阪神・尼崎駅の周辺は昔ながらの下町情緒が残っている(筆者撮影)

大阪や神戸のベットタウンで、約46万人が暮らす兵庫県尼崎市。この地はかつてキリン、森永製菓、クボタといった大企業の工場地帯として栄えた。一方、数年前までは暴力団の抗争が相次ぎ、違法風俗や違法ギャンブルが乱立するなど、負のイメージもついてまわっていた。

しかし、近年はJR駅前の大規模再開発などの効果もありイメージが一新。民間会社が調査した「穴場だと思う駅ランキング2022関西版」では、トップ5に尼崎市内の4駅がランクインした。

さらに今年は、この街の人々が愛してやまない地元球団・阪神タイガースがリーグ優勝を決めた。18年ぶりの歓喜に沸く関西屈指のデイープタウンの住民は何を思い、どのように暮らしているのか。現地で声を拾った。

タイガースファンの”聖地”


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昔ながらの“あま”(尼崎の略称)を今でも強く感じられる場所を挙げるなら、阪神・尼崎駅周辺となるだろう。駅を出ると、すぐに「尼崎中央商店街」に遭遇する。下町情緒が漂うこのエリアでは、近年ではチェーン店が進出してきているが、昔ながらの個人商店も依然として多く残っている。

そんな空気感に引き込まれるように頬を赤めた多くの地元住民が、平日の昼間にもかかわらず立ち呑みやで陽気に談笑していた。その中の一軒に立ち寄ると、常連客だという男性客が話しかけてきた。

「兄ちゃん、よそ者やろ? 顔見たら、いっぺんでわかるから俺らは(笑)。この辺は毎日こんな感じかって? 今年は昼からずっとこんな感じやわ。なんでかって、そら岡田・阪神が優勝するから。タイガースの本拠地は西宮市やけど、熱狂的なファンの数なら“あま”が一番。この辺の店は、阪神が勝った日は割引で飲める店が多いから、あま以外からもようけここに来て、飲んで帰るタイガースファンの“聖地”なんよ」

この言葉の通り、商店街には「優勝祈願 めざせ!!てっぺん」との大きな旗が掲げられていた。個々の店でも勝利した日は「ビール半額」「衣料品半額」など、セールやキャンペーンが至るところで行われていた。


商店街には阪神タイガースを応援する旗が掲げられている(筆者撮影)

贔屓球団の勝利を心から喜び、敗戦には時に厳しい意見をぶつける。「虎キチ」が集う名物商店街では、今年のタイガースの好調ぶりにより景気が上向いている、という声が共通していた。

阪神・尼崎駅でタクシーを捕まえようとしたがなかなか来ない。30分ほど待ってようやく拾うと、運転手はのっけから高めのテンションで話しかけてきた。

「今日は阪神の試合があるからか、ずっと出ずっぱり。もともと尼崎はバスの路線も充実していて、JRに阪神、阪急が通るアクセスの良さからも、タクシー不毛の地、とも言われとった。そやけど今年は試合のある日はずっとこんな感じやね。インバウンドや外国人客は多いかって? そんなことよりも、タイガースの優勝のほうが圧倒的に経済効果は高いから、この街は(笑)。

優勝した18年前も凄かったけど、今回もあの時にも負けない盛り上がり。実際に甲子園球場への送迎も多いし、試合後もみんな商店街で飲むから、夜でもタクシーは動く。タクシードライバーをやっているとね、ケチな人が多いと揶揄される尼崎の人たちも、今年はようけ街にお金を落としていると肌で感じますわ」

暴力団事務所は退去

阪神・尼崎駅周辺はかつて多くの暴力団が事務所を構え、抗争の現場にもなってきた。裏カジノなども点在し、「本サロ」と呼ばれる違法風俗も存在したという。それでも近年は県警や市の働きかけもあり、表向きには暴力団の事務所は退去した。グレーな側面は取り除かれつつある。

象徴的だったのは、60年超も「ちょんの間」として続いた「かんなみ新地」が2021年11月に一斉摘発されたことだ。以前は外国人観光客や全国各地から多くの男性客が足を運んだが、摘発を受けて周辺の環境は変わりつつあるという。

商店街の老舗飲食店の店主が、こう話す。

「違法風俗を目当てにした男性客や外国人客が商店街でもたむろしていてね、私らはえらい迷惑していたわけですよ。それで20年以上も前から、この街から違法風俗をなくせ!と言い続けてきて、やっとそれが実現しつつある。

観光客が増えて、大阪や京都みたいに商店街や街にお金を落としてくれるならいいんやけど、尼崎は結局そうはならなかったということ。大阪や神戸も近いのに、ホテルは少ないし、タクシーも全然おらへんやろ。つまり、観光客は尼崎にはほとんど来おへんということ。だから地域のお客さんを大切にせなあかんわけで、それは私らがずーっと意識してきたことなんよ」

地元の不動産会社に聞くと「阪急やJRだけではなく、近年では阪神・尼崎駅も開発が進んで需要が高まっている。大阪やなんばへのアクセスの良さを活かし、転勤者や単身赴任者にも人気のエリアになっており、今後もその傾向は続くと予測しています」と述べる。

再開発で近代的なエリアが誕生

混沌としてどこか雑多な印象を受ける阪神・尼崎駅周辺との対比でいうと、JR尼崎駅周辺は全く雰囲気が異なる。大手資本のショッピングモールが立ち並び、道路はきれいに整備され、車の渋滞も比較的少ない。近年建設された、高級マンションや大学なども進出し、非常に近代的なエリアとなっている。


JR尼崎駅周辺は道路も整備され、近代的な街並みになっている(筆者撮影)

この辺り一帯はキリンビールの大型工場跡地で、現在も開発が続いている。地元の居酒屋で話を聞いたところ、街の変化を以下のように表現した。

「尼崎って、大きく3つのエリアに分かれる。地元民の感覚でいうなら昔から武庫之荘を中心とした北側の阪急沿線は、お金持ちも多くていいところ。もともとは田んぼばかりだったけど、阪急電鉄が力を入れて開発したことで、住宅街として成功していった。

JR周辺には昔はボロボロの掘っ立て小屋がたくさんあって、キリンビールに支えられてきた街という感じ。そして阪神・尼崎などの阪神沿線は“ザ・尼崎”みたいイメージ。

それが2011年頃からJRの大型開発がどんどん進み、今はJR沿線の人気が高くなり、特に家族連れが増えてきた。以前のこの辺りを知る人間からすると、もはや同じ街とは思えへんよ」


JR尼崎駅とデッキで直結する商業施設(筆者撮影)

大規模再開発はJR尼崎駅だけではなく、例えばJR塚口駅周辺でも活性化している。塚口でも大型の商業施設が進出し、森永製菓の工場跡地などで再開発が行われ、駅周辺でも高級マンションが続々と建設中だ。また、JR立花駅周辺、阪神・出屋敷駅でも官民一体で開発は進む。長らくこの街を見てきた兵庫県会議員が、街の今後について展望する。

市の財政状況は良くない

「20年ほど前から開始された都市開発計画によりJR尼崎駅を中心に、塚口や阪尼といった地域でも開発が進んだ。その結果、新しいマンションがどんどん建ち、そこに若い世代の方々が移り住んでいるという流れですね。

一方で生活保護受給者の割合は、兵庫県下でもトップ。医療費も上昇傾向にあり、市の財政状況は決して良くはない。ごみ処理などの労働力も、外国人労働者への依存度が高くなっている。そういった行政の課題は多く残されています。

下町文化で育ってきた方が多いため、急速に開発が進んだことで、『どんどんあまらしさがなくなっていって寂しい』『街の変化についていかれへん』といった意見も多くいただきます。今後はより市、市民、民間の三者で協議しながら街づくりを行っていく必要性も感じますね」

イメージアップに成功して活気づくも、まだ多くの課題が残されている尼崎市。今後はさらにどのような変貌を遂げていくのだろうか。

(栗田 シメイ : ノンフィクションライター)