記者会見する岸田文雄首相(写真:時事)

岸田文雄首相が狙った内閣支持率アップにはつながらず、「『変化を力』どころか『変化ゼロ』」などと評価も散々な第2次岸田再改造内閣だが、一連の人事の中で多くの永田町関係者が「政治的サプライズ」と口を揃えたのが、林芳正外相と木原誠二官房副長官の退任劇だった。

林氏はG20外相会議の議長役として活躍し、人事直前にウクライナを電撃訪問してゼレンスキー大統領と会談したことなどから、「誰もが外相留任と思っていた」(外務省幹部)のが実情。

その一方で、岸田首相の最側近として官邸の仕切り役だった木原氏も、大手紙が「副長官留任」と報じるなど、政府与党内でも「岸田首相は結局、木原氏を交代させない」との見方が支配的だったからだ。

結局、岸田首相は大方の予想を裏切る形で両氏を交代させた。そこで、その経緯や背景を検証すると、「岸田首相と林氏との派閥内での極めて微妙な関係に、最側近の木原氏の処遇問題が絡んだことが、ダブル交代の真相」(官邸筋)とする見方が浮かび上がってきた。

背景に宏池会での岸田、林氏両氏の「特殊な関係」

まず、林氏の外相交代だが、(9月14日の寄稿で触れたように)「林氏は数カ月前から、『次の人事では外相をやめて党の役職につきたい』と直訴し、岸田首相もこれを受け入れていた」(官邸筋)とされる。

ただ、林氏は岸田首相が人事工作を本格化させた段階で「G20 外相会議の議長役なので国連総会までは続けたい」との意向も示していた。このため、「岸田首相は一時、国連総会後への人事先送りも検討したが、すでに党内調整が進んでいたためそれを断念した」(官邸筋)のが実態とされる。

しかし、「外交専門家」を売り物にしている岸田首相が、国連総会直前にG20外相会議の議長役の林氏を交代させるのは「人事手続き上もありえない」(G20自民幹部)はず。G20外相会議のメンバーからも「この時点での交代は理解できない」との疑問が相次いだ。

その謎を解くカギが、岸田首相と林氏の「特殊な関係」とされる。林氏は現在岸田派の座長で、岸田政権が終わった後の同派後継会長就任が確実視されている。ただ、岸田首相は「退陣時期やその時点での党内状況によっては、退陣後も派閥会長にとどまることを念頭に置いている」(岸田派長老)との見方もある。

というのも、総理総裁を輩出してきた名門派閥「宏池会」の領袖だった古賀誠元幹事長が、2012年秋に岸田氏に派閥会長を引き継ぐ際、その直前の自民党総裁選に古賀氏が派閥代表として擁立したのは、当時参院議員だった林氏。要するに「派閥の総理総裁候補としては林氏が先輩」となる。

こうした経緯も踏まえ、2020年9月の総裁選で、当時の安倍政権での政調会長だった岸田首相は、官房長官だった菅義偉前首相に完敗した際、党内の多くが「岸田は終わった」と指摘したことを受け、岸田派でも「林派への代替わりの動きが急速に進んだ」(派若手)とされる。

ただ、「岸田首相は内心、この動きに猛反発し、それが翌2021年秋の総裁選出馬につながった」(派幹部)というのが実態だ。このため岸田派関係者は「それ以来の林氏への強い警戒心が、今回の外相交代人事のつながった」と指摘する。

8月初めに決まっていた「木原氏退任」

こうした岸田首相の判断に微妙に絡んだのが最側近の官房副長官として官邸の切り回し役を務めてきた木原誠二氏の処遇だ。人事の直前に一部大手紙が「木原氏留任」を大きく報じたこともあり、表向きは「本人が固辞したことによる退任」とされている。

しかし、「木原氏の妻が元夫の死亡をめぐり警視庁から事情を聴かれた際、捜査に政治的圧力をかけた」などと繰り返し『週刊文春』に報じられたことを不安視した岸田首相は、「木原氏を傷つけない形での交代を模索していた」(側近)との指摘もある。

岸田首相と極めて親しい政界関係者は「岸田首相と木原氏の間では、8月初めに退任が決まっていたが、官邸側近にもそれを伝えなかった」と解説する。同関係者は「岸田首相は留任させようとしたのに本人が『内閣に迷惑をかける』という理由で断るという“美談”にして、木原氏のイメージダウンを防いだお芝居」と苦笑する。

一連の伏せられた経緯については、岸田首相や木原氏は「決して口にしないで闇に葬る構え」(岸田派関係者)だとされる。ただ、同時進行となった「林氏と木原氏のダブル交代」は、岸田首相の足元の岸田派内に複雑な波紋を広げたのは間違いない。

そもそも、「外相退任後は党のしかるべき役職に」と求めていた林氏に対し、岸田首相は人事断行の際、「君には派閥の面倒をみてほしい」と伝え、結果的に無役にした。これに対し林氏は「困惑と不満を隠して、とりあえず派内の各議員との懇親を深めることにした」(林氏周辺)という。

これとは対照的に木原氏は幹事長代理と政調会長特別補佐に任命される方向だ。「岸田首相の懐刀として、茂木敏充幹事長や萩生田光一政調会長の監視役を務める」(岸田派幹部)ということで、「林氏との待遇の差は歴然」(同)となる。

ただ、林氏の後任外相に岸田派幹部の上川陽子氏を起用した人事には、同派内から「なんで上川氏ばかりが重用されるのか」(閣僚経験者)との不満も噴出。それが岸田首相の派閥領袖としての対応への不信感にもつながっているのが実情だ。

岸田派含め各派が「人事」に不満

今回の人事を受けての各種世論調査では、「多少のばらつきはあるものの、支持率回復にはまったくつながらなかった」のは厳然たる事実。しかも、「政権安定を優先した岸田首相が派閥順送り人事を受け入れたのに、岸田派だけでなく、各派閥がそろって不満を漏らしている」(自民長老)という実態は「岸田首相にとっても想定外」(官邸筋)とされる。

その岸田首相は19日午前、ニューヨークに向けて政府専用機で羽田空港を出発した。同日午後(日本時間20日午前)に国連総会一般討論演説で核軍縮への決意を表明するなど「得意の岸田外交」で存在をアピールして、帰国後の政局秋の陣に臨む構え。

ただ、訪米出発前の19日朝には官邸で木原氏と密談したうえで自民党役員会に臨むなど、「木原氏を介した党運営への目配りも欠かさない」(官邸筋)ことが、「今回のダブル交代での岸田首相の本心がにじむ」(自民長老)ことは間違いなさそうだ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)