「国際卓越大学」に内定した東北大学。国から若手研究者の安定雇用を推進する「テニュアトラック制度」の方針などが高く評価されたが、その実態は本来のテニュアトラック制度とはかけ離れていた(写真:route134/PIXTA(ピクスタ))

「変革への意思や体制強化計画が評価された。大変光栄に思うとともに、身の引き締まる思いだ」

9月1日、政府の10兆円ファンドの支援対象となる「国際卓越研究大学」の最終候補に選ばれた東北大学の大野英男学長は、記者会見で喜びを語ると同時にそう自己評価してみせた。正式認定にはまだプロセスが残るが、東京大学や京都大学を差し置いて事実上、卓越大の第1号に内定した。今後、長期にわたりファンドから年間数百億円の支援を受ける見込みだ。

政府からの覚えがめでたい

文部科学省が公表した審査結果の東北大学の箇所を読むと、若手研究者が挑戦できる機会の拡大に向けて若手の安定雇用を推進する「テニュアトラック制度の全学展開を図っていること」が、評価ポイントの1つとして挙げられている。

テニュアトラック制度とは、平たく言えば若手研究者をまず試用期間にあたる3〜5年程度の有期雇用で雇い、公正な審査を受ける機会を与えて、それに通過すれば終身雇用を意味する「テニュア」のポストに登用するというもの。発祥はアメリカの大学で世界的にも広く普及しており、文科省も制度として明確に定義している。

研究の世界では終身雇用のポストの数が乏しく、若手研究者は優秀でも長らく有期雇用の不安定な立場にあることが多い。そのため、若手研究者が頑張り次第で終身雇用になれるテニュアトラック制度の導入状況は、政府も大学を評価する際に重要視している。

東北大学では2018年からテニュアトラック制度の導入を広くアピールしてきた。ところが、「実際にはほとんどテニュアに登用していない」という指摘が在籍していた若手研究者から相次いでいる。

東北大学が言う「テニュアトラック制度」は、本来の姿とは乖離した「名ばかりテニュアトラック」の疑惑がぬぐえない。真相を究明するために、東北大学の理事、在籍していた研究者らに直撃した。

「東北大学テニュアトラック制度」の創設を発表したのは、2018年9月のことだ。具体的には、若手研究者をメインとする学際科学フロンティア研究所(学際研)の教員公募にテニュアトラック制度を導入した。翌年度以降にはこの制度に基づき、物質材料・エネルギーや生命・環境など6つの研究領域で若手研究者を採用していくというものだった。

だが、実際に入った複数の若手研究者らの証言によると、採用された職員のうちテニュアになれているのはほんのわずかで「10人に1人くらい」「1割もいない」という。

初めからノーチャンスの事例も少なくなかった

テニュアへの登用率が低いという以前に、東北大学における最大の問題はテニュアへの登用審査すら行っていないケースが多発していることだ。テニュアトラック制度では、本来、テニュア審査に合格した場合に備えて、テニュアポストの空きをきちんと確保したうえで募集をかけるのがあるべき姿だ。だが、東北大学テニュアトラック制度ではさまざまな分野で、そもそもテニュアのいすを用意せずに職員を公募してきた。

するとどうなるか。若手研究者がどれだけ頑張っても、テニュアにはなれないことが初めから決まっているわけだ。在籍していた複数の若手研究者が、「テニュア審査を受けるためにポストの照会をしてもらったが、(受け入れ先となる工学部や理学部などの)部局にポストの空きがないので却下され、そこで終わった」と証言している。

東北大学に、東北大学テニュアトラック制度でこれまでやってきたことに問題がないかを問い合わせると、理事・副学長(研究担当)の小谷元子氏が取材に応じた。

小谷氏はまず、「東北大学テニュアトラック制度は、一般的なテニュアトラック制度ではない」と主張した。禅問答のようだが、小谷氏は「東北大学テニュアトラック制度は、大学の中で少しでもテニュアトラックを増やしたくて、(学内の)各部局に考えてもらうためにつくったもの」「公募要領にも東北大学の『テニュアトラック推進に関する方針により』と書いている。外部には(一般と同じ意味での)テニュアトラック制度だとは申していない」と説明する。

確かに、公募要領を見ると任期のところに、「東北大学のテニュアトラック推進に関する方針により、任期終了時点で極めて顕著な業績を挙げ優秀と判定された場合で、かつ学内の研究科・研究所等の採用計画と合致した場合は、審査により当該研究科・研究所等の准教授として採用することがある」と記されている。

しかし、ここに書かれているのはあくまでも准教授の採用の話で、内容も抽象的だ。東北大学テニュアトラック制度が一般のテニュアトラック制度とは違うという記述も、テニュア審査を受けられないケースが普通にあるという説明も、どこにも書かれていない。

説明の有無に食い違い

この点を尋ねると小谷氏は「面接の中でも、東北大学テニュアトラックは一般のテニュアトラックとは違うということは丁寧に説明しているので、誤解はないはずだ」と話す。

ところが、面接を受けて東北大学に在籍していたある若手研究者に確認すると「そのような説明は聞いた記憶がない」と断言する。この研究者は公募要領などを見て「普通じゃない」ことに気づいていたという。ただ、「受験者の側から詳細について確認や質問をすることは事実上不可能だ。余計なことを聞けば選考で不利益になるかもしれない」と話す。

小谷氏に、この証言を基に改めて、本当に採用過程で若手研究者らに十分に説明してきたのかを問うと、今度は一転して「テニュアトラックとして公募しているのではなく、学際科学フロンティア研究所の教員として公募している。テニュアトラック職として採用するとは一度も言っていないので、テニュア審査(があるかどうか)については説明をする必要がない」と主張が変わった。

しかし、東北大学テニュアトラック制度が始まった当時のプレスリリースを見ると、「本制度(東北大学テニュアトラック制度)の創設を踏まえ、学際科学フロンティア研究所の教員公募を開始します」とはっきり記されている。


2018年の「東北大学テニュアトラック制度」創設のリリース。一般的な制度とは異なることは記されていない(記者撮影)

そもそも、小谷氏が主張するように東北大学テニュアトラック制度が一般のテニュアトラック制度とはまったく違うものであるのならば、元よりテニュアトラック制度を名乗るべきではない。

政府からの評価を得たり、優秀な若手研究者を集めたりするために「外部から見れば立派にテニュアトラックをやっているように装う意図」がなければ、その必要性もない。少なくとも、プレスリリースや公募要領には「東北大学テニュアトラック制度は、一般のテニュアトラック制度とは違います」と明記すべきだ。

なぜそのようにしなかったのかをただすと、小谷氏は「私はその当時の担当ではないので、なぜというところはわからない」と話した。

東北大学の手法の是非について見解を文部科学省に問い合わせると、「そうした状況は、これまで把握していなかった」(国立大学法人支援課)という。

KPIに必死になる事情

国際卓越研究大学の選考に限らず、国立大学は資金獲得のうえで厳しい競争にさらされている。2004年に国立大学が法人化して以降、政府から配られる安定的な基盤財源である運営費交付金は大きく減らされてきた。さらに、運営費交付金の分配にも、若手研究者比率や研究成果などに対する政府からの評価で傾斜がつけられるようになっている。

そのような中で、大学側も生き残りに必死だ。今回、取材に応じた過去の在籍者からは「財布を握る政府がテニュアトラック制度などを重視し、大学は政府がつくったKPI(重要業績評価指標)を懸命に追わなければならない。東北大学のやり方は良くないが、やむをえない面がある」という同情の声もあった。ただ、どのような事情があるにしても、健全なあり方ではないだろう。

なりふり構わずKPIを追わなければいけない構造がこのような事態を招いているのであれば、他大学も含めて不明朗な行為が行われている可能性がある。政府は資金の「選択と集中」を進めて大学間の競争を煽っているが、副作用による歪みにも目を向け、原因を顧みて対応を考えるべきだ。

(奥田 貫 : 東洋経済 記者)