今年4月開始のYouTube番組『渡部ロケハン』で起死回生を目指すアンジャッシュの渡部建氏。彼と、彼を取り囲むプロたちの凄い仕事を追いました(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組/YouTubeより)

テレビの世界で一世を風靡したお笑いのカリスマ・とんねるずの石橋貴明氏はかつて、自身が追求する番組の在り方について、このような名言を残している。

「テレビでいうと、見ている人が『これはこのサイズの枠から超えているよな』っていう、フレームから抜けている笑いにしたいんですよね。『うわっ、本当はもっとこれすげーんじゃねえの?!』みたいな。画面いっぱいじゃあ納得しない」

「とんねるずは死にました」―戦力外通告された石橋貴明58歳、「新しい遊び場」で生き返るまで/Yahoo! JAPAN・RED Chair】

映像はテレビ、スクリーン、スマホ、パソコン……何かしらのフレームを通して我々に届けられる。そのフレームをはみ出るような面白い現場を作り上げることは、歴戦の強者たちであっても、そう簡単なことではない。

ある意味、奇跡のような番組を実現させるための要素がいくつかある。そのひとつが、「この現場、本当に楽しそうだな」「みんな、生き生きしているな」という高揚感を抱かせる番組だろう。

逆風の中スタートした『渡部ロケハン』

今年、YouTubeの世界からそれが出現した。『アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組』、通称『渡部ロケハン』である。

【この記事の前編:「アンジャッシュ渡部「一筋の光」を追う仕事の現在」】

渡部氏は2020年6月、週刊誌で自身のスキャンダルが報じられ、活動自粛に追い込まれた。1年8カ月の自粛期間を経て、2022年2月に自身のレギュラー番組『白黒アンジャッシュ』(チバテレ)で芸能活動を再開するものの、現在に至るまで、地上波ではそれ以外、復活には至っていない。

そうした逆風の中で今年4月26日にスタートしたのが『渡部ロケハン』だ。渡部氏がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てグルメロケハンを行うという趣旨のこの番組。登録者数は日々増加し(16万3000人/2023年9月26日現在)、本編動画は第5弾までの平均で45万回再生を記録している。


「渡部ロケハン」のロゴ

たとえば2023年6月9日に配信された千葉・本八幡編。元魚屋の店主が目利きした旬の魚が楽しめる居酒屋では、「拾い(いつもの店で買わずに市場の場内を巡っていい魚を買いつけること)を行うお店は名店のサイン」「現地に日本人スタッフがいる海外の養殖マグロは美味」「マグロの味は基本的に餌の味。大間のマグロはいいイカを食べているからうまい」といった世間的に思わず唸るような情報を織り交ぜた渡部氏のグルメ芸が炸裂。


「拾い」という業界用語について語る渡部氏(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組/YouTubeより)

ロケ中に偶然、アンジャッシュのコントが好きな素人に遭遇し、渡部氏が社員旅行のコントの冒頭部分を披露するなど、劇的な展開が繰り広げられ、55万回再生(2023年9月26日現在)を記録している。

番組を支える、ソマディレクターの執念と愛情

この番組の誕生の経緯についてはこの記事の前編でも触れたが、渡部氏に密着してロケから編集までを担当するのが、ディレクターのソマシュンスケ氏だ。


「渡部ロケハン」でロケから編集までを担当するディレクターのソマシュンスケ氏(写真左)

ソマ氏は、人気バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)や『有吉反省会』(日本テレビ系)を担当しABEMA、YouTube、舞台撮影まで、多岐にわたる映像ジャンルで活躍。今年4月に独立を果たした鬼才映像ディレクターである。

『渡部ロケハン』に関わる男たちはその貢献をこう表現する。


放送作家・西村隆志氏

「この番組を実現させているのは、もちろん渡部さんの実力ですが、ソマディレクターの異常な執念がすごいんですよ。業界歴20年の僕が見てきた中でも飛び抜けた映像制作へのこだわりを持っています」(放送作家・西村隆志氏)

ソマ氏とは『渡部ロケハン』が初対面だったという人気放送作家・カツオ氏は、

「ソマディレクターはいい意味で、ぶっ壊れてました(笑)。思いの丈を真正面からぶつけてくる“愛のバクダン”のようなVTRを見た時は驚きました」と語る。

渡部氏はもともとテレビで“いじられキャラ”的な立ち位置でもあり、『渡部ロケハン』でもよくソマディレクターにいじられている。ただ、ソマ氏はただ「いじり上手」というだけではない。『渡部ロケハン』で初めてソマ氏と知り合い、タッグを組んだ渡部氏も、

「最初の撮影のときまで、僕をいじりながら面白く描いてくれる人なのかなという感覚だったんですけど、実際に映像の仕上がりを見たらすごかった。この番組を支えているのはソマさんの執念と愛情が大きいです」と熱く語る。

ソマ氏が描く『渡部ロケハン』の世界観はグラデーションが豊かである。全体的に視聴者が癒やされるような音楽と、まるで居酒屋の手書きメニューのようなテロップの字体のコントラスト。渡部氏がかつて地上波バラエティで披露していた“告知芸”のシーンでは、番組を彷彿とさせるテロップに切り替えたりとディテールが細かい。

彼には映像ディレクターとしてのある流儀がある。

「映像制作に手を抜かないことです。YouTubeだと配信の1時間前などギリギリまで編集作業することもあります。パソコンでもチェックして、ささいな事でも気になったら修正します。僕は映画と音楽の影響を受けていて、たとえば音楽だと銀杏BOYZが好きです。ボーカルの峯田さんはアルバムを出すときに『これは一生残るけど大丈夫?』と確認したうえで出すそうです。僕も同じで、一生残るものに関して、恥ずかしい状態では世に出せない。あと渡部さんにも恥をかかせられないです」(ソマ氏)

「お店の方々にも少しはメリットがないと」

ソマ氏が特にこだわりを見せるのが、ツイサツ(追撮、ロケとは別日に追加で撮影を行うこと)である。

「僕らのロケはアポなしでやります。本当にガチでやっているので、どう転ぶかわからない。そこをカバーできるのがアポを取った後の追撮だなと2回目くらいから気がついたんです。ロケに協力していただいたお店の方々にも少しはメリットがないといけないという思いはあります」(ソマ氏)


ソマ氏による後日の「ツイサツ」に凄まじい執念が表れている(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組より)

たとえば、2023年8月4日に配信した大塚編で登場したスナックの場面。飲みのシメに日替わりで具材が違うというママ特製味噌汁が登場するのだが、別日に改めて訪れて、味噌汁を作っている工程を撮影していた。

2023年8月18日配信分の神奈川・白楽編で訪れた海鮮居酒屋でのシーンも印象的だ。特別に期間限定「渡部ロケハンイワシセット」(イワシ寿司、イワシ餃子、イワシのなめろう)をお店が採用すると、後日スタッフがお店に訪れ、メニュー表を渡しに行く場面が撮影された。このように『渡部ロケハン』ではロケでお世話になったお店や人へ細やかなアフターケアを欠かさない。


渡部氏の提案でできた「渡部ロケハンいわしセット」(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組/YouTubeより)

演者である渡部氏は、ソマ氏のこうした異常なまでのこだわりと執念について「ロケに出逢った皆さんへの愛情以外の何者でもない」と語る。

「僕はソマさんを“ツイサツの鬼”と呼んでます。実はツイサツはいくらでも手を抜くことができる部分です。でもスナックのママが少し感じ悪く映っているから改めて後日撮るとか、お寿司屋さんに渡部セットのメニューを持っていこうとか、ロケで出逢った皆さんに対するソマさんの優しさと愛情があふれているんですよ」(渡部氏)

ソマ氏の映像制作はまるで、料理の名店のように仕込みから完成まで手間暇を要する。予算的にも実現は容易でないのだが、実はそれをある程度可能にしているのが、スポンサーをつけたYouTube番組に仕立てた、渡部ロケハンチームの力技だ。

『渡部ロケハン』は、CHILL OUTというリラクゼーションドリンクの1社提供スポンサー番組として成り立っている。前編でも紹介したとおり、それを実現したのは西村氏だ。

その背景には、こんな考えがあったという。

「ソマディレクターがものすごく映像制作にこだわりが強い。時間も使うし、編集費もかかる。どうしてもお金が必要なので、YouTube収益だけで考えるとちょっと厳しいと考えました。そこでスポンサーに提供してもらうというスタイルを考えました」(西村氏)

渡部さんが笑っている顔を使いたい

ソマ氏の技術は、逆風の中にいる渡部氏の“適度な見せ方”という点でも光っている。

ソマ氏は映像の中で、あの手この手で渡部氏をいじったり、ボケて渡部のツッコミ待ちをしたり。『渡部ロケハン』における渡部氏の“タッグパートナー”としての押し引きを展開させている。

そのほどよい塩梅が、『渡部ロケハン』全体を多くの視聴者にとって、より親近感のあるものに昇華させている。


放送作家のカツオ氏

「渡部さんより、ソマディレクターのほうが偉いように映るくらいがいいんです。渡部さんが『アメトーーク!』で有吉弘行さんやザキヤマさんにいじられるスタンスをここでも実現できたら一番光るのかなと。ソマディレクターの温かい声で、渡部さんをチクっといじるのがいいんです」(カツオ氏)

「一方で、ソマディレクターは芸人ではないので、あまりやりすぎると『なんだこのディレクターは!』となる。やりすぎるとたぶん寒い感じにもなりますから、その塩梅をアドバイスしたりしています」(西村氏)

『渡部ロケハン』は、番組スタッフがサブキャラとなり、渡部氏がカメラ撮影の照明を手伝ったり、ロケ前に全員で円陣を組んだり何かとチーム感が強いのも特徴だ。

以前、こんなファインプレーがあった。ピザとピッツァの違いについて、周囲を置いてけぼりにして熱弁をふるう渡部氏から、カメラが少しずつ後退していき、話題からフェードアウトしていくのだ。


ピザとピッツァの違いについて熱弁をふるう渡部氏に、カメラが引いていくシーン(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組より)

爆笑を生んだこのシーンは『渡部ロケハン』チームの絶妙なコンビネーションから生まれていた。

「テレビでコメントを喋っている途中で切る、カットアウトという演出があるのですが、渡部さんはそれがあまり好きじゃないらしいんです。自分が必死で喋っているのに、さらっと切られると傷つくようで。そこで、ちょっと違うやり方で、カメラがどんどん遠のいていこうかと。あの日、ソマディレクターとカメラマンのTシャツを引っ張ったら気がついて、離れていってくれたんです」(西村氏)

渡部氏は、この『渡部ロケハン』によって「自分の進むべき道が決まった」と話す。

活動自粛から復帰後の渡部氏には、どこかしら悲壮感が漂っていた。だがソマ氏は番組を続けるにつれて、渡部氏の視聴者は渡部氏の悲しげな姿を見たいのではなく、ニーズは別のところにあることに気がついたという。

「コメント欄とか反応とかを見ると、渡部さんの悲痛な顔はあまり求められていないと気がつきました。今は『渡部ロケハン』においては、渡部さんを応援してくださる方が多いフェーズになっているので、笑顔満開の渡部さんのほうがいい。とくに動画のサムネイルには、渡部さんが笑っている顔を使いたいんです」(ソマ氏)

シーンに合う音楽も、徹底的にこだわる

ソマ氏は映像編集の際、音楽に合わせて作業することを心がけているという。テレビ業界の音効(映像の中で使われる音を整える仕事)にも細かい注文をしてきたという彼は、シーンに合う音楽を絶妙にチョイスしていく。

ソマ氏が『渡部ロケハン』において「これ以上の作品は無理だ」と語るほど、数々の奇跡が連鎖した「庚申塚・大塚編」もまた、音楽とリンクさせた力作だった。


大塚編のエンディングも見どころだ(画像:アンジャッシュ渡部がいつか地上波のグルメ番組に出ることを夢見てロケハンする番組/YouTubeより)

「スナックで出逢ったさいとうはるかさんの『ヒロイン』という曲をエンディングで使ったんですけど、ロケ終わりに彼女の曲と歌詞を送ってもらったんです。その曲と歌詞からこういう編集がしたいなとアイデアが浮かんできて、お魚屋さんで出会った方たちの話ともあわせて、制作したのを覚えています」(ソマ氏)

そうした音楽へのこだわりについては、佐藤大輔氏の影響もあるかもしれない。佐藤氏は、総合格闘技『PRIDE』、『DREAM』『RIZIN』の映像制作に携わり、煽りVTRというジャンルを確立させた伝説の映像ディレクターだ。

「カルチャーをミックスして映像制作されるところなど、尊敬してます」というソマ氏だが、彼自身、すでに佐藤氏に匹敵するようなすさまじい執念と技術を、この『渡部ロケハン』で開花させている。


「渡部ロケハン」でタッグを組むディレクターのソマシュンスケ氏とアンジャッシュの渡部建氏(写真:ソマ氏提供)

『渡部ロケハン』には、渡部氏がいつか地上波グルメ番組に出ることを夢見てロケハンを繰り広げるという目標がある。また、現在は関東エリアの埋もれたグルメを発掘するのがメインだが、先々は地方進出やイベント開催もしたいという。

ソマ氏の中には、番組に関わる人々にとって『渡部ロケハン』を絶対にプラスのものにしたいという強い思いがある。

1社提供のYouTubeがメジャーになってほしい

「1社提供のYouTubeという、この新しいスタイルがメジャーになってほしいです。少人数の運営スタッフで、直接企業の方が作りたい想いを映像で具現化していく。その可能性を感じています。動画内に登場する宣伝には、いろいろなパターンを作りました。それが制作側とスポンサーの双方にとって一番いい交わり方になって費用対効果にもつながります。あとは今までの動画を見て信用していただき、制作費を出してくれる協賛の方や地方自治体の方々が目をかけてくだされば、関東以外の“ウモレエリア”も発掘したいです」(ソマ氏)

フレームをはみ出るような面白い現場。そしてそれに的確な調理方法で味付けするソマ氏。番組製作への尋常じゃない執念と愛情によって、これからも多くの人たちに癒やしと笑顔を届けていくだろう。そしてそれが、渡部氏の地上波復帰へのカギを握っていることも間違いない。

【この記事の前編:「アンジャッシュ渡部「一筋の光」を追う仕事の現在」】

渡部建 お笑い芸人。1972年9月23日東京都出身。所属事務所のタレント養成所・スクールJCAの同期だった児嶋一哉とコンビを組み、アンジャッシュを結成。多数のレギュラー番組を抱え、イケメン芸人としても活躍。食べ歩きの趣味が高じて、グルメガイド本を出版するなどグルメ通としても知られる。2020年6月9日、自身のスキャンダルを理由にテレビ各局に対し、番組出演の全面自粛を申し入れた。2022年2月5日、芸能活動の再開を発表。

ソマシュンスケ 映像ディレクター。1984年8月29日福岡県出身。18歳で芸人を志し大阪のNSCへ。途中挫折。その後、大阪で映像の専門学校に行って卒業後上京。24歳の頃、制作会社に入りADとして下積み。『劇的ビフォーアフター』(ABC・テレビ朝日系)や『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)などを経て、番組ディレクターになる。人気バラエティー番組『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)、『有吉反省会』(日本テレビ系)、『ニューヨーク恋愛市場』(ABEMA)を担当。2023年4月に制作会社いまじんを退社し独立。株式会社バリサンを創立。

西村隆志 放送作家。1977年。福岡県出身。 中央⼤学在学中に⽇本テレビの深夜放送の『電波少年的放送局企画部放送作家トキワ荘』に参加 、グリーンのネグリジェを着た「グリーン⻄村」として6カ⽉間、マンションと⼭奥の寺に隔離。最終オーディションを勝ち抜き、放送作家に。現在は、『テレビ千鳥』(テレビ朝日系)『ZIP!』『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)などの人気番組の構成として活躍。またテレビ以外に、成田悠輔のYouTubeチャンネル、企業PRコンサルなどに取り組んでいる。

カツオ 放送作家。1980年、東京都荒川区生まれ。2000年、早稲田大学在学中に、劇団「盗難アジア」を旗揚げ。2005年まで、劇団主宰・俳優としても活動。2001年に演劇活動と並行して、放送作家の活動も始め、現在に至る。過去、年間600本の企画書を書いた実績もあり、自称・企画書渋滞系放送作家。現在は『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ系)、『千鳥の鬼レンチャン』(フジテレビ系)、『有吉ぃぃeeeee!』(テレビ東京系)など、30本以上のレギュラー番組・SNS映像コンテンツを担当。またバスケットにも精通し、バスケ系SNS等にも参加。

(ジャスト日本 : ライター)