Appleは10月末にスペシャルイベントをオンラインで開催し、M3・M3 Pro・M3 Maxの3つの最新チップと、これらを搭載するMacBook Proシリーズ、そしてM3搭載のiMacを刷新しました。

その影で、「Touch Bar」というMacBook Proのインターフェイスが、古い13インチのボディデザインの終焉とともに、その歴史に幕を閉じました。

一時はMacBook Proの象徴ともなったTouch Barだが、約7年の歴史に終止符が打たれた。アップルがTouch Barを搭載した狙いと、未来に見据えていたものを振り返りたい

Touch Barとはいったい何だったのか?

Intel時代からMacBook Airを使っている人や、エントリーモデルのMacBook Proをお使いの人は、Touch Barに触れる機会そのものがなかったかもしれません。まずは、Touch Barについて振り返りたいと思います。

Touch Barの登場は、まだMacがIntelチップを採用していた2016年10月。MacBook Proシリーズを刷新した際に、超薄型のバタフライキーボードとともにファンクションキーの代わりに用意したのが、キーボード上部に配置されたTouch Barという新しいインターフェイスでした。

2016年10月に開かれたイベントで、MacBook ProへのTouch Barの搭載が鳴り物入りで発表された

Touch Barは、もともとは2170×60ピクセル、第2世代では2008×60ピクセルの横長の解像度を持ち、P3の高色域での表示をサポートするマルチタッチのRetinaディスプレイです。iPhoneのタッチディスプレイ同様、タップ、タップ&ホールド、スワイプ、複数の指でのタップなどのジェスチャーを用いて操作できます。

Touch Barのコントロールとともに、Touch IDのセキュリティ情報の格納などを司る「Apple T1」チップが、メインのCPUであるIntelチップとは別に搭載され、Touch Bar用の組み込みOSによって動作していました。

Touch Barの採用に合わせ、セキュリティまわりの機能を司るT1チップが搭載された

新しいインターフェイスのために、わざわざチップとOSまで用意する取り組みは、とても意欲的といえます。しかし、実際、Touch BarはAppleシリコン向けに再デザインされた14インチ・16インチMacBook Proには引き継がれませんでした。

その背後には、もっと重要なミッションが隠れていたのです。

Touch Barとは別の、Macのアーキテクチャとして達成したゴールとは?

Touch Barそのものは、7年で歴史を閉じることとなりました。その背後で、MacはIntelチップからAppleシリコンへ、という大きなアーキテクチャ変更が行われました。2020年6月に独自チップへの移行が発表されましたが、Touch Barに密接に関係している、あるチップの存在が伏線となっていました。

2018年に登場したMacBook Proには引き続きTouch Barが搭載されましたが、T1の後継となる「Apple T2」チップが搭載され、引き続きTouch IDのセキュア情報の格納をしました。MacBook ProにはTouch Barが引き続き搭載されましたが、前述のように横幅が短くなり、ESCキーとTouch Barキーが独立するようになりました。

そして驚くべきことに、Touch Barが搭載されていないMacBook AirやMac miniにも、新しいT2チップが搭載されたのです。これは一体どういうことでしょうか。

実は、T2チップはTouch Barの制御以上に、Macのシステムにおいてより重要な役割を果たすようになっていました。

SSDと組み合わせるAPFSの256bit AES暗号化のハードウェアアクセラレーション、セキュアブート、マイクの物理的切断、FaceTime HDカメラの画像処理エンジン、マイクのオーディオコントローラー、Hey Siriへの対応、HEVCコーデックのビデオエンコーダー、システムマネジメントコントローラー、電源とバッテリー、環境光センサーの処理まで、きわめて広範な役割を担うようになったのです。

これらの機能は、Intelチップでは提供されない、Mac独自の価値を作り出すためのサブシステムを、Intelチップとは別のプロセッサとして搭載されるT2ですべて賄うことができるようになりました。その後、2020年にAppleシリコンがMac向けに登場し、Appleシリコンでこのあたりの機能や役割を担うようになりました。

Mac向けAppleシリコンはSoC(System on Chip)といわれており、Macシステムに必要な多くの機能を統合してチップに集約している存在です。こうした経緯を見てくると、Macにとって、Touch Bar以上に、T1を初めて搭載し、T2へと進化させてCPU/GPU以外の機能を統合したことが、Appleシリコンへの移行の大きな布石となっていたことが分かります。

実際のTouch Barの使い心地

Touch Barは、使っているアプリや状況に応じて表示内容が変わり、タッチ操作によってできることが変化するインターフェイスです。写真アプリを使っていれば、写真をスクロールするための表示になるし、絵文字を入力する時は絵文字ピッカーとして動作します。

絵文字を選択しているところ。Touch Barならではのインターフェイスだ

英語や日本語を入力しているときは候補が予測で表示され、Touch Barをタップすればワンタッチで入力できる仕組みです。iMovieやFinal Cut Pro、GarageBandといったアプリで、タイムラインが縮小表示され、指でなぞることで目的のシーンに素早くスクロールできるのが特に便利だと感じました。

また、Touch ID認証を促す場面では、Touch Barの右端に備わっているTouch IDのすぐ脇に「→」表示が出て、どこをタッチすれば良いのか分かるようにしてくれていました。この設計も非常に親切だと感じていました。

Touch ID認証が実行されている時は、センサーを兼ねる電源ボタンを矢印で指し示す表示が現れる

ユーザーからの不評を買い、廃止へ

しかしこのTouch Bar、MacBook Proユーザーからは不評で、かなりの酷評を目にすることも少なくありませんでした。

ファンクションキーが物理的に存在していた方が使いやすい、直感的ではない、というタッチパネル特有の批判から始まり、導入当初から「まだそこまで必然性が見い出せない」「発展途上」という意見も少なくありませんでした。

実際、アプリ開発者が対応しなければTouch Barを有効活用することはできず、開発者としても唐突に登場したインターフェイスへの対応は後手に回りました。そもそも、最新のMacBook ProにしかTouch Barが用意されていなかったため、このモデルが行き渡るまでは、いくら時間をかけてTouch Bar前提のUXを充実させても、恩恵にあずかるユーザーが少なかったのです。必然的に、開発の優先順位は下がることになります。

結局、2021年にAppleシリコン搭載のMacBook Pro 14インチ・16インチが登場するタイミングで、Touch Barは継続されず、廃止されてしまいました。取材を通じて、顧客から「物理的なファンクションキー」が求められていた、とユーザーのニーズに応えた点が明らかになりました。

つまり、2021年の段階で、Touch Barは「失敗だった」という結論になっていたのです。

現行のMacBook Proは、従来よりも縦に長いファンクションキーを採用。ファンクションキーの使い勝手を重視していることがうかがえる

気に入っていた部分と、そうでなかった部分

筆者は普段からHHKB(Happy Hacking Keyboard)を使っており、ファンクションキーを入力するにはfnキーを押しながら数字キーを押す必要があります。そのため、Touch Barによりファンクションキーが用意されなくなることに対して、大きなストレスはありませんでした。

昨今、左手のデバイスを探究中で、キーボードとマウス(トラックボール)以外の第三のインターフェイスを求めていることを考えると、追加のデバイスなしで第三のインターフェイスが利用できるというメリットには共感していたのですが……。

ただし、物理的なインターフェイスへのニーズの面で不便に感じたのは、感触フィードバックが用意されていなかった点です。ボタンとして扱う場合、押したかどうかが感触で分かりません。場所についても、実際にTouch Barに表示されているものを見なければ、何を押したのかが分かりません。

この使い勝手は、今までキーボード、すなわち目で確認せずに操作するタッチタイプを前提に考えた際、タッチタイプにそぐわないインターフェイスをくっつけてしまった、ということが問題になったのではないか、と考えられます。

“可変インターフェイス”というアイデア

Touch Barの失敗は、おそらく「ファンクションキーは大して使わないから、その場所を有効活用する手段としてタッチパネルインターフェイスに置き換えてはどうか?」というユーザーインターフェイスの探索の結果だった、と個人的にはとらえています。

多くのMacBook Proユーザーと違い、筆者は割と気に入っていた理由も、新しいチャレンジに対して寛容、むしろ積極的に取り入れたいと考えている、ある種生産性とは真逆の「頭のおかしさ」が助けているのではないでしょうか。

ここで、Touch Barというインターフェイスのチャレンジを整理すると、同じインターフェイスがその役割をダイナミックに変化させるという点です。これに共感した理由は、筆者が毎日iPhoneを使っているからにほかなりません。

iPhoneをSteve Jobsが初めて発表した際、「アプリが変わり操作も変わるのに、プラスティックのボタンは変化しないままではおかしい」という主張をし、マルチタッチを備えるジャイアントスクリーンとして、3.5インチタッチパネルのiPhoneを披露しました。

これを下敷きに考えると、アプリが変わり必要な操作が変わることはMacの上でも同じことが起きていて、プラスティックのファンクションキーのままではおかしいじゃないか、というアイデアが、Touch Bar実装の根底にあったといえます。しかし、顧客はNoと言い、それをAppleが受け入れました。

ただ、インターフェイスとして、必要なものが必要なときにシンプルに操作できるように出てくる、という発想は間違っていないと今でも思っています。その上で、アプリによって役割が可変するインターフェイスは、今後もタッチパネルを前提とするデバイスや、visionOSで登場してくることになるのではないでしょうか。

著者 : 松村太郎 まつむらたろう 1980年生まれのジャーナリスト・著者。慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程終了後、ジャーナリストとして独立。2011年からはアメリカ・カリフォルニア州バークレーに移住し、サンフランシスコ・シリコンバレーのテクノロジーとライフスタイルを取材。2020年より、iU 情報経営イノベーション専門職大学専任教員。 この著者の記事一覧はこちら