中国のビルが突如崩壊するケースがしばしば報じられているが、なぜ起こるのか。ジャーナリストの福島香織さんは「中国ではインフラ建設が共産党末端の利権化しており、労働法が無視されているので労災が多い。中国共産党は人民を消耗品としかみなしていない」という――。

※本稿は、福島香織『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)の一部を再編集したものです。

■習近平政権の失業対策が物議

中国経済の問題として、習近平第3期目で最も深刻なものの一つが失業問題だ。

すでに若者の4人に1人が失業という深刻な状況に陥っている。中国国家統計局が2023年5月16日に発表した4月の16〜24歳の失業率は、20.4%だった。

この失業問題対策として習近平政権が2023年2月に打ち出した「以工代賑」政策がなかなかにひどいと物議をかもしている。

「以工代賑」とは、中央政府によるインフラ工事などで雇用を創出する貧困・失業対策である。1984年以降、繰り返し行われ、すでに1750億元以上が投じられている。この政策のガイドラインとして発布された管理弁法は2014年に修正されてのち、今年2月1日に修正され3月1日から施行されることになった。

■インフラ建設で貧困弱者層を救済

目的は民衆を建設労務に参与させ報酬を分配することで、資金の内訳として労務報酬が最大であることが強調されている。

またプロジェクト実行に当たり、民衆を組織し、技能研修を行うことも要求されている。

インフラプロジェクトとは、主に交通、水利、エネルギー、農業農村、地方都市建設、生態環境、災害後復興など。

このプロジェクトは貧困弱者層に対する特殊な救済政策であり、これまでも継続して行われてきた。2022年は500万人の民衆を地元で就業させ、1人当たりの平均増収は8000元を超えた、とされる。

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インフラ建設で貧困弱者層を救済(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/zhaojiankang

■管理職に出世したり、株式を保有する機会も

2014年版の「以工代賑」との違いは、新たな総合救済モデルを提示している点だ。

単に貧困層に労務報酬を出すだけではなく、

1.公益性インフラ建設+労務報酬+技能研修+公益性のある管理職ポスト開発をセットにしたモデル
2.産業発展に合致するインフラ建設+労務報酬+技能研修+資産の割引株式化配当をセットにしたモデル

があり、管理職に出世したり、株式を保有する機会もある。

また技能研修を行うことで、プロジェクト終了後も、習得した技術によって新しい仕事を探すことができる。

さらに労務報酬が投資全体に占める割合を、15%から30%以上に引き上げた。

■汚職の温床になりかねない

だが、改正法案の26条と28条に含まれる内容が物議を醸している。

26条では、「以工代賑プロジェクトは競争入札で事業者を選ばなくてよく、いかなる組織、個人も入札を強要してはならない」、とある。これは建設許可、手続きの簡素化のためでもある。

競争入札を行わないということは、上層部が事業者を指定するということであり、その決め方には必ず癒着や汚職の問題が起きるだろう、という懸念の声がある。

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汚職の温床になりかねない(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/Atstock Productions

中国では、競争入札しないプロジェクトは次のように定められていた。

1.一般に国家安全、国家機密に関わるか、危険な災害救援が伴うもの
2.貧困救済資金で行われる以工代振で、出稼ぎ農民を雇用する場合
3.施工主が求める技術が、特定及び専門性の高い技術である場合
4.施行企業が自ら建設し自ら用いるプロジェクトで、施工企業がプロジェクトの要求に合致している場合

■「共産党末端組織の利権化」は不可避

これまでの以工代賑では「複雑な技術が必要で、適宜入札が行われるプロジェクト以外は、入札制度を実施しなくてよい」とあり、実際はほとんどが適宜入札で行われてきた。

ただ今回の改正で「入札を一切しなくてよい」となると、おそらくは郷鎮、村の幹部たちとコネがある業者が、貧しい村民を組織し研修し、報酬を管理することになる。

審査も結局、共産党の末端組織が担当するとなると、従来からの汚職構造の中に落とし込まれることになるだろう。

そもそも、入札があっても様々な汚職が起こるのだから、入札をなくせば、地方のレベルの低い共産党末端組織の利権になることは避けられまい。

中国の労災は非常に多い

また、改正法の28条では、「人の手でできることはできるだけ機械を使用せず、民衆を労務者として組織し、できるだけ専門の施工チームは使わない」と要求しているが、これも地方レベルの共産党末端組織の利権化を助長しかねない。

また、プロジェクトのクオリティや労務者の安全が軽視されることにならないか、という見方もある。

機械や熟練の専門施工業者を使わず、地元農民を使えということは、農民を酷使せよ、ということと同じであり、結局のところ労働者の権益保護にはまったくつながっていない。

しかも、この労務報酬の割り当てについては、共産党末端組織が決める。

となると、郷鎮、村の幹部たちが懐に入れ、末端の農民は低賃金ということになりはしないか。

もちろん中国の労働法でも残業代や最低賃金の規定があるが、多くの現場では無視されている。地方のインフラや施設建設の現場では、労働者の負傷や死亡などの労災は非常に多い。肉体の酷使を要求されて注意力が散漫になったり、外国なら機器や安全設備の補助によって行う作業も、体一つで行わせる場合があるからだ。

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中国の労災は非常に多い(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/XH4D

■「おから工事」が量産される

また、機械や熟練の専門施工業者を使わなければ、工事の効率やクオリティが犠牲になる。

中国の地方では「おから工事」と呼ばれる脆弱(ぜいじゃく)な建物やインフラが多く見られるが、それが量産されるのでは、という懸念もある。

写真=AFP/時事通信フォト
倒壊した中国湖南省長沙市のビル(2022年4月29日) - 写真=AFP/時事通信フォト

もともと、中国における「以工代賑」は、儒教思想の「養民」の発想だ。

災害・飢饉などで農村のコミュニティが崩壊すると、飢えた難民流民が良からぬことをする、それがしばしば社会動乱を引き起こし王朝の転換を引き起こしてきた。その歴史から、為政者は民を養うことに腐心してきた。

■「ボートレース開催で危機を脱した」中国の歴史

中国史で有名なのは北宋の官僚政治家で文人の范仲淹によって行われた「以工代賑」だ。全国的に飢饉(ききん)が発生したときに、国庫の糧食を放出したが、それでは救えないほど多数の飢えた民が各所に現れた。

その緊急時に、杭州の知事であった范仲淹は、あえてドラゴンボートレース(競渡)を開催し、飢饉のときの工賃は安いからと言って、大寺院に土木工事などを行わせた。

中央の監察官は「范仲淹が競渡にふけり、公私の建築工事で民を消耗させている」と批判したが、范仲淹は「競渡の集客で消費が増え、商いが盛んになり、寺院工事などで民の雇用が増えた。これぞ以工代賑(仕事でもって救済に代える)だ」と説明したという。

つまり、「以工代賑」とは中国1000年の知恵であり、民の困窮を放置しておくと社会動乱が起きかねない、という支配者サイドの教訓が根っこにある。

■人民を消耗品とみなしている

だが今は21世紀である。大卒や高専の若者の失業が問題視され、「躺平(タンピン)主義」(寝そべり主義)が蔓延している。働かないこと、競争しないこと、努力しないことが一種の体制への反抗のスタイルになっている状況で、機械や専門知識を使わない肉体労働の雇用を創出したところで、失業対策、貧困対策になるだろうか。

たんに地方汚職の温床を一つ増やすだけにならないか。

「人鉱」という最近の流行語があるが、共産党政府は人民をあたかも鉱物のように無限に採掘できる消耗品とみなしている、中国の人民は「以工代賑」にそうしたイメージを持っているようだ。

■「経済ブレーンが知恵を絞った結果」がこれなのか

この「以工代賑」政策の責任者は、当時の発展改革委員会主任である何立峰だ。第20回党大会で政治局メンバーとなり、のち3月の全人代で経済・金融担当の副首相、つまり劉鶴の後釜に収まった。つまり、習近平の新たな経済ブレーンである。

この新版「以工代賑」こそが、習近平の経済ブレーンの知恵を絞った政策というなら、習近平第3期目の経済展望は推して知るべしだ。

習近平はこの10年で、「国進民退」(国有企業を進化させ、民営企業を後退させる)という毛沢東時代の経済計画的な発想を、「混合経済」という新しい言葉を用いて推し進め、優秀な民営企業への支配を強化してきた。

また「共同富裕」というスローガンを掲げ、経済のパイを大きくし、平等に富を分配することを重視するようになった。

勢いのあった民営企業家は、独占禁止法違反などで罰金をとられ、寄付を要求され、従順でなければ汚職など経済犯罪で身柄を拘束され、重刑に処された。

福島香織『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)

かつて金持ちは庶民の憧れであり、誰もがいつかは自分も金持ちになろうと夢を抱いたが、今や金持ちは庶民の敵である。金持ちになろうという夢を抱くよりも、金持ちたちを打倒し、彼らが失脚することに喜びを感じる人が増えている。

習近平の毛沢東回帰的な計画経済的政策や共同富裕思想とは、人民に知識や情報を持たせず、共産党の指導に疑問を持たない従順な労働者のままにしておきたい、ということに他ならない。

時代遅れの「以工代賑」政策が習近平第3期スタート早々に打ち出されたことで、経済の逆走路線が維持され、毛沢東時代への回帰どころか、1000年前の皇帝養民の時代に回帰しそうな勢いなのである。

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福島 香織(ふくしま・かおり)
フリージャーナリスト
1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞社に入社。上海・復旦大学に業務留学後、香港支局長、中国総局(北京)駐在記者、政治部記者などを経て2009年に退社。ラジオ、テレビでのコメンテーターも務める。著書に『ウイグル・香港を殺すもの』(ワニブックスPLUS新書)、『習近平最後の戦い』(徳間書店)、『ウイグル人に何が起きているのか』(PHP新書)など多数。
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(フリージャーナリスト 福島 香織)