9月19日午前、東京都内の損害保険ジャパン本社に金融庁の検査官らが立ち入った(撮影:梅谷秀司)

中古車販売大手ビッグモーターの保険金不正請求問題を受けて、金融庁がついに立ち入り検査に踏み切った。事故車修理費用(保険金)の不正請求をめぐって、保険会社と事業会社の双方に同時に立ち入るという異例の態勢で検査に当たる。

9月19日に金融庁の検査官が立ち入ったのは、ビッグモーターと、不正請求を黙認していた損害保険ジャパンの2社だ。ビッグモーターについては、自動車保険を扱う保険代理店としてだけでなく、不正請求の舞台となった板金部門についても調べを進める。

板金部門は本来、整備事業として国土交通省の管轄。しかし今回の事案は、自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)や任意保険の販売(募集)と半ば一体となった保険金の不正請求である。そのことを踏まえ、各板金工場も徹底して調べる方針だ。

ビッグモーターによる架空契約も調査へ

ビッグモーターをめぐっては、保険金の不正請求に加えて、架空契約(作成契約)にも手を染めていたことが発覚している。各店舗には自動車保険の販売で厳しいノルマが課されており、展示車両に保険を掛け保険料を従業員が自腹で払うことで、ノルマを達成するような行為が横行していた。

現時点で判明している架空契約は100件超だが、件数は今後膨らむ可能性がある。架空契約は、店舗の販売実績として計上された数カ月後に早期解約されるケースが多いという。そうした架空契約の予兆を保険会社が見逃していた可能性もあり、金融庁は調べを進める。

他方、損保ジャパンに対する検査の焦点は大きく2つある。不正請求の隠蔽と企業統治の機能不全だ。

損保ジャパンの白川儀一社長ら経営陣は昨年7月、関係役員を集めた非公式の会議を開いた。その際、ある重要な情報が共有された。

「工場長から不正の指示があった」というビッグモーター従業員の証言があったにもかかわらず、ヒアリング調査のシート上では、不正の指示はなく、あくまで「過失」であると書き換えられていた。その経緯が改ざんにかかわった出向者から報告として上がってきたのだ。

昨夏の取引再開の「真因」も焦点

ビッグモーターが従業員の証言内容を改ざんしてまで不正請求を隠蔽しようとしていることは明らかだった。だが、白川社長らは隠蔽に加担するかのように、追加調査を実施せず、いったん中止していた事故車の紹介(ビッグモーターへの入庫誘導)を、早期に再開する方向で議論を進めた。


損保ジャパン本社に立ち入る1時間ほど前、ビッグモーターの本社機能がある多摩店(東京都多摩市)に金融庁の検査官が向かった
(撮影:風間仁一郎)

不正請求に目をつぶるという“背任行為”を犯してまで、取引再開に突き動かした本当の要因はいったい何だったのか。

白川社長は引責辞任を表明した9月8日の記者会見で「他社に取引がシフトしてしまうのではという強い懸念を持っていた」と話したが、それが「真因とは考えにくい」(金融庁幹部)。関係者へのヒアリングや当時のメール、議事録などから詳しい経緯の解明を金融庁は進める方針だ。

ビッグモーターとの取引をめぐっては9月以降、損保ジャパンが保険代理店の廃業届をビッグモーターに提出させようと迫っているとの観測が浮上し、混乱が広がった。

そもそも保険代理店の委託契約は、東京海上日動火災保険や三井住友海上火災保険などほかの損保も結んでおり、一連の不正請求問題を受けて軒並み契約解除に向けて動いている。すべての損保会社と契約解除となれば、代理店としてのビジネスができなくなるため、実質的には代理店として廃業することに変わりはない。

一方で、ビッグモーターの代理申請会社(幹事会社)である損保ジャパンが、廃業手続きを性急に進めてしまうと、どうなるか。ほかの損保が一時的に代理申請会社を務めなければならなくなったり、ビッグモーターの不正請求の最終確認といった個別のやり取りに支障が出たりなどの懸念が生じてしまう。

一枚岩とは言いがたい損保各社

そのため、廃業にあたっては損保各社間で事前にしっかりとすり合わせをしておく必要があるわけだ。だが廃業届についての観測は、各社とも寝耳に水の状況だったため、「現場がかなり混乱した」と大手損保の役員は話す。

「ビッグモータからサインをもらった書類が、(代理店)委託契約終了証兼廃業届となっているので、そうした観測が出たのではないか。あくまで委託契約終了の合意を取り付けたもので、廃業届としては受け取っていない。新たな代理申請会社も決まっていないので、契約終了日についても同様に決まっていないのが現状だ」

損保ジャパンはそのように話す。ビッグモーターは「相手のあることのため回答を控える」と回答した。

損保会社同士の疑心暗鬼が生んだ観測と混乱とみられるが、不正請求をめぐる対応で一枚岩になるべき損保各社が“空中分解”してしまっていることだけは間違いないようだ。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)