ロシア極東のボストーチヌイ宇宙基地で握手を交わしたロ朝首脳(写真・クレムリン報道局、GettyImages)

振り返ってみると、旧ソ連時代からロシアは北朝鮮をまともな外交の相手として扱ってこなかった。

独立前、北朝鮮の金日成は半島統一を急ぎ、支援者であるソ連を何度も説得しようとしたが、アメリカとの関係を重視する最高指導者スターリンはなかなか了解しなかった。最後は中国の毛沢東の承諾を条件に南進を認めたが、援軍を出したのは中国であってソ連ではなかった。

冷戦時代に北朝鮮はソ連との間で「ソ朝友好協力相互援助条約」を結んでいた。第三国からの攻撃に対し共同の軍事行動をとるという軍事同盟条約だったが、冷戦後の1996年に失効している。

北朝鮮への制裁にロシアは賛成していた

さらにソ連は冷戦終結後間もない1990年に、こともあろうに北朝鮮と対峙する韓国と国交を正常化した。北朝鮮には裏切り行為に見えたであろう。

苦境に追い込まれた北朝鮮は核兵器やミサイルの開発に生き残りをかけた。その動きを抑え込むために開かれた日米中ロと韓国、北朝鮮が参加する「六者協議」で、主役はつねに北朝鮮とアメリカ、そして主催国の中国だった。ロシアは本当に目立たない存在だった。

そればかりか北朝鮮の核実験や弾道ミサイル発射実験に対してロシアは一貫して批判的で、国連安保理の制裁決議には「国際法規を無視したことは国際社会からの非難に値する」などとして賛成し続けてきた。

今となっては夢物語だが、冷戦後、ロシアは欧米諸国との良好な関係を作ることで国家を再興しようとしていた。

西側の主要国首脳が集まるG7サミットにロシア大統領が顔を出したのは1991年が最初だった。次第に参加するセッションが増え、1998年からは「G7サミット」ではなく「G8サミット」と呼ばれるようになり、2014年、ロシアがクリミア併合を強行しメンバーから除外されるまで続いた。

つまり、ロシアの外交・安全保障政策にとって最も重要なのは欧米諸国との関係であり、朝鮮半島の優先順位は一貫して低かった。

ただ朝鮮半島が韓国によって統一されることは、ロシアがアメリカの同盟国と直接、国境を接することになり、欧州におけるNATO拡大と同じ意味を持つだけに受け入れられなかった。この点は中国も同じであり、緩衝地域としての北朝鮮の存在が重要であり、半島が南北に分断されている現状の維持が望ましいのだ。

ゆえに中ロ両国とも、地域の緊張を不必要に高める北朝鮮の核・ミサイル実験に反対してきた。

そんなロシア側の思惑を北朝鮮が知らないわけがない。結局、最後に頼りにすべきは朝鮮戦争を共に戦った「血の同盟」である中国だった。

ロ朝の接近、中朝の冷え込み

しかし、こうした伝統的なロ朝関係、中朝関係は2011年に金正恩が総書記に就いたあたりから変化し始めたようだ。

金正恩は父親の金正日が登用していた朝鮮労働党や政府の幹部を次々と更迭した。その極めつきが2013年、金正恩の叔父であり実質的にナンバー2の実力者であった張成沢の処刑だった。張成沢は中国との窓口役となっていたことでも知られており、このあたりから中朝関係にすこしずつ距離が出始めてきたようだ。

翌2014年にプーチン大統領がウクライナのクリミア半島に侵攻し強引に併合したことで、国際社会で孤立したロシアと北朝鮮の接近が始まった。その裏返しで北朝鮮と中国の関係は冷え込み、中国が北朝鮮に対して半年間、原油供給を止めたという話さえ流れた。

そして、2022年2月、ロシアがウクライナに侵攻した。思うような成果が出せないまま膠着状態が続いている今年9月、金正恩がロシアを訪問しプーチン大統領と会談した。2019年以来の会談だった。

多くの国民が食糧不足に苦しみ、餓死者さえ出ているといわれる最貧国・北朝鮮の指導者が、訪問先のロシア・極東地域で視察したのはロケット基地や航空機製造工場、ロシア軍太平洋艦隊と軍事関連施設ばかりだった。

一方のロシア側は北朝鮮の軍幹部らに、これ見よがしに先端技術の一端を誇示した。両国の国民が直面する悲劇的な現実から乖離した為政者の異様な振る舞いは、国民生活の安定とは無縁の、ロシアと北朝鮮の緊密な関係の演出でしかなかった。

首脳会談で何が話され、何を合意したのかなど一切、公表されていないが、事前にアメリカ政府が盛んにリークしたように、北朝鮮からロシアへの砲弾などの提供、ロシアから北朝鮮へのロケット技術などの提供という実利丸出しの会談だったであろうことは想像できる。

ロ朝会談に中国は沈黙

興味深いのは、ロ朝の一連の動きに対する中国の沈黙だ。プーチン大統領と金正恩総書記の会談について、中国政府は意味あるコメントを一切公表していない。

アメリカは今、ブリンケン国務長官をはじめ閣僚を次々と中国に派遣し、米中関係改善の機運を高めようとしている。

金正恩がロシアを訪問している同じタイミングで、サリバン大統領補佐官と王毅共産党政治局員兼外相が地中海のマルタで会談していたことも明らかになった。11月にサンフランシスコで開かれるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議でバイデン大統領と習近平国家主席の会談の実現がその目的だろう。

中国も低迷する国内経済を考えると、アメリカの働きかけを簡単に無視するわけにはいかない。

一方で中国は、国際社会で孤立を深めるロシアを見捨てるわけにはいかない。国連の場などでロシアに対する非難の防波堤の役割を担い、ロシアとの関係を維持しようともしている。サリバンとの会談後、中国は王毅外相のロシア訪問を公表した。ロシアへの対応も手抜かりがない。

さらに中国には発展途上国の一員として「グローバルサウス」の代表を担うという戦略もある。10月には「一帯一路」首脳会議を開く予定で、90カ国の代表が参加予定だという。

活発に見える中国外交だが、米中関係を進めれば中ロ関係が成り立たなくなるなど、これらの戦略は互いに矛盾、対立している。

そんな微妙な時期に、金正恩総書記がプーチン大統領と会談しウクライナ侵攻を礼賛したうえ、「ロシアとの関係は北朝鮮にとって最優先課題だ」と発言したのである。中国に踏み絵を踏ませるような金正恩総書記とプーチン大統領の対応を中国が快く思うはずもない。

はっきりしているのは北東アジア地域の国家関係の枠組みが変わったことだ。

数年前までは「日本・アメリカ」と「中国・北朝鮮」が向き合い、韓国とロシアが濃淡はあるものの距離を置く対応をしていた。

しかし、尹錫悦政権が誕生したことで韓国の姿勢が日米同盟に急接近した。8月に日米韓3カ国の首脳が「キャンプ・デービッド原則」で合意したことで韓国の路線が旗幟鮮明になった。

「百年に一度の変革期」

そして今回のロ朝首脳会談によって、対立の組み合わせは「日米韓」対「ロシア・北朝鮮」の色合いが濃くなり、中国がロシアに傾斜してはいるもののアメリカとの関係を無視できない微妙な立場となっている。

また、これまでは米中対立や朝鮮半島の南北対立と北朝鮮の核・ミサイル開発がこの地域の不安定要素だったが、そこに新たにウクライナ戦争への対応とグローバルサウス諸国との関係という地域を超えた要素が加わり、状況をより複雑にしている。

ただし、日米韓の関係は、自由、民主主義、市場経済など価値観や政治経済のシステムを共有しているため安定感があるが、中国、ロシア、北朝鮮の関係は当面の利害関係で結ばれている色彩が強い。そのため国際情勢によって容易に関係が変化する。実際、冷戦後を振り返っただけでも移り変わりが目まぐるしい。

ロシアと北朝鮮の関係がいつまで続くのか、アメリカとロシアの間で中国がどういう対応をしてくるのかを含め、今後の国際関係の構図を固定的に見ることはできないだろう。「世界は百年に一度の変革期を迎えている」という習近平主席の言葉は正しいようにみえる。

(薬師寺 克行 : 東洋大学教授)