巨大IT企業には「別の顔」がある。市場の独占と秘密主義を危惧する、各国政府との攻防を記者が追いかけました(写真:當舎慎悟/アフロ)

新作スマートフォン「iPhone 15」の発表に、世界が沸いている。アップルは各国にまたがるユーザーからの圧倒的な支持を得て、今日も自らが構築したプラットフォームでサービスを提供し続ける。

だがこれらは、消費者が知る彼らの顔であり、アップルをはじめとする巨大IT企業には「別の顔」もある。とくにいま注目すべきなのが、市場の独占と秘密主義を危惧する各国政府との攻防だ。日米の現場から彼らを追いかけた読売新聞経済部記者による『国家は巨大ITに勝てるのか』の「はじめに」を特別公開する。

GAFAの別の顔

巨大IT企業を取材して、7年になる。2016年から3年間を日本で、2019年から3年間をアメリカで、2022年からは再び日本で巨大ITと政府の攻防を追っている。

時には国家側から巨大ITを、時には巨大IT側から国家をみてきた。便利ですばらしいサービスを提供する、アメリカの大きな企業。「GAFA」と呼ばれる巨大IT企業について、最初はそういう印象しかなかった。

グーグル、アップル、フェイスブック(現・メタ)、アマゾン・ドット・コムの総称、「GAFA」。グーグル検索は何かを探すのに便利だし、グーグルマップは外出時に必須だ。アップルのiPhoneはデザインが洗練されていて、本当に使いやすい。アマゾンのネット通販は必ずほしい物が見つかり、しかも配達が速い(フェイスブックは使っていない)。

そんなGAFAの別の顔を垣間見たのは、ある大手通信会社幹部の夜回り取材(夜に自宅などで行う非公式取材)がきっかけだった。アップルのiPhoneを扱う日本の通信会社はアップルと契約を結んで供給を受けている。ある晩、何とはなしにその件を尋ねると、「それは言えない」。その人の口が一気に重くなった。強力な守秘義務がかかっているようだった。その人は慎重に言葉を選んで言った。

「なぜ日本のキャリア(通信会社)が、アンドロイド端末より圧倒的に安い値段でiPhoneを売っているのか。なぜ日本だけiPhoneがこんなに安いのか。考えればわかるよね」

iPhoneの過剰な値引き販売が問題となっていた時期。その口ぶりは、アップルから販売面で何らかの圧力を受けていることを示唆していた。禅問答のようなやりとりが続いた後、その幹部は「私は何も言っていないから」と念を押すように言った。

通信会社は、日本では巨大企業と言っていい存在だ。その幹部をここまで恐れさせるアップルとはいったい、どんな企業なのか──先進的でカッコいい企業、というイメージしかなかった私は、アップルの別の顔に触れた気がした。

複雑で、強く、秘密主義

その後、IT業界を取材していると、アップルやグーグル、アマゾンの周辺でさまざまな問題が起こっていることがわかってきた。しかし、そうした問題を調べようとすると、驚くほど手がかりが少ない。GAFAが自ら丁寧に教えてくれるわけがないし、そもそも彼らに取材を依頼してもほとんど答えが返ってこない。

いろいろな情報を当たっていると、唯一、確かそうな情報が見つかった。それは日本政府、経済産業省や公正取引委員会(以下、公取)が出した報告書だった。

おぼろげに見えてきた彼らのビジネスモデルは複雑で、わかりにくかった。彼らは消費者と企業をつなぐ場、プラットフォームを運営し、消費者が使うプラットフォームと、企業が使うプラットフォームという2つの顔を持つ。問題の多くは、企業向けの「顔」で起きているようだった。中小企業は巨大ITの世界で取引を失うのを恐れ、声を上げられない。取引企業の声は消費者には伝わりづらく、問題は見過ごされているように思えた。

政府の報告書を読んでも、彼らのビジネスはまだまだ得体の知れないブラックボックスだった。しかし、政府関係者を取材すると、それは政府も同じだった。これまでとはまったく異質な企業を前に、政府ですら戸惑っているのだった。

彼ら巨大IT企業と渡り合える存在は、国家を統治する巨大機構、政府しかないように思えた。しかし、政府でさえ巨大ITの前では頼りなくみえる。選りすぐりのエリート人材、それによって生み出される、精巧なビジネスモデルと巨額のマネー。プラットフォームに集まる企業に課されるルールは、あたかも国家の法律のように機能し、そこに住む者を統べる。それに比べて国家のシステムは古くさく、時代遅れに思えた。

「巨大ITは独占禁止法(以下、独禁法)を一番、怖がっている」

そう聞いた私は、独禁法を所管する公取を精力的に取材した。しかし、「市場の番人」と呼ばれる公取であってもビジネスの全貌をつかみ、問題行為を法執行につなげるのは至難の業だった。彼ら巨大ITは強く、秘密主義だ。政府の言うことを素直に聞く相手ではなく、要求を無視することさえあった。

始まった国家側の反撃

そのうち政府=国家側の反撃が始まった。世界各国は独禁法の執行や規制強化で対抗。巨大ITは本性をむき出しにして抵抗し、国家と巨大ITの攻防は激しさを増した。

政府関係者は無自覚だったかもしれない。しかし私には、それはまるで国家が自らを脅かす存在を本能的に押さえ込もうとしているように見えた。

国家は司法、立法、行政の三権で統治されている。報道機関は政府を監視する役割を担う「第四の権力」と言われる。では巨大ITは?

グーグルの元CEO、エリック・シュミットらは2014年の著作『第五の権力』(ダイヤモンド社)でこう述べた。

「これからの時代は、誰もがオンラインでつながることで、私たち1人ひとり、80億人全員が新しい権力、つまり『第五の権力』を握るかもしれない」

インターネットは確かに、個人に力を与えた。しかし、それはIT企業が用意した巨大な手のひらの上で、にすぎない。そして今、巨大ITこそが国家も報道機関も寄せつけない、「第五の権力」として君臨している。

歴史上、類を見ない巨大企業に対し、一国家では立ち向かえないと、近年は国家が連帯して包囲網を築く動きも出ている。「超国家」ともいうべき巨大ITと国家が繰り広げるパワーゲーム。実は私たちは今、その渦中にいる。この本を読めば、そのことを理解していただけると思う。

AIでも主導権を握るのは巨大IT

そして──巨大ITは多くの顔を使い分けている。新型iPhoneや新サービスの華々しい発表。そこで見る彼らの顔は世界最先端の洗練されたテクノロジー企業だ。


だが、それは数多くある彼らの顔の1つにすぎない。彼らは消費者にはいつも慈愛の表情で応じるが、企業には時に残酷な表情をみせる。自らの領地にはライバル企業を寄せつけない高い壁を築き、貪欲に金を稼ぐ。優れた弁護士やロビイストを雇い、刃向かう者はたたき潰す。

2022年末、チャットGPTの登場で突如沸き起こったAIブーム。AIでも主導権を握るのは巨大ITであり、国家による規制をめぐって政府への働きかけを強めている。彼らはアメリカ資本主義の申し子だ。つまるところ、彼らを突き動かすのはビジネス拡大の野心であり、社会的な問題も損得勘定で判断しているように思える。

彼らが邪悪だとは思わないし、安易な巨大IT批判に与するつもりもない。ただ、何ごとにも光と影があり、光が強いほど影も濃くなる。便利なサービスの裏で本当は何が起きているのか、巨大ITの「正体」と、知られざる国家の攻防を明るみに出したい。

(小林 泰明 : 読売新聞記者)