ショーファードリブンカーの新たな選択肢として開発中というLM(写真:レクサス)

レクサスは今、どこへ向かおうとしているのか。新しいラグジュアリーの価値提供を目指すというが、はたしてその内容は――。 

その疑問に答える場として、レクサスは2023年9月に「レクサス・ショーケース」と名づけたジャーナリスト向けのイベントを開催した。


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レクサスでは、富士スピードウェイを舞台に、プロトタイプをいくつも用意して、試乗の機会を提供。「多様化するお客様や地域のニーズに寄り添う新しいモデルラインナップ」をうたい、同時にカーボンニュートラル社会の実現を目指すという同社の取り組みを紹介した。

たしかに、このとき用意されたラインナップは多様だった。ショーファードリブンを視野にいれたミニバン「LM」、軽快な走りがウリというハッチバック「LBX」、クロスカントリー型SUV「GX」などがあった。

LMとLBXは2023年秋に、GXは2024年中の販売を目指すとしているモデル。とはいえ、現時点ではすべて「プロトタイプ」と銘打たれていた。


レクサス・ショーケースで、3台のプロトタイプの前に立つ渡辺剛プレジデント(写真:レクサス)

「レクサスが目指すのは、Pushing Boundaries。つねに革新に挑戦して、高級車の概念を変えたい」

そう話したのは、2023年3月1日に就任したレクサスインターナショナルの渡辺剛プレジデント。これまで電動車を数多く担当してきたエンジニアで、「変革への意欲をみなぎらせている」と、ジャーナリストからも評価されてきた人物だ。

レクサスのBEV(=バッテリー駆動のピュアEV)というと、現状では「RZ」と「UX300e」のみ。だが、2026年をめどに新開発のBEVを次々に市場に投入するのが、レクサスの計画という。

そんな中、今回のレクサス・ショーケースで最もおもしろかったのは、先に紹介したレクサスの言葉にあった「多様化」を体験できたことといえる。

単なる「レクサス版アルファード」にあらず

「アルファード」と基本プラットフォームを共用するレクサスLMは、世界に類のないコンセプトで開発されたミニバンだ。


3000mmものホイールベースはアルファードと共通だが、全長は85mm長い(写真:レクサス)

先代より85mm延びて5125mmになった全長のボディと、3000mmものロングホイールベースを組み合せる。

LMでなにより驚くのは、前席と後席のあいだに完全なパーティションを設けた仕様が用意されること。そこには、会話用の小さなウインドウ(ブラックアウトも可能)と、48インチの大型ディスプレイが設けられている。


48インチモニターはAndroidスマホやタブレット、またWindowsパソコンからのミラーキャスト接続で映像視聴可能(写真:レクサス)

しかも、後席のシートはフルフラットが可能。新幹線のグランクラスだって、フルフラットで休んでいくことはできない。

日本で販売されなかった従来型のLMは、急遽作った感もあり、シートのバックレストを倒してオットマンを上げても窮屈感があったのは事実。新型は、そうしてもスペース的に余裕がある。


4人乗り仕様の後席空間は広々。シートは電動でほぼフルフラットになる(筆者撮影)

今回、乗ったモデルのドライブトレインは、2.4リッターエンジンを使ったハイブリッド。高速での合流加速のような、急いで大トルクを必要とする加速は体験していないが、普通のペースで流すようなときに力不足は感じなかった。

テーマは「心地よく感じる自然な静けさ」

静粛性はとても高いものの、路面からのショックが完全に遮断されるわけでないし、回転が上がるとエンジン音もやや聞こえてくる(後席には届きにくい)。

でも、「それは乗員へのインフォメーションとして、むしろ必要だと考えました」とするのは、開発を担当した横尾貴己チーフエンジニア(CE)。「心地よく感じる自然な静けさ」がテーマだったそうだ。

「短い試乗ではわかりにくいと思いますが、新型LMの真価は長距離移動にあります。たとえば名古屋から御殿場まで東名高速を走ってきても、本当に疲れないと思います」

基本プラットフォームは先述のとおり、トヨタの新型アルファード/ヴェルファイアと共用だが、「味付けはまったく違う、あきらかなレクサス車です」と横尾CEは強調する。


前席シートはホールド性がよく疲れにくそうだ(写真:レクサス)

「後席の居心地のよさを重要視して開発していますので、たとえば後席部分のボディは、剛性が上がる一方で、しなやかさが犠牲になる可能性のある構造用接着剤の塗布面積は控えめに。その分、減衰用接着剤を多めに使っています」

加えて、リニアソレノイド式アクチュエーターと周波数感応バルブを併用した「周波数感応バルブ付きAVS」をレクサス車として初採用するのもトピックだ。

「低周波から高周波までの幅広い領域できめ細かく減衰し振動を軽減し、速度を問わずつねに上質な乗り心地を提供します」とレクサスでは、効果を喧伝する。

後席の快適性を重視したドライブモードセレクト「Rear Comfort」モードを用意するのも、同じく“初”だ。

プレスリリースには、「AVSの減衰力特性は後席の乗り心地を優先しつつ、アクセルやブレーキを統合制御することで加減速時の姿勢変化がより少なくなるセッティングとしています」と書かれている。

静粛性だけでなく、“静粛感”にこだわったと開発陣。無音でなく、先述したとおり、「心地よく感じる自然な静けさ」の実現が目標だったそうだ。

ノイズの周波数帯域と発生部位などを解析し、発生するノイズ(源音)を小さくすることをはじめ、車内への侵入を防ぐ(遮音)、そして車内のノイズを下げる(吸音)の3ステップが、「自然な静けさ」の実現に必要だったという。

元気のあるときは大型モニターで映像を楽しめるし、マークレビンソンブランドのオーディオは、前面から音が聴こえてくる設定で、繊細で疲れない音場づくりが印象的。


後席に備わるタブレットのようなマルチコントローラー(写真:レクサス)

フルフラットにするときの操作は、航空機のようにボタンでワンタッチ……とはなっていない。これは開発陣の見識で、「いざというときのことを考えると、フルフラットの姿勢での乗車はお勧めできないため」(開発エンジニア)とのこと。

フルフラットシートを備えた4人乗り仕様を体験して、「レクサスはLMで(トヨタはさきごろ発表したSUV型センチュリーで)新しいマーケットの創出に成功するかもしれない」と私は思った。

「さすがにフルフラットにはできないんです。ほしい人は少なからずいるかもしれませんが……」。そうBMWのエンジニアが話していたのを思い出した。BMWの新型「7シリーズ」もシートは大きめにリクライニングするが、フルフラットにはならない。ここに違いがある。

コンパクトSUV「LBX」は走り良し

続いて乗ったのは、レクサス最小のサイズで、軽快な走りが楽しめて、そして、これまでアルファベット2文字の車名を続けてきたレクサス車として、初めて3文字の車名を持つ「LBX」だ。


コンパクトでも上質さとドライブしての楽しさを追求して開発中だという(写真:レクサス)

全長4190mmの比較的コンパクトサイズのハッチバック。ただし、レクサスでは「コンパクトサイズながらも走りやデザインも上質であるサイズのヒエラルキーを超えたクルマをつくりたい」という、ブランドホルダーである豊田章男氏の言葉を紹介している。

プラットフォームは、コンパクトカー向けTNGAのGA-B。今回、私が乗ったクルマは、1.5リッター3気筒に電気モーターを組み合わせたハイブリッドだ。

これがなかなか楽しい。加速性は期待以上だし、カーブを曲がるときの身のこなしも素直で、「ナチュラルな」と表現したくなる操縦性を備えている。

変速機は(白状すると)私が嫌いな無段変速機CVTだが、富士スピードウェイのショートコースで乗ったかぎりは、加速の追従性にも優れていて、うれしい驚きを得た。

「Dレンジ制御といって、減速/旋回/再加速がスムーズに行えるよう、ドライバーの意図を読み取るように、一定のトルクを保持する機能を採用しました」

開発担当の遠藤邦彦チーフエンジニア(CE)は、「走りが期待以上だった」という私の感想に対して、上記のように話してくれた。


ぎゅっと詰め込まれた感はあるけれど質感は高いインテリア。日本仕様はもちろん右ハンドルとなる(写真:レクサス)

この走りを実現するに当たっては、ボディ剛性、フロントサスペンションのジオメトリー、排気管が通るトンネルの剛性、ボディへのリインフォースメントの追加、ねじり剛性、ステアリング剛性など、ほぼあらゆる点を見直したという。

「ドライバーとクルマが一体となり、いつまでも運転していたいと思える操縦性」というプレスリリース内の文言が、すぐ私の頭にも浮かんだほど。

一方、今回のショートサーキットでの試乗ではわかりづらかったが、直進安定性と乗り心地をともに向上させたことも強調する。

ホイールベースが2580mmと現代の水準では短めのため、上記のように各所に補強を加えるなどの見直しをしたようだ。コーナリング性能は高いので、うまく両立させたのだろう。市販されたあかつきには、高速道路でドライブするのが楽しみだ。


試乗車は前輪駆動だったが、このさき全輪駆動も設定されるという(写真:レクサス)

乗り心地のよさについては、LMと同様、構造用接着剤と減衰用接着剤をうまく使いわけ、「人に近いところには、乗り心地に効く減衰用接着剤を多めに使いました」(遠藤CE)という。

ここには、開発コンセプトである「コンパクトラグジュアリー」としての側面を強化する目的もあるのだろう。

基本シャシーを共用するのは、トヨタ「ヤリス」だ。ヤリスも全方位的によくできたモデルだが、LBXはここで書いてきたように“味わい”が異なっている。単にバッジとボディが違うだけのクルマではない、という印象だ。

メルセデス・ベンツと異なるレクサスの戦略

コンパクトからラグジュアリー、そしてミニバンやクロスカントリー型SUVもラインナップに持っているという点では、トヨタ自動車とメルセデス・ベンツはすこし似ている。

でも、メルセデス・ベンツは、現在のラインナップからAクラスとBクラスというコンパクトモデルを落とし、より上級モデルに力点を置いていくとか。

トヨタの場合、そうはいかないだろうから、ヤリスのようなモデルは当然残る(それに売れている)。そこからレクサスブランドのコンパクトハッチバックを開発するのは、1つのソースをマルチユースする企業戦略として、うなずける。

2000万円になんなんとするモデルを有するレクサスという高級ブランドが、4mそこそこの小さなモデルを本当に必要とするのか。そしてその理由は……。そこは私にははっきり見えない。

しかし、価格に妥当性があれば、「小さな高級車」というかつて世界中のメーカーが挑戦しながら撤退したジャンルでの成功が、ありうるかもしれない。「高級車はデカい」という固定観念から卒業する時期でもあるし、興味をかき立てられるモデルだ。

最後にもう1台、レクサスのクロスカントリー型SUV「GX」も、新型のプロトタイプに乗ることができた。


本格オフローダーでありながら、オンロードにおいても上質な走りを追求するというGX(写真:レクサス)

走行コースは舗装路ではなく、モーグル/傾斜路/岩盤路からなる特設コース。極端な悪路を再現しての試乗が楽しめた。

GXには、「ランドクルーザー」の技術が注ぎ込んであり、レクサス車としては初めてE-KDSS(電子制御スタビライザー)を装備しているのも、大きな特徴だ。

高級SUVの世界では、だんだんとグローバルスタンダードになりつつある電子制御スタビライザー。これはよい。

オンロードでは左右のサスペンションを接続して制御し、直進安定性や操縦性を高める一方、悪路では左右を切り離し、サスペンションストロークを増大させる。


本格的にオフロードで使う人はランドクルーザーのほうを買いそうだが、デザインは魅力的(写真:レクサス)

実際、レクサスGXの悪路操作性は高く、2.4リッターハイブリッドシステムがもたらす太いトルク(実際の値は未公開)もあり、勾配が急な道でもぐいぐいと登っていく。

岩がごつごつとしている路面で感心するのは、ステアリングホイールへのキックバックがよく抑えられていることと、乗員の身体が多少は揺さぶられても、頭が動かなかったことだ。

室内は、機能主義的なデザインとぜいたくな素材が印象的で、レクサスブランドをあえて選ぶ人がいるのも、不思議ではない。悪路に行かなくても、なんとなく安心できる雰囲気は、GXの大きな魅力のはずだ。


内装は機能主義的だが、シートの感触などはとてもよい。こちらも日本仕様は右ハンドルとなる(写真:レクサス)

BEVの開発は遅れていないか?

レクサスのプロトタイプは、どれも良くできていた。それでも、ヨーロッパのブランドは、電動化を着々と進めている中、「レクサスはそっちのほうは大丈夫か」という声もあるだろう。

ただし、ヨーロッパのメーカーもBEVを開発する一方で、すぐれたエンジン車も手がけているのは事実。

レクサスといえども、一気に両方をやるのは無理だとしたら、シャシー開発の足場をここで固めておいて、この先の新型BEVに役立てる戦略だってありうる。私は大いに期待しているので、BEVでもレクサスらしい良い製品を見せてもらいたい。

(小川 フミオ : モータージャーナリスト)