「電気のGTI」次世代フォルクスワーゲンの本気
「Volkswagen Group Media Night」でジャーナリストにお披露目されたID.GTI コンセプト(筆者撮影)
ドイツ・ミュンヘンで国際モーターショー「IAAモビリティ2023」が、2023年9月5〜10日にかけて開催された。大きな特徴は、電気自動車(BEV)一色だったことで、地元ドイツと、中国のメーカーの存在感が際立っていた。
ドイツ勢の中でも大きく気を吐いていたのが、フォルクスワーゲン・グループだ。フォルクスワーゲンを筆頭に、アウディ、ポルシェ、ランボルギーニ、ベントレーなど、日本でも知られる名だたるブランドを傘下に収める。
ヨーロッパではそれ加えて、シュコダ、セアト、クプラといったブランドもあり、現地でデザインと価格設定で人気が高い。特に、セアトから独立したスペイン・バルセロナのクプラは、電気化ととんがったデザインで、一頭地を抜いている感じがある。
「良いデザイン」がユーザーを魅了する
興味深かったのは、フォルクスワーゲン・グループが新たに強く打ち出したプロダクトポリシーだ。
「良いデザインは、私たちのお客様を魅了させるための重要な要素です。より明確化されたデザイン的アイデンティティーは、特徴的な製品を誕生させ、ブランド同士の差別化を強化していきます」
そう述べたのは、フォルクスワーゲン・グループのオリバー・ブルーメCEO。そして、次のように続けた。
「それはエクステリア、インテリア、そしてデジタル体験においても当てはまります。フォルクスワーゲン・グループは“design-driven company”になっていきます」
フォルクスワーゲン・グループのCEOであり、並行してポルシェのCEOも務めるオリバー・ブルーメ氏(筆者撮影)
デザイン・ドリブンとは、デザインをプロダクトの柱に開発することだろうか。ブルーメCEOは、「より明確化されたデザイン原理の狙いとは、各ブランドのデザイン品質を高め、ブランド同士の差別化を強化させることです」とする。
フォルクスワーゲン・グループの各ブランドは今後、デザイン部門とブランドのCEOとのつながりをさらに重視するという。
ブルーメCEOが上記のように述べたのは、IAAモビリティの開催前夜に、ミュンヘン市内でジャーナリストを招いて開かれた「フォルクスワーゲン・グループ・メディアナイト」でのことだ。
ジャーナリストを前に、「デザインによる成功:Success By Design」なるスローガンを掲げたフォルクスワーゲン・グループ。このとき、これから先の実証例としてお披露目されたのが、フォルクスワーゲン・ブランドのBEV「ID.GTIコンセプト」だった。
新しい前輪駆動のEVプラットフォームを使う(写真=Volkswagen)
クルマとともに登場したのは、フォルクスワーゲン乗用車部門のヘッド・オブ・デザイン(デザイン統括)であるアンドレアス・ミント氏。
1996年に入社し、「ティグアン」や第7世代の「ゴルフ」のエクステリアデザインなど手がけたあと、アウディに移籍し「A1」「Q3」「Q8」から「e-tron GT」まで多くのプロダクトを送り出した人物だ。
2023年初頭にヘッド・オブ・デザインとしてフォルクスワーゲンに戻ったが、その直前はベントレーで、コンセプトモデル「Batur By Mulliner:バトゥア・バイ・マリナー」(2022年公開)などをデザインした経歴をもつ。
「GTIのDNAをe-モビリティの時代へと移植したモデル」と、ミント氏はスポーティーな雰囲気を強く感じさせるID.GTIコンセプトを紹介した。
大切にしてきた「GTI」という存在
フォルクスワーゲンにとって重要なアイコンといえるゴルフ(とポロ)の「GTI」モデル。初代ゴルフGTIが1976年に登場したとき、小さなハッチバック車にもかかわらず、スポーツカーに匹敵する性能ぶりに世界中が驚いた。
世界に衝撃を与えた初代ゴルフGTI(写真:Volkswagen)
この初代ゴルフGTIは、発表と同時に圧倒的な存在感を確立。多くのクルマ好きが飛びつき、伝説的なクルマとなっていく。
ドイツ・フォード(フィエスタXR2)、ルノー(5アルピーヌ)、プジョー(205GTi)、フィアット(リトモ・アバルト)、アウトビアンキ(A112アバルト)など、他メーカーがすかさず、ホットな走りのハッチバック車という分野に追随。“ホットハッチ”というマーケットができたのだった。
そのあとずっと、フォルクスワーゲンではGTIブランドを大切に扱い、ゴルフがモデルチェンジするたびにGTIを設定している。
「BEVの時代を迎えてもGTIは残るのだ」と今回、ID.GTIコンセプトという形で表明したわけだ。そして、このクルマの量産化がすでに決定していることを、明らかにしている。
実車を目の前にしてみると、たしかに前出のブルーメCEOの言葉をなぞるような、魅力的なデザインだ。
リアクォーターピラーの造型にオリジナルのGTIとの共通点を盛り込んだという(筆者撮影)
コンパクトな全長に、大きなタイヤ。それでいてフロントマスクは、どこかにこやかで、フレンドリーさを感じる。発売されたあかつきには、「どうしても手に入れたい」と思うほどだ。
ベースになるのは、2025年発売予定の「ID.2 all」とされている。2万5000ユーロという破格の価格設定で売られる、コンパクトBEVだ。
ID.GTIは、2027年に発売するという。メカニズム的には、GTIの”伝統”にしたがってモーターをフロントに搭載するようだ。
ID.シリーズの基本は、リアモーターの後輪駆動なのだが(濡れた路面を含めて操縦安定性が高い)、ベースとなるID.2 allは180度転換してフロントモーターを搭載する。
ID.GTI コンセプトのベースとなるID.2 all(写真:Volkswagen)
「心配されるような技術的問題はないようにするし、駆動系を前にもってくると、ハーネス(配線)などが短くできてコストダウンが図れるメリットもあります」
そう語ってくれたのは、ブランド技術開発担当取締役のカイ・グリューニッツ氏だ。
「デザインの背景にあるのは、真の意味での『フォルクスワーゲンとは何であるか』という問いかけでした」
またミント氏は、ID.GTIコンセプトをショーにおいてのいわゆる“客寄せパンダ”ではない、とする。
ID.GTI コンセプトのインテリアはレンダリングのみ発表された(写真=Volkswagen)
「フォルクスワーゲンは、スタビリティ(安定性)、ライカビリティ(好感度)、エキサイトメント(感動)を柱にして、デザイン言語を刷新しています」
その証明ともいえるのが、ミント氏がフォルクスワーゲンのヘッド・オブ・デザインに就任してすぐ、デザインの統括を担当したID.2 allとこのID.GTIコンセプトだ。
「Love Brand:愛されるブランド」であるために
フォルクスワーゲンは、2027年までに11車種の新しいBEVを発売する予定だといい、「遅くとも2033年までにヨーロッパではBEVのみを生産します」(プレスリリース)とする。
技術的、社会的、環境的に、新しい時代に向けて企業がやるべきことは山積みのはず。バッテリーの開発や生産も、技術の進歩が鋭いスピードで進む今、大きな課題だろう。
そこにあって、フォルクスワーゲンは「Love Brand:愛されるブランド」であることを乗用車部門のトーマス・シェーファーCEOは唱える。そこから新世代のフォルクスワーゲンが生まれてくるのだろうか。
IAAモビリティ2023では新型パサートの姿もあった。その他の展示車は記事最後の写真ページにて(筆者撮影)
さらに、グループ傘下の各ブランドも、デザインによって需要喚起を狙うという。ID.GTIコンセプトと同じタイミングで、クプラは「ダークレブル」というスポーティーなシューティングブレークコンセプトを発表した。
「ウェイン(クプラのウェイン・グリフィスCEO)には、つねに『私を驚かすデザインを見せてくれ』と言っています。今までどのメーカーもやったことのないデザイン。それがダークレブルです」
クプラのヘッド・オブ・デザインのホルヘ・ディエス氏は、ミント氏と同じステージに立って、にこやかにそう言った。
ここまで大胆に発言するフォルクスワーゲン・グループの各ブランド。「BEVを作っているだけでは2030年代を乗り切れない」という危機感の表れと見ることもできるだろうか。
(小川 フミオ : モータージャーナリスト)