日銀がマイナス金利を解除したら株価はどう動くか(撮影:今井康一)

2016年1月に日銀が導入した「マイナス金利政策」は、現在の大規模金融緩和の大きな柱の1つです。足元のマーケットでは、早ければ年内にも日銀がマイナス金利の解除に動くとの見方も広まりました。そこで、日銀の金融緩和からの転換時期とその前後の株価の行方について解説しましょう。

マイナス金利がよくわかる身近な事例

日銀は、9月22日の金融政策を決める会合でマイナス金利政策の維持を決定しました。マイナス金利は、民間の銀行が日銀に預けている日銀当座預金の一部に適用されるものです。マイナス金利について身近な例から説明しましょう。

皆さんが通信販売で商品を買ったとします。代金を自分の口座があるA銀行から、別のB銀行の口座に振り込まなければならない場合に、日銀当座預金が関係してきます。

このような銀行間の決済では、実際の銀行では1件ずつ処理が行われるのではなく、たくさんの決済がまとめて処理されます。決済がまとめられた結果、銀行間の受払に差額がでますが、この差額受払の処理はAとBの銀行間で直接行わず、それぞれの銀行が持つ日銀当座預金の口座が使われます。

マイナス金利とは、それぞれの銀行が持つ日銀当座預金の「一定額を超えた部分」に、マイナス0.1%の金利が適用されることです。お金を預けている銀行が、日銀に金利を支払うことになります。ですから金利の支払いを避けたい銀行が日銀にお金を預けることを控えて、その分を企業への貸し出しや投資に回すと見込まれます。これが経済の活性化につながると期待されるのです。

しかし、マイナス金利は長期で続けると弊害があると言われます。お金を貸した人が、借りた人に金利を支払わなければならないということは経済の合理性に反しているからです。貸した人は、お金が返ってくるまでの間は「お金を使いたくても使えない」という不自由があります。また「借りた人が返してくれないかもしれない」リスクも負担しているのに、貸した人が金利を支払うのは不自然です。

また、金利をあまりにも低く設定することは、企業が経営の質を高める面でデメリットにつながります。お金を借りても支払う金利がわずかで済むなら、それを上回って、収益をあげなければならないハードルが下がるからです。

マイナス金利はコロナ禍で経営が厳しい企業への支援の面もありました。しかし、コロナ禍から回復に向かう環境なのに、企業が収益性を高める努力を怠ると、無理して破綻せずに生きながらえている「ゾンビ企業」が増えてしまい、わが国全体で見た企業の価値が高まらない原因にもなります。

低迷する「日本の1人当たり労働生産性」

昨年12月に日本生産性本部から「労働生産性の国際比較2022」が公表されました。その内容から2021年の日本の1人当たり労働生産性は、欧州やアメリカなどを含んだ先進国で構成されるOECD(経済協力開発機構)加盟の38カ国のうち29位に落ち込んでいます。

例えば、工場で製品を作るには原材料に加えて、ガスや電気なども必要です。これらを使って人間が手を加えることにより製品が完成します。この製品の販売価格から原材料や燃料など労働力以外で費やされた金額をさし引いた額が、製品を作るために加えられた「労働力の金額(価額)」となります。1人当たり労働生産性を簡単に言えば、このような労働力の金額を1年間で合計して、1人当たりで算出したものです。

この1人当たり労働生産性ですが、賃金水準と深いつながりがあります。「生産性が低いなら、それに見合った低い賃金しか得られない」という関係があるのです。至極あたりまえなのですが「働いた成果が小さければ、それに見合う賃金しかもらえない」ということです。

実際に、OECDが公表した2021年の平均年間賃金では、日本は24位でした。労働生産性とおおむね同じくらいの順位です。今後、わが国で賃金が本格的に継続して上がるには、労働生産性を高めていかなければなりません。

わが国の労働生産性が低い理由について、デジタル化の遅れなどさまざまな説がありますが。本質的な理由は大きく2つあります。

1つは人が適所に配置されにくいことです。例えば、会社員をしていると身の回りで、人手が足りなくて忙しすぎる部署もある一方、言葉は悪いですがヒマな部署でたくさんの人を抱えているケースもあります。人材の流動化が十分といえない状況で、会社内でも適材適所への異動が難しい場合が多いようです。

会社から広げて業界の面から見ても、人がだぶついている業界もあれば、建設業、飲食後や運送業など人手不足の業界は、なかなか人材が供給されない状況です。人が余っている部署や業界が多いと、生産性の低い会社員も多くなって、日本全体の平均値で見た労働生産性は低いものとなります。

2つ目の理由は、マイナス金利政策とも関係します。金利が低すぎるとゾンビ企業が生き残ってしまうというお話はしました。ゾンビ企業は倒産せず、雇用を守るという観点では社会的に評価できる面もあります。しかし生産性の面から見ると良いとは言えません。収益を生まない企業なら、そこで働いている従業員の生産性は低いため、わが国の労働生産性の全体の平均値を押し下げてしまいます。

賃金の伸びが物価高の勢いに追いつかない

今までわが国の賃金が上がらなかったのは、こうした原因があったからです。しかし足元で、ようやく賃金が上昇してきました。日本労働組合総連合会(連合)が7月に発表した春季生活闘争(春闘)の最終集計で2023年の賃上げ率は3.58%、30年前の1993年(3.90%)以来の上昇です。

こうした賃金の伸びは、まだ物価高の勢いに追いついていません。厚生労働省が9月8日に発表した勤労統計調査からは、1人当たりの賃金は物価を考慮した実質で前年同月比2.5%減と、16カ月連続マイナスでした。

日銀が大規模金融緩和を解除するには、「賃金の上昇を伴う形で」の2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することが条件とされています。「実質賃金のプラス転換」が緩和解除のポイントとなるでしょう。

足元では、植田和男日銀総裁が9月9日の読売新聞のインタビューで金融緩和解除に向けて「年末までに十分な情報やデータがそろう可能性はゼロではない」と発言したことで、年内のマイナス金利の解除までを予想する見方も見られます。

しかし、筆者はマイナス金利の解除の時期は来年の7月あたりと見ています。これまでの円安や原油高、小麦などの原材料高が、遅れて価格転嫁されてきたことで、さまざまなモノの値上げが進んできました。しかし、こうした値上げが一巡した後は、実質賃金が回復に向かうと見られます。来年の春闘での賃上げを確認したタイミングで、日銀がマイナス金利を解除に向かうでしょう。

賃金が上がらなかった本質的な原因は、労働生産性が低いこと、とお伝えしました。今後はわが国の企業も収益性の改善に向けた努力が期待されており、それに連動して労働生産性が高まっていくと期待されます。労働生産性は短期的に改善が難しいものですが、長期的な改善方向が賃金上昇と2%の物価安定の持続的実現につながると見ています。

マイナス金利の解除前後で株価はどのように動く?

それではマイナス金利の解除前後で株価はどのように動くのでしょうか。
過去の金融緩和解除前後の日経平均株価の騰落状況を参考に考えてみましょう。

下表は足元から過去3回の金融緩和解除の場面です。3回のうちで最も古い1989年の緩和解除について、日銀は公定歩合を使って利上げを行っていました。公定歩合は日銀が民間の銀行に貸し出す金利のことです。預金金利が公定歩合に連動して決められていたため、公定歩合の水準の決定は重要なものでした。


表から当時の金融緩和解除前後の株価を見ると「緩和前」は好調に推移していました。一方、解除後は堅調な推移とはなりませんでした。利上げ自体は株価にマイナスのインパクトが強いことが理由です。

3回のうち最も新しい2006年の緩和解除の場面の株価推移も“1989年”の推移と類似点が多いと言えます。解除の前は好調な推移でしたが、解除後は下落しました。

一方、2000年の緩和解除では前後の株価は下落しています。これは1999年までのITバブル崩壊の影響を受けた形です。内閣府が公表する景気基準日付で見ると、当時の景気のピークが2000年11月ですから、その3カ月前に行われた緩和解除時には、すでに株価は景気減速を織り込み下落している状況でした。

1989年と2006年の緩和解除はそれぞれ対応する景気のピークが1991年2月、2008年2月となっています。緩和解除のタイミングから見ると、そこからずいぶん先にピークを迎えます(1989年当時は21カ月先、2008年は23カ月先)。そもそも緩和解除は景気が正常化に向かう段階で行われるものですから、こうした傾向は本来、整合的なものです。

筆者は、来年の7月あたりがマイナス金利の解除の時期と見ていますが、今回の緩和解除も1989年と2006年と同様の株価変動のパターンを予想しています。金融緩和解除に向けて好調な株価が期待されます。

(吉野 貴晶 : ニッセイアセットマネジメント 投資工学開発センター長)