日立製作所では、生成AIを手がける専門組織を設立したという(写真:takeuchi masato/PIXTA)

日本企業も、ChatGPTの積極的な活用に向けて動き出した。SNSデータの分析を製品の販売活動へとつなげた例もある。その反面で、大多数の日本企業は、情報セキュリティの観点から、ChatGPTの活用に消極的、ないしは否定的だ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第104回。

三井化学の新しい取り組み

三井化学は、ChatGPTとIBM Watsonを融合することで、三井化学製品の新規用途探索の高精度化と高速化の実用検証を開始した。製品の売り上げやマーケットシェアの拡大を目指す。

同社の4月12日の発表によると、2022年6月から、IBM Watsonによる新規用途探索の全社展開を行っているが、これまでに、20以上の事業部門が、100以上の新規用途を発見した。

事業部門の1つのテーマにつき、500万件以上の特許・ニュース・SNSといった外部のビッグデータをIBM Watsonへデータ投入し、さらに、三井化学固有の辞書も構築した。

例えば、SNSデータの分析では、「ある地方電鉄の車中で、カビ臭い」という投稿が多いことを見つけ出し、従来の営業手法では思いつかなかった電車内の防カビ製品の販売活動へつなげたという。

ただ、この方法では、新規用途の発見には、時間がかかる。そこで、ChatGPTを活用することによって、ニュース、SNSなどのテキストデータから、注目すべき新規用途を生成・創り出し、さらに、注目すべきとする根拠や外部環境要因を明らかにして、新規用途探索の精度とスピードをアップさせることで、新規用途の発見を激増させる。

さらに、ChatGPTの1つであるMircosoftのAzure OpenAI等を活用した実用検証を開始した。IBM Watsonの利用に慣れていないユーザーでも、短時間で新規用途が発見可能となった。これまでIBM Watsonを活用して発見してきた新規用途の情報をChatGPTへフィードバックすることで、新規用途創出の自動化の実現を目指す。

一方、日立製作所は、5月15日、生成AIを手がける専門組織を設立したと発表した。データサイエンティストやAI研究者と、社内IT、セキュリティ、法務、品質保証、知的財産など業務のスペシャリストを集結し、活用を推進すると発表した。

今後、この組織が中心となって、文章の作成・要約や翻訳、ソースコード作成など、日立グループ32万人のさまざまな業務で生成AIの利用を推進し、生産性向上につなげるノウハウを蓄積する。さらに、顧客に対しても、安心安全な利用環境を提供する。

どんな使い方を想定しているのか

同社のウェブ記事(ChatGPTで話題の「生成AI」とは? 働き方を変える最新技術、2023年8月28日)によれば、次のような利用が可能だ。

まず、企画を立てるとき、資料のたたき台を作ることができる。また、セールスやマーケティングでの活用や、ECサイトのロゴや商品紹介文を大量に生成させて、反応が一番いいものを残すという利用法も可能。満足度調査などのアンケート集計も、まとめてくれる。そうなるとデータサイエンティストは、もっと高度な分析に取り組める。

また、製品の設計資料などの過去の資産を、生成AIに聞いて簡単に呼び起こせれば、生産性や品質の向上をめざせる。

若手社員の育成にも使える。日立製作所では入社2年目まで指導員が付くのだが、指導員の属人的な力量に加えて生成AIによって日立全体の知見を共有できるようになると、人材育成も加速する。

若手社員は指導員や上司に直接質問できないことも多いが、生成AIに聞く若手社員が出てきているという。先輩に聞く前に、生成AIに相談してから先輩に質問するのだ。

もう1つの記事「軽い気持ちで使う、何度も試す デジタルネイティブ世代と生成AI」では、若手社員の活用事例を紹介している(8月28日)。つぎのような事例が挙げられている。

・メールや資料の構成を決めるのに使う。

・わからない単語が業務中に登場した際に利用する。検索エンジンも同じことができるが、ChatGPTなら、サイトを選ぶ手間や、サイトをくまなく読む手間が省略できる。

・文章の誤謬を確認する。

・ビジュアル(画像)の作成。言語からイメージの具現化が簡略化され、数日かかっていたキービジュアルの完成が数時間に短縮した。

以上のほかにも、ChatGPTを積極的に活用しようという企業は多い。

パナソニックホールディングスは、ChatGPTの技術を活用し、社員の質問に答える独自のAIアシスタントを開発し、国内のすべてのグループ会社で活用できるようにした。

サイバーエージェントは日本語に特化した独自の大規模言語モデルを開発。NTTも独自の生成AIを開発した。 NECは、ChatGPTを社内業務、研究開発、ビジネスで積極的に利用する方針を発表した。

三菱電機は、間接部門の国内グループ全従業員に生成AIを導入し、文書作成やプログラムコードの生成などで業務効率と生産性向上を図る。

ライオンは、ChatGPTを利用した自社開発のAIチャットシステムを国内従業員約5000人に向けて公開し、さまざまなシーンで業務効率化を図る。

利点は認識しているが、利用は禁止している現状

このように積極的に取り組んでいる企業がある反面で、大多数の企業は消極的、ないしは否定的だ。

BlackBerry Japanが9月7日に発表した、企業・組織におけるChatGPTへの向き合い方についてのグローバル調査結果は衝撃的だ。

それによると、日本の組織は72%が、職場でのChatGPTやその他の生成AIアプリケーションの禁止を実施、あるいは禁止を検討している。回答者のうち58%は、そのような禁止措置は長期的または恒久的なものであり、顧客や第三者のデータ侵害、知的財産へのリスク、誤った情報の拡散が禁止措置の判断を後押ししている、と回答している。

一方で、大多数の企業は、職場での生成AIアプリケーションの利点についても認識しており、イノベーションを高め(54%)、創造力を強化し(48%)、効率性が高くなる(48%)と回答している。77%が娯楽用アプリの禁止によって複雑なITポリシーが作成され、IT部門に追加の負荷がかかっていると回答している。

BlackBerryは、「仕事の場での生成AIアプリケーションの禁止は、潜在的なビジネス上の利益の多くを打ち消してしまうことにもなりかねない」と呼びかけている。


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(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)