不正に防ぐガバナンス体制の整備は、設立初期のスタートアップにも必要だ(写真:bee /PIXTA)

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「エルピクセル事件が風化しつつある」──。VCのベテランキャピタリストを中心に、そんな危機感を口にする業界関係者がこのところ増えている。

エルピクセルは2014年に創業した、生命科学領域の画像解析を研究開発する東京大学発のスタートアップ。事業成長を遂げていた最中の18年末、経理担当の元取締役による横領が発覚した。被害総額は約33億円に上り、それまでにオリンパスや富士フイルムなどから調達していた37億円の大半が消失した。元取締役は逮捕され、数年内を目標としていた上場計画は無期限延期となった。

不正・横領は他人事じゃない

スタートアップかいわいの誰もが衝撃を受けた事件だったが、「最近は、20代前半の起業家と話していると『そんな事件があったんですね!』と言われる」(国内VC関係者)。伝承や意識改革に力を注ぐべきときかもしれない。

「不正・横領は自分に関係のないことじゃないって話」。国内のVC大手・ANRIでキャピタリストを務める元島勇太氏が6月にそんなタイトルのnote記事を投稿し、反響を呼んだ。「経理として働いたキャリアを持つ自分には当たり前のガバナンス知識も、そうでない人は意外と知らないものなのだと気づき、情報をまとめてみようと思った」(元島氏)。

スタートアップの構成員には社会課題解決に燃える人などが多いため、不正に関しても「うちにそんな悪い人はいないので大丈夫」と過信気味の経営者は少なくない。

だが元島氏は、「そもそも人の問題ではない。不正は仕組みや環境によって誰でも起こしうるものだ」と指摘する。創業期に管理部門に回せる人員やシステム投資は限られるが、「せめて不正を生みにくい文化は初期からつくっておきたい。経費の使い方が荒い人の部下は同じように荒くなる。上場直前になって体制を整備しようとしても、文化的な側面を後から変えるのは難しい」(元島氏)。

外部の目を頼るのも手

大型のシステム投資を必要としない対策もいくつか考えられる。共通するポイントとして、実務と権限を1人に集中させない、デジタルツールを活用して「隠せない」状況をつくっておくなどが挙げられる。組織が小さいうちは税理士やVCといった外部の目を頼るのも手だろう。


不正・不祥事の防止はもちろんだが、成長に向けて「透明で公正な経営判断を行うこと」もガバナンスの重要な側面だ。例えば米国のスタートアップでは、未上場・上場にかかわらず株主の提案などでCEOを交代することがよくある。一方日本ではそうしたケースはごくまれで、創業者が会社を率い続けることが多い。

会社はそのフェーズにより、最適な経営体制が刻々と変わる。「利益の最大化を図る気がないと見なされれば、とくに海外の投資家からは相手にされない」(前出とは別のVC関係者)。業界全体の注目度が増す今こそ問い直したい課題だ。


(長瀧 菜摘 : 東洋経済 記者)