敏腕テレビマンが見た貧困世界のリアルとは(写真:筆者提供)

離婚を機に世界一周花嫁探しの旅に出た敏腕テレビディレクターの後藤隆一郎氏。

諸国を巡りながら多くの女性、そしてトラブルに遭遇するうちに自分を見つめ直し、いつしか花嫁探しは自分探しへ。日本を出発してから2年9ヶ月後、彼はアフリカにいた。

異文化の中を歩くにはどんな注意が必要? 敏腕テレビマンが見た貧困世界のリアルとは? 『花嫁を探しに、世界一周の旅に出た』から、後藤氏が2018年8月に訪れたソマリアでのエピソードをお届けする。(本稿は上記書籍から抜粋・再構成しています)

唯一の望みはソマリランドの首都ハルゲイサ

ソマリアは今回選んだアフリカ縦断ルートで一番の危険地域だ。

1991年の内戦により国土が3つに分断され、事実上の無政府状態が続いている。

南部に位置する連邦政府「ソマリア連邦共和国」、1998年自治宣言した「プントランド」、旧英領の「ソマリランド共和国」に分裂し、この3つの地域で内戦が起きている。

また、ソマリア半島に面するアデン湾では多数の海賊行為が報告され、その大多数がプントランドから出撃していることが、アメリカの無人偵察機や衛星写真などから判明している。

さらに、ソマリア連邦共和国が支配地域としている領域内には、アルカイダとも繫がりがあるイスラム勢力アル・シャバブの支配地が内包され、テロ活動が頻繁に起きている。

外務省の危険度マップでは全域が最も危険なレベル4渡航禁止勧告が呼びかけられている。

ソマリア入国に関する情報は渡航者が少ないからか、日本語に限らず英語でもほとんど見つからない。

イギリス政府が出している危険度マップを調べてみると、やはりソマリア全土は真っ赤のレベル4だが、唯一ソマリランドの首都ハルゲイサだけがレベル3。真っ赤な地図の中に小さな小さな黄色のドットが浮かんでいる(2023年9月現在ではハルゲイサも赤=レベル4になっている)。

想定ルートが出来た。目的地はソマリランドの首都ハルゲイサだ。

「イスラムのイメージ」を覆す街の様相

ハルゲイサ行きの飛行機は左右一列の4人掛け座席しかない小さな旅客機だった。

男性はイスラムの装束ではなく多くの人がシャツとズボンを着ている。女性はカラフルなヒジャブをかぶり、全体的にカジュアルな印象を受けた。


ソマリランド行きの飛行機(写真:著者提供)

ハルゲイサ国際空港に到着すると、別途30ドルの空港税を払わなければならず、それを払うと、あっさりとソマリランドに入国することが出来た。

空は透き通るような水色で、気持ちが良い。

空港からハルゲイサの街に向かうバスを探したが、それらしき場所が見つからない。タクシーもいない。他の乗客は家族などの迎えの車が来ていて、それぞれに乗っていく。

やがて、空港から人がいなくなった。

どうしようかと途方にくれていると40歳ぐらいのビジネスマンが声をかけてくれ、運転手付きのハイヤーで街まで送ってくれた。

「ホテルを決めていない」という話をすると、1泊12ドルで街に近いWi-Fiのあるホテルを紹介してくれた。

別れ際にお礼を言うと、ワッツアップの電話番号を紙に書き「何か問題があったらいつでも連絡してね」と言い去っていった。

初っ端から優しい人に出会えて幸先が良い。


空港から案内してくれた親切なビジネスマン(写真:著者提供)

シャワーを浴び、一息つくと街に散策に出た。

ホテルのスタッフは英語が使え、街までの道のりを丁寧に教えてくれた。ホテルから中心部まで10分ほどかかる。

「襲われるような場所はない」かとチェックしながら歩いてみたが、大きな一本道で人も多い。特に危険はなさそうだ。

道中、様々な動物に遭遇したのが面白かった。街中にもかかわらず、コブ付き牛の集団、山羊、ロバなどが普通にいる。

市場ではイスラムの国では珍しく女性も働いている。

戒律の厳しいイスラム社会ではあるが、元々は遊牧民。2つの文化が合理的に融合しているように感じた。

未承認国家でアメックス!?

翌日、街の中心部にあるローカルの店で緑の豆のスープと揚げパンを食べると値段が1ドルを切っていたので、ソマリランドシリングでお釣りを貰った。

ソマリランドは国際社会では「未承認の独立国家」なのに独自通貨がある。しかし、国の通貨は信用がないようで、ハイパーインフレが起きていた。

1ドルは1万シリング(2018年当時のレート)。両替商はお金を路上でバナナの叩き売りのように売っている。小さな段ボール4箱分位のお金が道路に無造作に積み上げられていた。

街を歩くと、あちらこちらにそのような人がいて、誰かに見張ってもらいお金を置きっぱなしにしたまま食事に出かける両替商もいた。

路上に置かれた誰からも盗まれない大金。なかなかシュールな光景だ。

500ドルも出せば、中学生向けの自己啓発雑誌にあるような、お風呂をお札で埋め、「俺は億万長者だ。地位と名誉と最高の女を手に入れた」という例のヤツが出来そうだ。

そんな経済状況なので、USドル・ユーロ・エチオピアブル・南アフリカドルが一般的に流通していた。

ビックリしたのはアメリカ・ニューヨークに本社があるアメリカンエキスプレスのクレジットカードが使えることだ。

アメックスは今までパリ・ロンドン・バルセロナなどの大都市でしか使えなかった。

未承認国家であり紛争地域でもあるのに、ビジネスマンは水面下でしたたかに商売をしている。

ヨーロッパなどの西欧諸国の白人や中国人ビジネスマンだけが住むエリアもあるらしい。経済が伸びていた頃の日本なら、猛烈なビジネスマンがここにいたであろう。

日米中、そしてアフリカとの関係

ソマリランド入国前、エチオピアの首都アディスアベバにある大使館で、大使と交わした会話が印象に残っている。


エチオピアの首都アディスアベバにあるソマリランド大使館(写真:著者提供)

「日本政府はなぜ、アフリカ諸国に金を配るんだ? ここいらの国の政治家は汚職まみれで腐っている。政治家の懐は肥えるが一般の人たちに還元されない」

「すみません。その辺は明るくなくて」

「中国はお金をくれないが水道や道路などインフラを作る。雇用も生む。もちろん、現地の人の中には自分の国に入ってくる中国人を憎んでいる人もいるが、そちらのほうが理にかなっている」

「一帯一路政策ですね」

「そうだ」

「中国のインフラ投資計画は国際社会で様々な問題が指摘されていますよね。ぶっちゃけて聞きますが、日本のようにお金を渡すやり方と中国のやり方、どちらが良いと思われますか」

「その答えは明確だよ。中国のほうだ」

大使は強い口調で言った。

「それを日本に帰ったら政府に伝えてくれ」

「わかりました。ただ、私はただの観光客なのでそんな力はありませんが」

大使は「そうだな」と言い笑った。

街を歩くと、至る所に日本の中古車を見かける。俺の見立てだと9割近くが日本の車だ。

アディスアベバで名刺を頂いたソマリランド大使の話だと、そのほとんどがドバイから輸入されているものらしい。日産の車が人気があるのか、NISSANと後方に自作ペイントで強調した車が多かった。

他にも「学校法人せいしんようちえん」「慶事・仏事の懐石料理、割烹・森恒」「鯉料理のよしむ」「シンドバット座間」などサブカル雑誌のシュールな看板企画で取り上げられそうな文字が残った古い車がアフリカの独立国家にある。

まさに時空を超えタイムスリップしてきた車のようだ。派手なデコトラをさらに派手にペンキで塗った大型トラックもあった。


ソマリランドの首都ハルゲイサで乗られる日本の中古車(写真:著者提供)

外国人は常に監視されている

ホテルに戻り、ツイッターで今日あったことをつぶやいた。

すると、すぐにDMが入った。中身を見てみると、空港から街まで送ってくれたビジネスマンからだ。ワッツアップに登録した名前で検索したとのこと。

「ごっつ、今のツイート消したほうが良い政府とか街の人が、君のツイートをチェックしてるよ」


ソマリランドでは政府が国民に言論統制を敷いているという記事を思い出した。

心配してかわからないが、一度しか会ってない親切なビジネスマンも俺のSNSをチェックしている。

さらに、ソマリアにいるイスラム過激派組織のアル・シャバブは、外国人がどこにいるかなど入国者の動きを監視している可能性もある。俺は慌ててツイートを削除した。

「政治の事とか、この国にとってネガティブな内容はあまりアップしないほうが良い。そのほうが安全だ」

彼はそう付け加えた。

改めて、ひとりで危険レベル4の国にいるという事実を再確認させられた。そして、身を引き締め直した。

(著者が旅をしたのは2018年8月で、現在の情勢とは違っている部分が多くあります。過去30年間平和を保っていたソマリランドは、2023年2月に軍と地元武装勢力が衝突し、現在も戦闘状態が続いています。くれぐれも渡航はおやめください)

(後藤 隆一郎 : 作家・TVディレクター )