スマホの普及などで、現代人の脳には疲れがたまっているといいます(写真:Claudia/PIXTA)

スマホ依存で、多くの人の脳が疲れている中、改めて睡眠の大切さが注目されています。どうすればたまった疲れや、老廃物(ゴミ)を取り除き、脳の健康を取り戻すことができるのでしょうか。日本認知症学会専門医・指導医 おくむらメモリークリニック理事長の、奥村歩氏の新著『スマホ脳・脳過労からあなたを救う 脳のゴミを洗い流す「熟睡習慣」』を一部抜粋・再構成し、お届けします。

睡眠を妨害すると脳は疲労する

世の中のデジタル社会化が進んで、人々の生活スタイルも大きく変化してきました。この流れは今後もさらに加速していくことでしょう。

すでに今、老若男女を問わず、多くの人があたりまえのように、スマホを「生活に欠かせない日常のツール」として活用しています。各種手続きなどのオンライン化やネットショッピング、キャッシュレス決済など、日々の生活で多くの人がその利便性を実感しています。

しかし、そうしたデジタル社会は、便利になった一方で、これまでとは違う思わぬストレスを生み出し、私たちの脳をとても疲れさせているのです。

今の社会生活は、デジタル化、コミュニケーション不足、高齢化などの要素が重なり合っています。脳のメンテナンスを意識的にやらなければ健康を保てないほど、多くの人が脳過労の状態にあります。

では、どうしたら脳をメンテナンスすることができるのでしょうか。

脳過労状態にある脳の健康を取り戻すために注目されているのが「睡眠」。それも、ただ眠ればいいというのではなく、「ぐっすり眠る」熟睡習慣こそが大切です。

現代社会、脳や身体には何が起こっているのでしょう。

脳過労で睡眠の質が低下し、睡眠で脳をリフレッシュできないことで、睡眠不足に比例してさらに脳過労が進行します。脳過労と睡眠負債は表裏一体なのです。

そして、睡眠の質の低下は、継続的な睡眠不足となって日中のパフォーマンスを低下させ、積み重なった睡眠不足は睡眠負債となって心身の健康を脅かします。

また、高齢化社会と言われる中、コロナ禍などの影響もあって高齢者の生活スタイルが変化してきている点も侮れません。ほかにも、脳過労と睡眠負債のスパイラルで、不定愁訴(ふていしゅうそ)と呼ばれる多様な身体の痛みや不調、不眠、うつなどの症状が起こります。

眠りと心身の健康は関係がある?

ただ、これらの症状は、脳過労や睡眠負債が原因であると気づかないことも少なくないのです。そのため、根本的に改善されることなく、症状が長期化してしまいがちです。

以前から、「眠りが心身の健康と関係があるのでは?」と言われてきました。しかし、なかなかその関係をはっきり実証することは難しかったのです。

ところが最近は、「良い睡眠がとれれば、脳の健康が保たれる」ことについての、具体的な研究結果が多く見られるようになりました。ひと言で言えば、「良い睡眠は脳をメンテナンスする」。つまり、良い睡眠がとれていれば、脳過労は飛躍的に軽減できるということに注目が集まってきています。

普段、規則正しく7時間睡眠をとっている人が、ある夜に限り、何らかの理由で5時間睡眠になってしまったとします。2時間、睡眠が足りなくなってしまいました。ただこれは睡眠不足であって、睡眠負債ではありません。一晩だけの徹夜などもそうです。

しかし、こうした睡眠不足が何日も続き、数日から数週間、睡眠不足が慢性化するようになったとき、それは睡眠負債になります

睡眠負債は脳過労同様に、もの忘れや心身の不調などを引き起こします。放置するといずれは認知症になるリスクを高めるので、早期の発見・対応が必要です。

「睡眠不足なんて一晩ぐっすり眠れば大丈夫!」

……そう思っている方もいらっしゃるでしょう。一晩ぐっすり寝て解消できるのであれば、睡眠負債の心配はいりません。

ただその一方で、

「ちゃんと眠ったのに、起きた後もぼんやりする」

「早くにベッドに入ったのにいつまでも寝つけない」

「ぐっすり眠れなくて、途中で何度も目が覚めてしまう」

などといったことが起こるようなら、それは疲れた脳が引き起こす睡眠障害で、それを改善する策が必要です。

睡眠負債になってしまうと、2、3日睡眠時間を増やしたところで睡眠不足の状態を解消することはできません。睡眠負債解消には、3〜4週間程度、十分な睡眠時間をとる必要があるという実験報告もあります。

なお、「寝だめ」で睡眠負債を防ぐことはできません。睡眠を寝だめで貯金したつもりでも、それを睡眠不足の穴埋めとして後から引き出すことはできないのです。

質の良い睡眠とは?

睡眠負債になってしまう前に、疲れた脳をメンテナンスする質の良い睡眠をとるためには何が必要で、何に注意するといいかを説明します。

まず「時間」です。

当然、短かすぎる睡眠はNGです。睡眠には「ノンレム睡眠」と「レム睡眠」という2種類のタイプの違った睡眠があり、これがセットになった「睡眠サイクル」が一晩のうちに4〜6回繰り返されます。これらが適切に繰り返されるには、ある程度の「時間」が必要です。

もう1つ、時間といっても「何時間寝たか」だけでは、睡眠の質は測れません。人間の脳は、「暗くなったら寝て、朝日とともに起きる」という太陽の動きに合わせて眠り、目覚めることで活性化されます。これを「概日(がいじつ)リズム」と言いますが、このリズムにあった睡眠でないと、脳も身体もしっかりリセットしきれません。

次に「どういった環境で眠るか」も大事です。快眠の3条件は「暗さ」「静けさ」「快適な室温」と言われています。

「ベッドに入ってもなかなか眠れない」「寝たはずなのに眠りが浅い気がする」というなら、寝室の環境をチェックしてみてください。照明が明るすぎるのはいけませんが、真っ暗が良いか悪いかは賛否が分かれます。真っ暗が好みの方は、OKです。

しかし、暗すぎて不安を感じるタイプの方は、オレンジ色など暖色系でほのかな明かりを灯してください。また、寝室が暑すぎたり寒すぎたりするのも睡眠の質を下げてしまいます。

【快眠の3条件】

・暗さ、静けさ、快適な室温

【真っ暗で眠れない場合は?】

オレンジ色など暖色系でほのかな明かりを。

そして、一番大切なのは「ぐっすり寝」。

ぐっすり眠ることで、たまった疲れだけでなく、老廃物(ゴミ)を睡眠中に効率よく除去することができ、認知症を予防してくれます。

しかし、この「ぐっすり寝」を妨げてしまう大きな原因の一つが、スマホやパソコンの画面から放たれるブルーライトです。

通常、夜になると、体内時計の働きで、「メラトニン」と呼ばれるホルモンが増えて入眠へと誘います。メラトニンは松果体から分泌され、概日リズムの調節作用を持つホルモンです。しかし、眠る直前のスマホのブルーライトが眠りのリズムを狂わせてしまいます。さらにブルーライトの光はメラトニンの分泌を減らし、交感神経を刺激して脳を覚醒モードにしてしまいます。

睡眠が脳や全身の病気にストップをかける

睡眠が注目されている理由は、脳過労や不眠、うつ、高血圧や糖尿病、ストレスなどといった生活習慣が原因の心身の不調や、脳卒中、MCIといった脳のトラブル、そしてそれらを放置すると認知症へと続いてしまう「ドミノ倒し現象」にブレーキをかけられる、とされているからです。特に、「中高年のうつ病は認知症のリスクを2.1倍も上げてしまう」と言われています。

今こそ睡眠の役割を見直しましょう。


「眠らないことは軽度の脳損傷。眠ることは脳の掃除」だと心得て、「熟睡で脳の機能をリセットし、最適化することで、心身の活力を取り戻す」ことから始めてください。生活習慣病予防や、認知症のリスクを減らす生活へとつながります。

まず、良い睡眠の基準となる睡眠時間は、前述したように、7時間とも8時間とも言われます。個人差はありますが、それより明らかに短いと、眠っている間の脳の状態の変化や眠りの仕組みから見ても、良い睡眠はとれていない、と考えていいでしょう。

もう一つ、良い睡眠の目安となるのは「熟睡=ぐっすり寝」ができているかどうか。熟睡できていれば、睡眠時間が少し短かったとしても脳過労は軽減できます。逆に、早くからベッドに入っていても、入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒、熟眠障害などの睡眠障害があると、睡眠負債となり脳過労は解消されません。

(奥村 歩 : 日本認知症学会専門医・指導医 おくむらメモリークリニック理事長)