今年1月にSBI新生銀行に商号を変更、9月の臨時株主総会で株式併合の承認を得るなど、ここまではSBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長(左)のシナリオどおりに進んできた(編集部撮影)

国からの公的資金3500億円が未返済のままのSBI新生銀行。その返済を目指す動きに突然横やりが入った。

物言う株主として知られる村上世彰氏が関わる投資会社、エスグラントコーポレーションは9月28日、関東財務局に大量保有報告書を提出。SBI新生銀の株式を2000万株、9.75%保有していることを明らかにした。9月21日に大半となる1855万株を、市場外で1株2800円で購入していた。

くしくも、報告書が提出された9月28日はSBI新生銀が東証から上場廃止になった日だ。10月2日には2000万株を1株とする株式併合を行う。併合前の保有数が2000万株に満たない株主の株は、1株2800円で強制的に買い上げる。

併合後の株式の1割を保有

これにより株主は、SBIホールディングス子会社のSBI地銀ホールディングスと預金保険機構、整理回収機構に限られるはずだった。

エスグラントは2000万株を保有したことにより、併合後の株式10株のうち1株を手にする。保有目的は「経営陣への助言、重要提案行為等を行うこと」だ。

SBI新生銀が「早期の公的資金返済を目指す方針は変わらない」(広報)。

同行とSBI、政府系株主が5月に結んだ覚書によると、2025年6月末までに公的資金返済の具体的な仕組みについて合意するとしている。エスグラントの大量保有は今回の報告書で知ったといい、計画見直しには至っていない。

SBIと政府系株主以外の株主を排除することは、公的資金返済を可能にする意味合いが強い。

3500億円の公的資金を裏付けるのは政府系株主が持つ4700万株余りの普通株だけ。公的資金返済のためには1株が7500円ほどに上昇しなければいけない計算だ。

ところが、SBI新生銀の株価は長らく1000〜2000円台で推移してきた。株価を短期間で3.5倍以上引き上げるのは難しい。

手を差し伸べたのがSBIだった。2021年に銀行業界初とされる敵対的TOB(株式公開買い付け)を成功させ新生銀を子会社化すると、2023年5月に再びTOBを発表。株式併合と端株の強制買い上げにより株主をSBIと政府系株主のみにしようとした。

株の価値は取得時の約3倍に?

非公開化によってSBI新生銀の株式は、市場で株価がつかなくなる。市場での株価は株式の需給動向などに左右されるとはいえ、多くの投資家によって形成される。それに対して非公開化は、株式の価値を明確には見えなくするものだといえる。

非公開化する他方で、SBI傘下のほかの地銀との連携を図ることなどで、SBI新生銀の利益を向上させる。それにより株式の価値を劇的に上げれば、遠くない未来に公的資金を返済することが可能になるというロジックだ。

そこにエスグラント、つまり村上氏は目を付けた。

政府系株主の株式の一部も株式併合後の強制買い取りの対象になる。そのため実際の公的資金返済額は、3300億円弱になるとみられる。

株式併合後、政府系株主が手にするのは2株。先述したようにエスグラントは1株を保有する。政府系株主が持つ2株には、公的資金返済額と同じ3300億円弱の価値があるとみなせる。そうするとエスグラントの持つ1株は、その半額の1650億円程度の価値になると計算できるのだ。


この株を手に入れるためにエスグラントが投じたのは約560億円。見込める価値との差額は約1100億円となり、それだけの巨額を儲けられると、算盤をはじいたのだろう。SBIが公的資金返済を何十年も引き延ばしでもしない限り、極めて効率のいい投資だ。

そもそもエスグラントがSBI新生銀の株式の多くを1株2800円で取得できたのは、強制買い取り価格が1株2800円であるからだ。

いちばん割を食うのは強制買い取りされる少数株主との見方もある。SBI幹部は「(1株2800円という価格は)合理的な計算結果だ」と自信を見せる。だが、もっと高額での株式買い取りを求める株主が裁判に打って出る可能性はゼロではない。

株主平等が改めて論点に

また、強制買い取り後に株式の価値を大幅に向上させないまま政府系株主らに公的資金全額を返すようなことがあれば、一般株主から割安とも指摘される2800円で買い上げた手前、株主を平等に扱う原則に反することになる。

多くの株をかき集め間隙を突いたエスグラントが得をしたという結果になると、株主平等について改めて論点を提示することになるかもしれない。

SBIにとっても痛手になりかねない。予想されるのは、エスグラントの保有分をSBIが買い取る展開。エスグラントが儲けと見込む1100億円は、SBIが余分に負担することになる。

地方銀行との連携を深め、金融グループとして事業を拡大するためのカギとして是が非でも欲しかった新生銀。その入手にかかる費用が予想外の形で膨らんでしまう。

今後、SBI自身の成長戦略を着実に実現するために、より厳しい道のりが待っていることは言うまでもない。

(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)