シャープの堺工場。一度手放した同工場を2022年に買い戻した(写真:記者撮影)

昨年来悪化していた半導体市況は早くも底打ちした。今、世界規模で起きているのが官民入り乱れた半導体工場の投資合戦だ。『週刊東洋経済』の10月2日発売号(10月7日号)は「半導体 止まらぬ熱狂」を特集。熱狂する半導体業界を取材した。日本でも、この局面を最大のチャンスと捉え、矢継ぎ早に戦略が打ち出されている。戦略物資と化した半導体の今に迫った。


違和感のあるイベントだった。シャープは8月、東京・丸の内で「シャープ・テックフォーラム」を開催した。そのテーマは、半導体だ。

基調講演に立ったのは、親会社である台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業で最高半導体戦略責任者を務める蔣尚義氏。TSMCの副社長として研究開発を主導してきた人物で、昨年11月に鴻海が招聘した。

ほかにも、大学の半導体研究者や経済産業省の金指壽(かなざしひさし)情報産業課長らが登壇。会場の前列には、シャープの呉柏勲社長の姿もあった。

このイベントの開催目的についてシャープは「創業111周年という記念すべき年に、関心が高まる半導体の最新動向を伝えるため」とするが、今の同社に半導体関連の事業はほとんどない。

かつては半導体事業を行っていた

かつてはシャープも液晶とともに半導体に注力していた。任天堂のゲーム機器向けが中心で、1990年代にはまだベンチャー企業だった英アームとも提携している。だが、その後液晶へと経営資源を集中し、半導体事業は縮小。「当時の半導体技術者は、ほとんど液晶や太陽光パネル事業に異動した」(シャープOB)。

現在は液晶パネル関連の半導体の開発をする程度で、それも鴻海の下での構造改革の一環で2019年に分社化。20年には、広島県福山市の半導体工場が売却され、三菱電機のパワー半導体工場に転用されている。

「あのイベントは、ビッグボスの強い意向だ」と、あるシャープ関係者は語る。シャープにとってビッグボスとは、鴻海の元董事長で創業者の郭台銘氏ただ一人を指す。郭氏は現在、台湾総統選挙への出馬を表明し経営から身を引くが、隠然として影響力を持つ。

足元で鴻海が頭を悩ませているのが、シャープの業績不振だ。23年3月期決算は2608億円と巨額の最終赤字に陥った。現在の鴻海経営トップ、劉揚偉・董事長もここ数カ月で複数回来日。シャープ本社を訪問しテコ入れをせかしている。

赤字の原因は、22年6月に再度子会社化した液晶パネルの製造会社、堺ディスプレイプロダクト(堺工場)の不振だ。シャープは12〜16年に同社株の大部分を郭氏の投資会社に売却したが、22年2月に突如再子会社化を発表した。


液晶パネル市況が改善しない中、鴻海が注目したのが日本の半導体政策だ。複数の政策関係者は、堺工場を半導体用に転用できないか、という話が選択肢の1つとして浮上していると語る。

カギを握る「チップレット」

カギを握るのは、半導体のパッケージング技術「チップレット」だ。機能が異なる複数の小さなチップをブロックのように組み合わせて、1つのパッケージにする。半導体の微細化が限界に近づくといわれる中、性能を引き上げる別の技術として注目が集まる。その際、従来のシリコンや樹脂の基板ではなく、ガラス基板を用いる流れがある。その製造に、技術的に類似する液晶のラインを活用できないかというのだ。

とはいえ、「堺工場は液晶用に特化しており、完全な転用は容易ではない。補助金をもらい、稼働率が下がったラインを自分たちで一部半導体用に転用するのが落としどころでは」(シャープ元幹部)との指摘もある。

事業再建の道が険しい中、国を挙げた半導体戦略はシャープへの助け舟となるか。


(印南 志帆 : 東洋経済 記者)
(梅垣 勇人 : 東洋経済 記者)