「生誕祭に客1人」アイドル支える"ヲタク"の正体
アイドルを卒業しこの秋よりシンガーとして活動を始めた(写真:うしおゆりなさん提供)
X(旧Twitter)の「生誕祭開いたけどお客さんが1人しか来なかったアイドル」で話題となったうしおゆりな(設定36歳)。
「生誕祭にお客1人しか呼べないであろう中年アイドルは、いったいどんな人物なのか」良くも悪くもみんなの好奇心をくすぐった。
彼女はいったいどんなアイドルなのだろうか。また彼女のファンはどう思ってことの顛末を見ていたのだろうか。
話を聞く中で、名古屋のライブアイドルうしおゆりなとファンとのひとつの形が見えてきた。
36歳というのは「設定」
ライブアイドルといえば年齢が10代から20代が主な活動期間であり、やはり若さは人気を得るためのひとつの武器となっている。
30歳を超えてなお活動する人は、ごくごく一握りにすぎない。
先般、「生誕祭開いたけどお客さんが1人しか来なかったアイドル」として話題となったうしおゆりなも、そんなアイドルのひとりだ。
とはいえ、実際のところ36歳というのは「設定」で、それよりも若い。
「アイドルをしている中で年齢の公表はどうしようかってときに、下にサバを読んでも恥ずかしいし、『それなら上にいってみよう』と思って。最初は35歳だったんですよ」
確かに若く見せようとするアイドルは多いと思うが、わざわざ上に言う人は少ないだろう。
「年齢を言ったときに『えっ! 見えない』と言われるのが嬉しくて、それでその設定のままなんです」
なんとも率直で正直な感想で、実に清々しいものだ。
そんなうしおだが、実はデビューは2020年。アイドルキャリアはそれほど長くはない。
X(旧Twitter)で一気にバズったお客さん一人の生誕祭「もともとは名古屋のメイドカフェで働いていたんです。そのカフェの姉妹店所属のアイドル練習生みたいな形で始めたのがスタートでした。だから最初からアイドルになりたいとかそんな思いがあったわけじゃないんです」
メイドカフェ併設のステージで、カフェキャストがアイドルとしても活動するのは以前からある流れだが、ここ数年で活動場所をメイドカフェ以外にも広げつつある。うしおも、そんな流れに乗ったひとりだったというわけだ。
その後、メイドカフェを辞めグループアイドルからも抜けたが、アイドル事務所から誘いを受け、2021年再びグループでのアイドル活動を始める。
「ダンスよりも歌いたかったので、グループと並行でソロ活動も始めました。最初の頃は、もう週6とか毎日のようにライブやってました」
毎日のようにフル稼働するライブアイドルのまさに典型的な例だろう。
「この頃は毎日、歌って踊れて楽しいなという部分がまだ大きくてやれてましたね。その頃は事務所所属なのでいろいろやってくれるのでそれに頼ってた部分はありました」
今は歌うことが本当に大好きだという(写真:うしおゆりなさん提供)
コロナ禍で始めたアイドル活動
コロナ禍で始めたアイドル。
毎日のようにあるライブ、そして客が全然いないライブハウス。コロナ以前を知らないからこそ、それがアイドルとしての「当たり前」と思い続けてきた。
「もうお客さんが全然いない状態で、みんなマスクで声出し禁止。それが当たり前なのかなって思ってて。キャリアが長い子に聞いたら、以前とはまったく違うよって言われて。スタートが悪かったです(笑)」
このコロナ禍でフロアにはステージのアイドルよりお客さんの数が少ない、そんなことは普通にあった。
客がまばらで声出しもなくクラップ(拍手)のみ。むしろそれが当たり前の現場でアイドルを始めた。
だからこそ、「客がひとり」であることも、別にうしお自身、恥じてはいなかった。
「自分でも頑張らなきゃって思うのは、お客さんひとりでも全力でできるんです。でも、多いと緊張してパフォーマンス落ちるとかまだあって、それが今後の課題です」
客がいない現場で続けてきた弊害がここにきて出ているようだ。
Xでバズった「生誕祭開いたけどお客さんが1人しか来なかったアイドル」の動画には、もうひとり主役がいる。
ひとり、推し前でペンライトを振るお客さんだ。通称トモさん。
ここからは敬意を込めて、あえて「ヲタク」と言わせていただくが、うしおを推し始めてからのヲタク歴は1年ちょっとと短いものの、ほぼ全ライブに通っているという兵だ。
うしおの歌に魅かれ応援を始めたトモさん(写真中央)(写真:うしおゆりなさん提供)
ライブアイドルを支える「ヲタク」という存在
「いや、あの動画があがって、少し経ってから見直したらバズっててほんと驚きました。正直、(推しが見つかって)嬉しいというよりは大丈夫かなって心配でしたね。動画をXにあげることは聞いていたので」
うしお界隈のヲタクは、みなトモさんが特典の権利者としてひとりでライブに参加していることは知っている。だからこそ、ネタ投稿がひとり歩きして拡散されたことに驚いていた。
「『凄いじゃん、でも、やばいんじゃないの?』とは思ったけど『チャンスじゃん!』ってなりましたけどね。歌も良いって褒められてたし。でも(うしおは)宣伝やらないもんな〜(笑)」
絶好のチャンスを逃したと冗談交じりに語ってくれたのは、通称おつかれさん。彼もこの日のライブに来ていたひとり。
ヲタク歴も10年と長く、メジャーからライブアイドルに至るまで数多くを見てきた。それでも自分の推しがこんな形で世に知られるのは初めての経験だった。
彼の言う「チャンスを逃した」というのは、うしおがバズったことを活かしてライブを開催したり、PRのポスト(ツイート)をどんどんしなかったことにある。
フランス人留学生のエスポアさんも、チャンスを感じていたひとりだ。「日本に来てライブアイドルにハマった」という彼は、流暢な日本語で答えてくれた。
「うしおさんの歌声が好きなんですよ。生誕ライブも凄く楽しかったです! でも、ツイートのことは正直よくわかってなかったですが、凄いと思いました。いろんな人に歌を聞いてもらえるって」
ヲタクの中にも「素直に心配していた人」「チャンスだと感じた人」「裏切られたと思った人」などさまざまだった。
「勘違いして怒ってた人もいましたね。わかってるんです。売れるためには、ここでどんどんPRしなきゃって。でも、それ以上にファンの人たちを心配させちゃうといけないし、バズったことに対して余計なことはしないって決めてました」
何よりもファンのことを最優先に考えたうしおの結論は、バズったことに「これ以上触れない」ということだった。
一方、他のヲタク仲間たちから、動画のトモさんはいつも通りで仕上がっていたという。
そんなトモさん、1人ライブはどう感じていたのだろうか。
「(生誕祭の特典ライブは)凄く楽しかったですよ。まさかその後にあんな形で知られることになるとは思わなかったですが(笑)」
「動画出すのは聞いてOKしていましたしね。僕はアイドルヲタクってよりは普段はシンガーメインに応援していて、だから彼女の歌が褒められるのはすごく嬉しいんですよ。動画になったあの曲『Re:start!!』もすごく好きですしね」
ただ純粋に、彼女の曲が好きで応援している。その純粋な思いが動画から見た人に伝わったのだろう。
アイドルを卒業し「シンガー」として再始動
この生誕祭の日は、うしおがアイドルを卒業してシンガーになることを誓うライブでもあった。
「正直、このままアイドルを続けていくのは中途半端だなと考えてて。でも、歌をもっともっと多くの人に聴いてもらいたくて。それで『アイドルを卒業して、シンガーとしてきちんと歌おう』って決めました。出るライブの系統も変わりますしね」
ひそかに決めていたアイドルの卒業。そして同時にシンガーへの転向。歌うことは変わらないが、ヲタクの皆にはさまざまな思いがあった。
この生誕&卒業ライブに来たヲタクたちは「今後もそのまま通うのか」ということに関してはトモさんを除けば、正直まだわからないということだった。
シンガー系のライブイベントとアイドルイベントでは毛色が違うため、楽しむ音楽も異なる。アイドルとして推していたのであれば、その差は我々が思う以上にあるだろう。
歌はもちろん、撮影会などのモデル活動も行っている(写真:うしおゆりなさん提供)
「シンガーってことで今はまだ準備期間中なのですが、もっと私の歌を聞いてもらいたいと思います。もちろん今までのファンの方もついてきてほしいですね。みんながいるとほんと安心なので。離れてしまう人もいると思います。それはみんなが決めることなので、私は私で全力を尽くします」
コロナ禍で始めたアイドル活動。人がいないフロアで歌い続ける日々。ひとりでも全力でライブを盛り上げてくれるヲタクの存在。ライブハウスという空間で推しとアイドルが交差する人間模様。SNSへの投稿ひとつで関係は強固にもなり破壊もされる。
取材時の会食でうしおとヲタクたちとのちょっとしたオフ会のような雰囲気のなか、ヲタクが誰ともなく同じことを口にする。
「せっかくバズって取材も受けてるしさ、あの曲もっと歌ってよ。もっと聞きたいな」
「そうだね。大事に歌っていくよ」
うしおはこれからも歌い、きっとその前には彼女を推すヲタクたちの声が今日も響くことだろう。
(松原 大輔 : 編集者・ライター)