バンコクで観光客にとって利便性の高いスカイトレイン(BTS)。沿線には寺も多い(筆者撮影)

日本人の海外旅行需要回復のスピードは今ひとつ鈍く感じるが、人気の旅行先であるバンコクの交通事情が、いつの間にか格段に便利になっている。コロナ禍で日本人があまり海外へ出なかった頃、着々と新しい都市鉄道建設や既存路線の延伸が進められていたのである。

都市鉄道網が大幅に拡充

筆者がはじめてバンコクを訪れたのは1980年代であるが、当時は都市鉄道がなく、街中の移動はトゥクトゥクという三輪タクシーのみ、メータータクシーもなかったので、移動の都度、料金交渉が必要だった。路線バスはタイ語のみの表記なので、外国人観光客の利用はなかなか難しい。

すると、外国人観光客が街中を移動するといっても、ホテル周辺、繁華街、王宮など見どころのあるエリア、鉄道駅くらいに限られていた。当時のチャオプラヤー川には、悪徳の船頭も多く、料金交渉をしたにもかかわらず川の中央で船を停めて高額請求するなどのトラブルが多発していた。

しかし、現在はスカイトレイン(BTS)3路線、バンコク・メトロ(MRT)3路線、SRT(State Railway of Thailand、タイ国鉄)3路線の計9路線が走り回る都市にまで成長した。一部区間だけ開業していた路線も運行区間が伸び、新たな見どころへも鉄道移動できるようになった。すでにバンコク観光は鉄道だけで事足りるくらいにまで充実してきている。安心、安全、時間に正確、格安に観光が可能になっているのは喜ばしいことである。

スカイトレインは従来のスクンウィット線、シーロム線に、ゴムタイヤ式のゴールドラインが加わった。スクンウィット線とシーロム線は従来も観光客にとって利用度が高かったが、スクンウィット線は北側、南側とも郊外へ延伸され、今まで行きにくかったチャオプラヤー川河口に近いサムットプラカーン地区など、新たな観光スポットへも簡単にアクセスできるようになった。


スカイトレインで南の郊外サムットプラカーン地区へも簡単にアクセスできるようになった(筆者撮影)

車両は当初ドイツ製で、増備車は中国製となったが、再びドイツ製の増備車が投入されている。ゴールドラインはまだ短区間であるが無人運転で、タイ初の全面展望が楽しめる。

バンコク・メトロはブルーラインとパープルラインの2路線があり、今年2023年6月にモノレールのイエローラインが開業した(本稿は同線開業前、2月の取材に基づいている)。

従来、ブルーラインは中心部の地下区間のみであったが、大幅に延伸され、環状ではないが大江戸線に似た「の」の字の形状の路線になった。チャオプラヤー川を2回越え、1回は地下、1回は橋で渡る。以前はバンコク観光の中心となる王宮やワット・ポーへは鉄道でアクセスできなかったが、ブルーラインの駅開業で、簡単に鉄道でアクセスできるようになった。隠れた人気スポットのサムヨードにもお洒落な駅ができ、観光地に近い駅は駅のつくりも凝ったデザインとなった。


メトロ・ブルーラインのサムヨード駅は凝った造りだ(筆者撮影)

ブルーラインは新しいバンコクの鉄道の玄関であるバンスー・グランド駅も通る。徒歩だと距離があるが、タリンチャンの水上マーケットへも最寄り駅ができ、そこからバスかタクシー利用ならほんの数分でアクセスできるようになった。それまで陸の孤島的な存在だったトンブリ駅からのタイ国鉄路線とも接続駅ができた。ブルーラインの車両はドイツ製である。

パープルラインは日本製車両が走る路線で、現在のところ郊外の地上区間のみ運行、沿線に観光地はないが、中心部へ向けて延伸工事中で、ワット・サケットのあるエリアを通るので、いずれ観光客も日本製車両を頻繁に利用することになるだろう。


日本製車両が走る「レッドライン」

コロナ禍の間に開業したのがSRTのレッドラインである。すでにSRTにはスワンナプーム国際空港へ向かうエアポート・リンクがあり、同線はSRTのいわば在来線である単線非電化の東線に沿って高架で建設されたが、レッドラインはこれと同様の建設方法で、北線と南線に沿って建設された。

レッドラインには北線に沿うダークレッドラインと南線に沿うライトレッドラインがある。ともに郊外への通勤路線であるが、ダークレッドラインはドンムアン空港(LCC=格安航空会社の専用空港)を通るので、観光客にとっての利便性も高い。


SRTのダークレッドラインはドンムアン空港へのアクセス交通も担う(筆者撮影)

従来もドンムアン空港の前に駅があったが、長距離列車が通るだけで、空港アクセス列車を運行していたわけではないので、空港への足は格段に便利になった。ライトレッドラインは南線に沿うが、南線はバンコクから一旦西へ向かってから南へ方向を変えるので、西地域への郊外路線である。

ともにバンコクの新しい鉄道の玄関であるバンスー・グランド駅が起点で、ダークレッドラインはラッシュ時1時間に4〜5本、日中は3本、ライトレッドラインはラッシュ時1時間に3本、日中は2本の運行である。車両は日本製で、ダークレッドラインは6両編成、ライトレッドラインは4両編成である。バンコクの都市鉄道はドイツ製が主流だったが、レッドラインは日本の大手私鉄のような感覚で、日本人にも馴染みやすい路線である。ほとんどが高架なのでスピードもかなり速い。


ライトレッドラインは編成が短く4両編成だ(筆者撮影)


SRTのレッドライン車両は日本製で、窓が大きく眺望が良好だ(筆者撮影)

ちなみにエアポート・リンクは、当初空港アクセスを主目的として赤い急行車両と青い通勤車両を運転、途中駅で急行が通勤電車を抜き去るダイヤで、急行車両はトイレも装備していた。しかし、その後は利用者の多くが通勤客となり、全列車が各駅停車となった。急行待避はなくなり、トイレは使用停止になっている。

長距離列車発着駅の座を譲ったフアランポーン駅

バンコクの都市鉄道は充実し、移動が楽になったが、逆に不便になったのが長距離列車である。従来、タイ国鉄のバンコク発着列車は、すべて中心街にあるフアランポーン駅発着で、夕方ともなると多くの寝台夜行列車などで賑わっていた。


優等列車がなくなり閑散としているフアランポーン駅待合室(筆者撮影)

ところが、2022年12月から、普通列車と観光列車のみフアランポーン駅発着として残し、その他の列車はバンスー・グランド駅発着に移行したのである。フアランポーン駅は立地もよく、終点式のホームが旅情を誘い、自由に立ち入ることができ、物売りなども行き交っていたので、旅の起終点としての機能を持ち合わせていた。

一方、バンスー・グランド駅はコンクリートの要塞といった駅で、旅情のかけらもない。立地も不便である。改札は発車20分ほど前で、利用者はそれまで無味乾燥としたエリアで待たされる。構内は自動販売機中心で、ホームに売店があるわけでもないので、長距離列車利用にあたっての食料調達にも不便さを感じ、発着駅が変更になったことでのメリットは皆無であった。時間に余裕をもって駅へ行っても「やることがない」だけの駅である。建設に日本が関わっているだけに残念に感じる。


壮大なスケールのバンスー・グランド駅だが、風情などはなかった(筆者撮影)

あまりに大きな駅に対し、構内はガンガンに冷房が利いているほか、照明も相当な数である。タイ国鉄の運賃は激安なのに、電気代だけでも大変ではないかと心配になるほどである。今からでもフアランポーン駅発着に戻し、通勤鉄道のレッドラインと将来の高速鉄道のみこの駅を発着させたほうがいいと感じた。

駅には「バンスー・グランド・ステーション」と大きく記されているが、列車側面の行先表示には、「クルンテープ・アピワット・セントラル・ターミナル」とあり、国を代表する駅名表記がちぐはぐなのも困ったものだ。

現在のフアランポーン駅は普通列車と、週末などに運転の観光列車のみの発着となった。優等列車の発着がなくなった分、普通列車が増発されたわけでもなく、数多くあるホームは閑古鳥が鳴いていた。売店なども半減、荷物預かり所もなくなり、寂しさを感じずにはいられなかった。

同駅で目立つようになったのは、その雰囲気をカメラに収めようとする観光客や地元の人で、駅名版や発車の合図を鳴らす鐘(使われてはいない)はピカピカに磨かれていたのが印象的であった。

運営会社で運賃体系が異なる不便

話を都市鉄道に戻すと、便利になったものの課題もある。大きな課題は、スカイトレイン、バンコク・メトロ、SRT、それぞれ運賃体系が別で、切符も別々ということだ。加えて新たにできたゴールドラインはこれらのいずれともまた別の切符で、共通して利用できるICカードもない。


ゴールドラインはゴムタイヤ方式の新路線。スカイトレインの他2路線とは切符が別で、共通ICカードもない(筆者撮影)

外国人観光客なども不満に思っているようで、こんなことがあった。スカイトレインの1日乗車券を窓口で購入しようと、150バーツ(約617円)を出したところ、係員はスカイトレイン2路線の図を掲げ「この2路線しか乗れませんよ」と念を押し、こちらが納得してから発券した。

路線がたくさんあるのに1日券で2路線しか乗れないのは不自然で、ましてゴールドラインは同じ会社なのに切符が別なのである。

スカイトレインとバンコク・メトロは連携も希薄で、同じ場所にある乗換駅でも改札は別、さらに駅名も違う。スクンウィットとアソーク、シーロムとサラデーンは駅名は異なるが同じ場所である。


中心街をバックに高架を行くメトロのブルーライン。スカイトレインとは乗換駅でも駅名が違うなど連携は希薄だ(筆者撮影)

都市鉄道が充実しても「渋滞」は続く

バンコクの根本的な問題もある。アジア各国に共通するが、都市鉄道が完備しても、道路渋滞はまったく改善されないことだ。

東京在住でも車を所有している人は多いと思うが、かといって車を通勤に使わない人が多く、電車やバスを利用する。ところが、アジアでは、経済的に豊かになって車を購入したら、通勤も当然のように車を利用するという考えが大勢だ。逆に「通勤に使わないなら何のために車を購入したのか?」となる。郊外の駅ではパーク&ライドも実施しているが効果は限定的に感じる。


メトロが開通しても、直上の幹線道路はぎちぎちの交通渋滞だ(筆者撮影)

地下鉄が走る直上の幹線道路でさえ、車やモーターバイクで溢れ、さらに目的地へ乗り換えのないバスも行き交う。バスは同じ路線でも運賃の高い冷房車と、運賃の安い冷房のない車両も走らせているので、慢性的な渋滞が続いているのである。


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(谷川 一巳 : 交通ライター)