「何を攻撃すべきか」を免疫システムに教えるワクチンとは逆に、「何を攻撃してはいけないか」を教えることで自己免疫疾患を治療できる可能性のある技術が、査読付き科学誌・Nature Biomedical Engineeringで発表されました。

Synthetically glycosylated antigens for the antigen-specific suppression of established immune responses | Nature Biomedical Engineering

https://www.nature.com/articles/s41551-023-01086-2

“Inverse vaccine” shows potential to treat multiple sclerosis and other autoimmune diseases | Pritzker School of Molecular Engineering | The University of Chicago

https://pme.uchicago.edu/news/inverse-vaccine-shows-potential-treat-multiple-sclerosis-and-other-autoimmune-diseases

免疫系が正常な人の体内では、ウイルスなどの侵入者やがんから身を守るため、T細胞という免疫細胞が病原体や悪性の細胞の表面に存在する抗原を識別して攻撃します。しかし、自己免疫疾患の患者の体内では、T細胞が正常な細胞上に存在する分子である「自己抗原」を標的にしてしまい、その結果健康な細胞が免疫による攻撃にさらされてしまいます。

その一例が多発性硬化症で、T細胞がニューロンの保護膜であるミエリンを攻撃してしまうことでさまざま神経障害が発生します。このほか、インスリンを作る細胞が免疫系に破壊されてしまう1型糖尿病や、関節の組織が攻撃対象になる関節リウマチなど、現代では多くの人が自己免疫疾患に悩まされています。



一方、血液をろ過して細菌など危険な外来性抗原と食べ物や体細胞由来の自己抗原を区別しなければならない肝臓には、無害な抗原をT細胞に提示して攻撃対象ではないと教える「末梢性免疫寛容(まっしょうせいめんえきかんよう)」という機能があります。

シカゴ大学プリツカー分子工学大学院のジェフリー・A・ハベル氏は以前の研究で、N-アセチルガラクトサミン(pGal)という糖の一種で分子をタグ付けすると、その分子が肝臓に送られて安全だと認定されることを突き止めていました。

さらに、ハベル氏らは今回の研究で、多発性硬化症を引き起こしたマウスのミエリンタンパク質をpGalと結合させる実験を行いました。その結果、免疫系によるミエリンへの攻撃を停止させることに成功しました。ハベル氏によると、炎症がすでに進行した後でも治療できることが実験で示されているとのこと。



現行の自己免疫疾患の治療には免疫を抑制する薬剤が使われますが、感染症に対抗するために必要な免疫反応もブロックされてしまうため、副作用のリスクが伴います。一方、今回の研究で開発された「逆ワクチン」は特定の抗原の免疫のみを抑えるため、副作用が少ない治療法になると期待されています。

この研究に基づく「糖鎖修飾抗原治療薬」は、小麦や大麦などに含まれるグルテンが原因となるセリアック病の患者の治験で安全性が示されており、多発性硬化症を対象とした第I相安全性試験も進められています。

ハベル氏は「臨床的に承認された逆ワクチンはまだありませんが、私たちはこの技術を前進させることに非常に興奮しています」と話しました。