銀座セカンドライフを率いる片桐実央氏によると、15年前に同社を設立したときと「シニア起業」をめぐる環境は大きく変わっているという(撮影:尾形 文繁)

主に定年退職した60代以上のアクティブシニア層を対象に起業支援サービスを手がける「銀座セカンドライフ」に近年、“異変”が起きている。2008年の創業以来、15年にわたり多くのシニア層の起業をサポートしてきた代表取締役の片桐実央氏によると、「実は5年前と比べて、50代の方の起業相談が増えているんです」というのだ。

企業戦士として長年活躍し、定年を控えた50代の現役世代が、なぜ今、起業に関心を寄せているのか。

起業ブームの主役は「50代」の現役世代

「実は今、起業相談に訪れる方が、5年前の約3倍に増えているんです」

片桐氏の口から出たのは、驚きの数字だった。これまでの経験やスキルを生かして新たなビジネスをやってみたい、というアクティブシニア層の起業ニーズは、これまでも一定数あったが、近年ではそのニーズが急増しているという。

さらに、片桐氏は言葉を続ける。

「相談者の年齢層も年々若返っていて、5年前に比べると、50代で相談にみえる方が非常に増えています」

東京商工リサーチの調査によると、全国の新設法人数は2020年以前まで13万件前後で推移していたが、2021年に14万4622社と過去最多を更新。翌2022年も14万2189社と、高水準が続いている。

そのプチ起業ブームを牽引する“主役”が、実は50代の現役世代であるという事実が、片桐氏の話から浮かび上がった。

片桐氏によると、50代が起業を思い立つ背景には、「会社での働き方への疑問」がある。「社内での立場もプレーヤーから管理職に回り、『ムダな仕事を自分がつくり出しているのではないか』『部下に迷惑をかけてしまっているのではないか』と感じ、気持ちよく働けなくなった、という声を聞きます」。

メンバーシップ型からジョブ型への移行、役職定年での年収の減額、さらに早期退職制度……50代のビジネスパーソンをとりまく環境は逆風だらけだ。

気持ち的にも体力的にも「まだまだできる」と思っていても、会社は子会社への転籍や再雇用などの道を用意しつつ「そろそろ後進に道を譲れ」と無言のメッセージを送ってくる。会社にしがみついても給料が下がるのであれば、「いっそ好きなこと、やりたいことで起業してみるか」と奮起したくなる心情は十分理解できる。

コロナ禍で起業しやすくなった側面も

コロナ禍も起業を後押しする要因となった。テレワークが普及して時間を確保しやすくなったことや、オンラインで相談が受けやすくなったことに加え、副業を推奨する企業も増え、副業制度の枠内で起業を検討する人が増えた。

女性の起業も増えており、「5年前は2割程度だったのが、現在では4割程度に増加していて、年齢が若いほど割合が高まる傾向にあります」と片桐氏。「50代の女性はキャリアも人脈も豊富で、起業でやりたいことも明確に持っている方が多いですね」。

1985年に男女雇用機会均等法が制定され、今年で58歳を迎える年代がその「第1世代」に当たる。女性活躍の道を切り開いてきたパイオニアでもある彼女たちが、次の活躍のステージとして起業に目を向けているようだ。

ただし、50代という年代は高校生や大学生、場合によっては中学生以下の子どもを抱え、家族のためにまだまだ稼がないといけない年代でもある。そのためか、「これまでの60代以上のシニア層と50代の現役世代では、起業へのスタンスもモチベーションも異なる」と片桐氏はその違いを指摘する。

「60代以上の方は年金収入がベースにあるのであまりガツガツしておらず、『経験を生かしてビジネスしたい』というスタンスの人が多い。それに対して、今の50代の方は『ビジネスしたい』より『稼ぎたい』が先にくる。定年後のキャリアプランを見据えて真剣に相談に来る方が多い印象です」

5年前と比べ、さまざまな点で身近になった「起業」。とはいえ、長年企業戦士として頑張ってきた50代の現役世代にとって一大決心であるのは間違いない。会社という守られた環境を離れ、自分1人で決断しながらビジネスを進めていくのは孤独であり、ストレスも多いことだろう。

「確かに、起業したての頃はナーバスになって、眉間にしわを寄せるような表情の人が多いですね」と、起業を目指す彼らを間近で見ている片桐氏は語る。とくに現役世代は人生を懸ける勢いで起業する人が多いので、顧客がつくまでの間はかなり不安にかられるようだ。

ビジネスが軌道に乗ると「顔つき」が変わる

起業した人を待ちかまえる、最初の大きなハードルが「営業」だ。とくに営業経験のない人にとって、自身の製品やサービスを知らない人に売り込むことは、心理的な負担が大きいという。

「人付き合いが苦手な人でも、自身のビジネスを売り込む営業は、成功のためには避けられません。とくに起業したての場合、お客さまはその製品やサービスを買うというより、それを売る『人』を買っています。まずは人の話を聞くだけでもいいから交流会に出かけましょう、とアドバイスしています」

それでも、徐々にビジネスが軌道に乗り、顧客が増えていくと、その表情に「変化」が表れるという。

「2年目、3年目と経験を重ねるごとに、自信がつき、周りも見えてきて、表情が穏やかになっていくのが、日々接しているとわかりますね。3年目くらいになると風格が出てきて、起業成功者として講演を依頼しても笑顔で引き受けてくれるんです」


(撮影:尾形 文繁)

起業は、その人の人格やマインドにもプラスの影響をもたらすようだ。

50代現役世代が、起業で成功するためのポイントは何だろうか。片桐氏によると、大きく3つのポイントがある。

第1に、「3年以内に現年収と同じ売り上げを目指す」という目安だ。

「例えば年収が700万円であれば、まずは3年以内に700万円の売り上げを達成する。実際にはそこから経費を引かれて手取りは減りますが、手に届きやすく、具体的にイメージしやすいので、指標としてお伝えしています」

第2に、「起業準備に時間をかけないこと」だ。

「起業アイデアを考えたり、起業準備をしている時間は楽しいものです。が、その後いざ売り込む段階になって、不安に陥って前に進めない人が少なからずいます」

片桐氏によると、ビジネスが順調に進んでいるかどうかはレンタルオフィスを見ていればわかるという。最初は起業準備のためにオフィスにこもっているが、2カ月目には営業のために外に出かけ始め、3カ月目にはほとんど見かけなくなるのが順調なパターン。いわば、起業家として立派に「巣立った」ということだ。

逆に、ずっとレンタルオフィスにこもってPCとにらめっこしている人は要注意だ。キャリアが豊富なだけあってパワーポイントなどの資料作りは上手なのだが、延々と資料作りやデータ分析などをしていては次のステップに進めない。前述のように、営業を躊躇せず、どんどん人と会って自社の製品やサービスを売り込むことだ。

うまくいかないなら3カ月でピボット

最後にもう1つ、片桐氏は、「当初のビジネスプランがうまくいかなかったら、3カ月で思い切って変える」というポイントを挙げる。3カ月でピボット(路線変更)とは早すぎるようにも思えるが、どういうことか。

「3カ月間、営業活動して反応を見て、まったくリアクションや引き合いがなかったら、それは3カ月続けても3年続けてもあまり変わらないんです。過去の事例からも、早めに切り替えたほうが成功の確度は高まります」

実際の事例として、あるエンジニア出身の人は、当初は高齢者向けの移動支援サービスで起業した。しかし、3カ月後には子どものプログラミング教室にピボットしていたという。180度の変わり身の早さに片桐氏もさすがに驚いたようだが、結果、そのプログラミング教室は新宿・横浜に教室を構え、順調に軌道に乗っている。

3年以内に現年収と同じ売り上げを目指す。3カ月でレンタルオフィスから「巣立つ」。3カ月で反応がなかったら思い切って事業をピボットする──こうして並べると、50代起業の成否は「3」というマジックナンバーに集約されるようだ。


起業を考えることは「50代の自分探し」

とはいえ、起業に関心を持ちながらも「自分のキャリアや経験で起業できるのだろうか?」と不安に思う人も少なからずいるだろう。片桐氏は「まずは起業する、しないにかかわらず今のうちに起業の情報収集をしておく」ことを勧める。

「余裕があれば1年くらい時間をとり、キャリアの棚卸し、起業アイデアの検討、事業計画書の作成などの起業準備を進めることを推奨します。そのことで、起業のためにやるべきことも見えてきます。ご家族のためにも、早めに動いたほうがいいですね」

起業に関心を持って片桐氏のもとに相談に訪れ、検討した結果、今の会社にとどまる決断をする人も少なくない。それでも、「今の仕事を何のためにやっているか、改めて考えるいい機会になりました」と晴れやかな表情になるという。

今日、「銀座セカンドライフ」をはじめ、無料の起業セミナーや起業相談などの機会は増えている。そこで起業準備のための情報を収集し、自身のキャリアを棚卸しすることで、本当にやりたいことは何なのかを考えることができる。

「自分探し」というと「今さら自分探し?」とネガティブに受け止められるかもしれない。ただ、50代という円熟期に差し掛かった今、「50代の自分探し」として起業を考えてみることは、自身の市場価値や可能性に気づくきっかけをくれるポジティブな体験となるだろう。

(堀尾 大悟 : ライター)