北陸新幹線の延伸開業に向けた準備が進む敦賀駅(写真:PIXSTAR/PIXTA)

北陸新幹線が2024年3月16日に敦賀まで延伸する。2015年の金沢開業時は首都圏から新幹線で多くの観光客が金沢を訪れ、北陸地域が観光ブームで沸いたことは記憶に新しい。今回の敦賀延伸でも観光ブームを巻き起こすべく、JR西日本、沿線自治体、観光業界らが知恵を絞っている。

新幹線開業と組み合わせたJRによる観光施策といえば、観光列車の投入が定番だ。金沢まで延伸開業した2015年には七尾線(金沢―和倉温泉間)に「花嫁のれん」、城端線・氷見線に「ベル・モンターニュ・エ・メール〜べるもんた〜」が運行開始した。敦賀開業時には2024年秋の「北陸デスティネーションキャンペーン」に合わせて、新たな観光列車が敦賀―若狭・京都府北部―城崎温泉間を走る予定だ。

窓をディスプレイ化した「XRバス」

観光列車だけではない。JR西日本は2024年初夏に観光周遊型XRバスを福井エリアに導入する。XR(クロスリアリティ)とは現実世界と仮想世界を融合して新しい体験を創造する技術で、窓をディスプレイ化して、VR(仮想現実)、AR(拡張現実)を投影して新しい体験を提供するという。

観光地に投入されるバスでよくあるのが著名デザイナーの手による豪華バスだが、今回は内装を豪華にするのではなく、観光地に向かう道中の新感覚体験を訴求する。「乗ること自体を楽しむ」観光列車のコンセプトをさらに進化させたものといえる。

なぜ、XRバスなのか。一見、突飛なアイデアに思えたが、取材を進めるうちに、そこには「これしかない」という必然的な理由があることがわかってきた。


「XRバス」の車内イメージ(画像:JR西日本)

5月のG7広島サミットで先進7カ国の首脳が乗船したことで一躍注目を集めた瀬戸内海を運航する観光型高速クルーザー「SEA SPICA(シースピカ)」。この船の開発にJR西日本が関わったことはすでに知られている(2023年5月22日付記事「G7で大活躍、JR西『観光船シースピカ」』誕生の秘密」)。シースピカは2020年秋の「せとうち広島デスティネーションキャンペーン」に合わせて開発され、同年9月から運航を開始している。

「シースピカ」と同じ制度を活用

シースピカは広島市に本社を置く海運会社の瀬戸内海汽船グループとJR西日本のグループ会社が共同で設立した「瀬戸内島たびコーポレーション」が所有しているが、鉄道建設・運輸施設整備支援機構(JRTT)の船舶共有建造制度を活用して、JRTTも共同建造者として参加。建造費用の一部(7〜9割程度)をJRTTが低金利で貸し付けている。


瀬戸内海を運航する観光型高速クルーザー「シースピカ」(記者撮影)

JRTTは貸付割合に比例して船舶持分を保有するが、返済に応じて持分は減っていく。将来的には減価償却後の残存簿価で事業者がJRTT持分を買い取ることで事業者の100%保有となるという仕組みだ。事業者にとっては自己資金の調達に必要な担保さえあれば船舶を建造できるというメリットがある。船舶共有建造制度はもともと貨物船や離島航路を運航する船舶向けの制度だったが、シースピカは国内クルーズ船では初めてこの制度が適用された。

自己資金の大半はJR西日本グループが負担しているが、シースピカの建造費用全体から見ればわずかだ。また、その負担額にしても、広島までやってくる観光客の新幹線運賃・料金を勘案すればトータルで元は取れるとJR西日本は考えた。しかも、実際に運航するのは地元の瀬戸内海汽船のグループ会社であり、地元のノウハウを活用した共同事業ということになる。地域の観光振興につながるということで自治体の支援も得られやすい。地域との共生を目指すJR西日本にとってはベストともいえるビジネスモデルである。

「この仕組みは、ほかの場所でも使えるんじゃないか」。シースピカが建造に向かって動き出した頃、JR西日本の社内でこんな話が飛び出した。車両は自前の費用で造るものと思っていたJR西日本にとっては目から鱗であった。

船舶だけではなく、バスにも製造費用の一部を国が負担する仕組みがあることもわかった。たとえば、地域観光の高付加価値化につながるようなバスの導入・整備費用として費用の2分の1を補助するという国の制度がある。

候補地として挙がったのが福井である。「恐竜博物館、一条谷、東尋坊、あわら温泉など観光で楽しめる場所は数多いが、1カ所に固まっているわけでなく点在している。福井駅とこれらの場所を観光バスで結んだどうかというアイデアが出た」。XRバスのプロジェクトを担当するJR西日本・地域まちづくり本部地域共生部(地域ビジネス)の内山興課長が構想の発端時を振り返る。

移動をエンターテインメントに

検討の結果、福井駅と恐竜博物館を結ぶルート、福井駅と一乗谷朝倉氏遺跡博物館を結ぶルートを2大ルートとして設定した。ただ、どちらの施設も夕方には閉館してしまうので、バスを1日中フル活用するという観点から福井駅からあわら温泉に向かうというルートも設定した。


福井の観光名所となっている福井県立恐竜博物館(記者撮影)


一乗谷朝倉氏遺跡(記者撮影)

内山課長には、福井でのバス運行で気になっていた点があった。「たとえば福井駅から恐竜博物館までは片道1時間かかるが、道路から見える風景は、そんなに変化に富んでいるわけではない。中規模の都市にあるような市街地が延々と続き、お客様が退屈してしまうのではないか」。

その対策として当初は、バスガイドのトークで車内を盛り上げ、乗客どうしの触れ合いを促すことも検討した。しかし、たまたま、KNT-CTホールディングスが「WOW RIDE(ワウライド)」という新感覚のバスツアーを2022年2月から東京都内で実施すると聞き、試しに乗ってみた。

バスツアーの所要時間は約60分で、皇居、東京タワー、お台場など都内の観光名所をめぐりながら、窓に投影される映像の演出によって、東京の今と過去を行き来する「時間旅行」を楽しむことができる。内山課長はピンと来た。「このXR映像は福井で使えるのではないか」。


XRバスのプロジェクトを担当するJR西日本地域まちづくり本部地域共生部(地域ビジネス)の内山興課長(記者撮影)

最新技術のXRを使って恐竜時代や武士の時代を再現するというのは、有効な手段に違いない。さっそくKNT-CTホールディングスの担当者に連絡を取り、福井でもXRバスを走らせることが決まった。

JR西日本や地元の金融機関などの出資により設立した「福井RIDEコーポレーション」がXRの設備開発やコンテンツ制作を行う。コンテンツについては「TRICK」シリーズで有名な堤幸彦氏を総合演出に起用し、「時代を超えた体験を提供したい」と意気込む。バス運行は地元の京福バスが担当する。「地元のバスの安全運行のノウハウは我々が直接持っているわけではないので、乗務員も含めたオペレーションは地元の会社が頼りになる」。

地域に根差した最適解を

XRバスのアイデアはJR西日本のほかの地域でも使えそうだし、バスだけでなく、鉄道にも応用できるかもしれない。9月8日に東京都内で開かれた社長会見の席上で、長谷川一明社長は「XRバスを他県に展開することもありうる」と話した。

しかし、それは決してXRバスありきという意味ではない。XRバスはあくまで福井における地域共生ビジネスの最適解を追い求めた結果であり、ほかの地域にはその地域に根ざした解決策があると長谷川社長は考えている。まさに広島のシースピカが、福井ではXRバスになったように。

「○○ありき」ではなく、つねにその地域での最適解を考える。それは、赤字ローカル線問題への取り組みとも共通しているに違いない。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)