妻の入信がきっかけとなり、自分なりに愛してきた家族が壊れてしまったことが悲しくて仕方ないのだろう。
ただし、2人の新婚生活は順調だ。文子さんは徹さんの乱雑な言葉遣いと車の運転には眉をひそめながらも、「嫌なことも1日で忘れちゃう」性格を大いに発揮。毎日欠かさずに出勤する働き者の徹さんを料理などで労っている。
2人は信頼関係だけで結ばれている
「朝は2人とも6時起きです。私がお弁当を作っている間に、徹さんが部屋の掃除をしてくれます」
徹さんは文子さんに月20万円を渡していたが、それで駐車場代や外食費も賄っていたら、文子さんのほうが持ち出しになることが発覚。話し合って月35万円に値上げした。それでも徹さんは古い高級車や金魚飼育などの趣味を続けているし、文子さんのほうもわが家で伸び伸びと暮らしている。財産は自分たちのために使えばいいのだ。
結婚とは赤の他人と家族になることだ。再婚で前のパートナーとの間に子どもがいる場合は、その関係性が微妙になりかねない。感情も揺れるだろうし、相続の問題も起きやすい。
そのときに忘れてはいけないのは、結婚相手とは血のつながりなどではなく信頼関係だけで結ばれていることだ。成人した子どもや老いた親の意向よりも結婚相手の気持ちを優先することが最低限のルールともいえる。安心した顔でよくしゃべって笑っている文子さんと徹さんが寄り添う姿を見て、そのような感想を覚えた。
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(大宮 冬洋 : ライター)