ディズニープラスとHuluのセット売り、2カ月経った成果は?(写真:ウォルト・ディズニー・ジャパン提供)

コロナ禍の巣ごもり需要による隆盛期が過ぎて、新たなフェーズに入った動画配信市場。映画やドラマなど映像コンテンツを配信で楽しむライフスタイルは多くの人に定着した一方、ニューメジャーと呼ばれるグローバルプラットフォームを中心にした競争はより激しくなっていることがうかがえる。

そんななか今年に入り、国内サービス最大のエンタメコンテンツ数を誇るU-NEXTと、TBSやテレビ東京など国内メディアが配信コンテンツを提供するParaviを運営する「プレミアム・プラットフォーム・ジャパン(PPJ)」が合併を発表。6月末よりサービス統合がスタートしている。

異例の同業者競合同士のセット販売

さらに7月には2011年にアメリカから日本に上陸した老舗のHuluと、2020年に日本でローンチと後発ながら圧倒的なブランド力と豊富なコンテンツを有するディズニープラスが、異例の同業者競合同士のセット販売を開始した。

アメリカではすでに世帯数の80%以上が配信サービスに加入し、各サービスは生き残りをかけた熾烈な競争フェーズに突入しているなか、日本はまだ50%ほどと言われている。

しかし、先に述べた今年の動向からは、日本市場の来るべき未来へ備えた動きが現れはじめたと見ることもできる。

今回、異例のセット販売を開始した、Huluを運営するHJホールディングスの郄谷和男社長とウォルト・ディズニー・ジャパンの小林信一バイスプレジデントに、それぞれの現在地と目指す先を聞いた。

日本の動画配信市場はまさに群雄割拠という状態だ。各サービスの会員数は非公表だが、IRリリースやさまざまな調査データからは、市場シェアおよび会員数はAmazonプライム、NetflixがTOP2となり、Huluとディズニープラスがそのあとに続く3〜4位のポジションにある。

そんなHuluとディズニープラスの連携には、市場の勢力図を動かす大きなインパクトがある。アメリカではHuluの株主であるディズニーが今年中に両サービスを統合することを発表しているなかで、それぞれの日本法人は両サービスがセットで割引になるバンドル販売をスタートした。

異業種サービスとのバンドル販売はこれまでにも一般的に行われているが、同業者で競合のセットを販売するのは、世界的にも稀なケースだ。


Huluではオリジナルドラマも配信。「神の雫/Drops of God」Huluで独占配信中 ©Hulu Japan

今回の取り組みの背景には、日本運営会社同士の近しい関係性があった。

Huluは2014年に日本市場向け事業を日本テレビに事業譲渡した。一方で日本テレビとディズニーはかねて放送やイベントで協業を行っており、2022年3月には世界市場に向けたコンテンツ共同制作などを目的にした戦略的協業を締結した。

そうした関係がある両社は、双方のサービスの補完と強化を主目的にした連携を1年以上模索し、バンドル販売を開始するに至った。

スタートから2カ月経った成果

これまでHuluとディズニープラスの両方に加入したい利用者は、それぞれ申し込むと、月額で合計2016円(税込)支払う必要があった。一方で、セットプランを利用すると、月額で1490円(同)と、約26%お得になる。今年7月から開始し、終了期間は未定としている。

スタートから2カ月を経た成果を聞くと、小林氏は「配信サービスに入ろうかと迷っていた方や、どちらかのサービス会員の方で、価格的にお得なのでセットで両方に入る、という方が一定数おり、新規の会員が増えています。お互いのコンテンツに重複がないので、コンテンツを多くご覧になる方が入られたことで、視聴時間が増えている傾向があります」と語る。


ウォルト・ディズニー・ジャパンの小林信一バイスプレジデント(撮影:尾形文繁)

また、郄谷氏は「セット販売後の会員数の伸びで明確に結果が現れています。興味深いのは、ファミリー向けコンテンツの視聴数が急激に伸びたこと。また、解約率も低い傾向がデータから見えており、まだ2カ月ですが事業効果が長く効いてくることを確信しています」と話した。具体的な増加会員数や視聴時間は非公表とのことだが、双方にとってプラスの影響が現れていることがわかる。

一方で気になるのは、なぜこのタイミングなのか、という点だ。世界市場をみると、巣ごもり需要が徐々になくなりつつあった2021年からNetflixの会員数が減少し始めた。特定エリアの特殊事情があった影響とされているが、今年1〜3月では、ディズニープラスの会員数も減少している。

配信サービスが遅れて立ち上がった日本市場自体は、まだ伸びしろがあるものの、U-NEXTとParaviの統合に続くメジャー2サービスのセット販売という今年の大きな動きからは、日本市場の来るべき戦国時代を見据えた先手のようにも見える。

であれば、ディズニープラスとHuluの連携は、今回がまず第一弾であり、この先にアメリカでの統合のような提携の強化が進むことも予想される。

しかし、これについて両氏は明確に否定する。小林氏は「今回のセットプランは、2022年3月の日本テレビとの戦略的協業の一環で実現しました。SVODサービス(定額制の動画配信サービス)の日本の世帯加入率は50%以下。いまも市場自体が成長期であり、まだまだSVODの伸びしろがあります。OTT(ネット回線を通じて提供されるサービス)ビジネスはいつ何が起こるかわからない状況ではありますが、いまのところ日本ではセットプラン以上の予定はありません」と語る。

生き残りをかけた椅子取り争いも?

そうであれば、この先市場が飽和した時期には、ユーザーの取捨選択がはじまり、セット販売をする両サービスの間でも生き残りをかけた椅子取り合戦がはじまることも考えられる。これに対して郄谷氏は、業界全体を見据えた考えを示す。


Huluを運営するHJホールディングスの郄谷和男社長(撮影:尾形文繁)

「もしサービスの統合が進み、多様なプラットフォームが収斂されていくと、市場にサービスや価格の競争がなくなります。それはユーザーや権利者の皆さまの便益にならない。一定の競合のなかで切磋琢磨するほうが市場にとって好ましいと考えます。

セット販売をしていても単体同士の競合はもちろんあります。それが双方のボトルネックになるわけではありませんし、むしろそれがあるからこそクオリティーが上がっていく。そしてそれはセットプランにもシナジー効果を生み、お互いがよりよくなっていくはずです」(郄谷氏)

ではHuluと、ディズニープラスは、日本市場における現在地とこの先をどう捉えているのだろうか。

郄谷氏はポジティブに市場を分析しながらも、課題も掲げる。

「各サービスはまだ会員数を伸ばし続けており、市場が飽和している実感はありません。レイトマジョリティーや年齢が高い層の方々にも受け入れられつつあるので、余白はまだあります。

ただ日本はアメリカの成長をベンチマークにして配信を普及している面はありますが、無料コンテンツの視聴カルチャーも根強いので、アメリカの市場のように天井近くまでいますぐに伸びるかはまた別問題と冷静に見ています。しかしそのなかでSVODがこれから先もシェアを拡大していく流れは続くでしょう。

一方、TikTokのようなテクノロジーの恩恵を受けた新しいサービスの視聴体験は、これから先も生まれてくる。若い世代の未来のお客様にSVODを使ってもらうためにどうしたらいいかは、どこまでも成長したいからこその課題としてあります」(郄谷氏)

これからのコンテンツの可能性

一方、小林氏は後発で成長を続ける真っ只中であることを強調し、具体的なコンテンツの伸びしろについても言及する。

「ディズニープラスは後発であり、まだまだ成長期にあります。日本はOTTサービスの成長の余地があり、切磋琢磨して各サービスが伸びていける環境です。オーガニックグロースは順調であり、現状の路線でこの先もしっかり成長していける段階です。

市場が飽和する時期を心配したり、想定して準備するフェーズではない。たとえば、いまはスポーツや音楽など配信に適したライブコンテンツがデジタルの世界に揃ってきている段階です。ユーザーのニーズに合わせて、コンテンツ視点でもまだまだ開拓余地が多くあります」(小林氏)

まだ成長期であっても、成長が止まるタイミングは必ず訪れる。次のフェーズは、各サービスによるシェアの激しい奪い合いになるのか、統廃合が進むのか、あるいは、ポータル化という拡大路線も考えられる。それぞれの事業として5年後、10年後の姿をどう想定しているのだろうか。

郄谷氏は「数あるサービスにはそれぞれの個性があります。ユーザーの見たいコンテンツは人によって異なり、それを提供するサービスは限られているわけです。

ユーザーは必要、不要なものを明確に分けて、必要な場所に出合いにいきます。利便性と選択肢の多様性がある市場がこの先も続いていくでしょう。そこにいかに応えられるかが、われわれの存在意義です」と力を込める。

小林氏は「市場環境が目まぐるしく移り変わるなか、5年後を見立てることよりも、市場の早い動きに適応できる体制を整えておくことが重要です。ディズニープラスは、われわれが大事にしている質の高いストーリーテリングやブランドをしっかり守る強力な新しい事業部門として、ディズニーのほかのビジネスと連携を取りながらディズニーの魅力的な物語をお客様にお届けし続けるのが基本的な考え方。それを続けていけば、この先の市場がどう変わっても、個性を持ち続ける存在でいることができます」と語った。

ヒットコンテンツの共同制作も?

競合というポジションでありながら、近しい関係性から連携した動きも見せる両サービス。先に述べたとおり、両者は統合の可能性は否定するものの、そんなタッグだからこそ、ユーザーを驚かせ、市場を活性化させるような画期的な新しい取り組みが生まれることも期待される。

小林氏は「実現できたらいいなと思うのは、両社で大きな予算をかけて世の中的な話題になるヒットコンテンツを共同制作すること。さまざまな議論をする段階であり、これからの可能性としては十分あります」と心中を明かす。郄谷氏も「せっかくこういう関係性にあるので、そういう話を積極的にしていかないといけない」と小林氏に同意する。

両サービスの連携による武器の1つは、日本テレビという放送を持つマスメディアがあること。それを活用することで、コンテンツだけでなくイベントやプロモーションにおける幅広い流通設計が可能になる。

配信オリジナルコンテンツのテレビ番組化や劇場映画配給といった流通はすでにはじまっているが、配信独占や先行にとらわれないメディアミックスの進化系はこういった提携から生まれてくるのかもしれない。

そこから社会現象的なヒットが輩出されれば、配信サービスのあり方が未来に向けてまたひとつ変容を遂げることにつながるだろう。

(武井 保之 : ライター)