試合が終わって満員の観客が歓喜するなか、選手たちとスタッフが抱擁を交わす。大半は笑顔だったが、なかには渡邊雄太(SF/フェニックス・サンズ)や馬場雄大(SG)のように涙を流す者もいた。

※ポジションの略称=PG(ポイントガード)、SG(シューティングガード)、SF(スモールフォワード)、PF(パワーフォワード)、C(センター)。

 劇勝だった。

 開催中のFIBAワールドカップ、予選ラウンド。2日前、ドイツに完敗を喫した日本男子代表チーム(世界ランク36位)は、劣勢を跳ね返してフィンランド(同24位)を98-88で下した。


抱き合って喜ぶ富永啓生(左)と河村勇輝(右)

 それまで日本は、ワールドカップでヨーロッパ勢を相手に0勝11敗だった。また、2019年ワールドカップと2021年の東京オリンピック、直近ふたつの世界大会でも通算0勝8敗と結果は出ていなかった。世界大会での勝利自体も、母国開催の2006年世界選手権(のちにワールドカップへ改称)以来。日本にとって、歴史的勝利だった。

 感動的な勝利の立役者となったのは、特別な才覚を持ったふたりの22歳──河村勇輝(PG/横浜ビー・コルセアーズ)と富永啓生(SG/ネブラスカ大)だった。

「若い河村と富永がコートに入ると、オフェンス面でチームに大きなブーストを与えてくれました。信じられないような試合でしたし、ファンも最高でした」

 日本代表のトム・ホーバスHC(ヘッドコーチ)は試合後、そのように話した。

 出だしこそよかった日本だが、第2クォーターに得点が伸びなかったことなどで逆転され、第3クォーターの終盤までにこの日、最大の点差となる18点にまで相手にリードを許した。

 嫌な空気が流れるなか、まずそれを断ち切ったのが富永だった。左利きのシューターは同クォーター最終盤と第4クォーター序盤に3Pシュートなどで、まとめて9得点を挙げた。

【最大18点差から驚異の追い上げで大逆転】

 そしてここからは、河村がバトンを引き継いだかのように躍動する。

 力強いドライブインレイアップや4本の3P、またジョシュ・ホーキンソン(C・PF/サンロッカーズ渋谷)に対しての連続アシストパスを成功させて逆転を演出。フィンランドはラウリ・マルカネン(PF/ユタ・ジャズ)を河村に当ててくるも、172cmの小兵は40cm以上も身長の高いNBA選手の上から3Pをねじ込んだ。

 富永と河村は後半、それぞれ11得点、21得点を挙げた。高校時代からウィンターカップ(全国高等学校バスケットボール選手権)で対戦し、U16やU18日本代表でもチームメイトとして国際舞台を経験してきた盟友ふたりは、試合後のコート上で互いの姿を認めると、抱き合って喜んだ。

「本当に大きな勝利だったと思います。僕らは18点差をつけられても、決してあきらめませんでした。自分たちにはできると思っていましたし、仲間を信じていました」

 試合後の記者会見。富永は英語でそのように試合を振り返った。

 3Pを重視するホーバスHCのチームで、富永はオフェンスの主力になるだろうと考えられていた。だが、ディフェンスに課題があることもあってドイツ戦では出番が少なく、3Pもわずか1本成功と5得点に終わった。

 河村にしても、ドイツ戦では相手の圧力の前に4つのターンオーバーを出してしまうなど、精彩を欠いたプレーに終始していた。

 そうしたこともあって、ふたりはこのフィンランド戦のなかで、明確な「意図」と「意思」を持ってコートに立った。

 富永の場合は「3Pを打つ」ということが最大の役割ではあるものの、この日はディフェンスにおいても相手の突進などを恐れず、フィジカルなプレーでも魅せた。

 富永は3つのスティールを記録したが、とりわけ第4クォーター序盤のものは、スティールからの速攻をしようとしたところに相手からのアンスポーツマンライクファウルを誘発し、それまででもすでに日本の後押しする声援であふれていたアリーナ内をより一層、熱くした。

【河村のドリブルでフィンランドは規律を失った】

 富永が振り返る。

「今日はオフェンスというよりも、まずはディフェンスから入るということを意識していて、ディフェンスでチームに勢いを与えられたというのはよかったですし、いつも以上にディフェンスにフォーカスしました」

 河村の場合は、ドイツ戦で出せなかった「ペイントアタック」をすることだった。

 昨シーズン大躍進してBリーグのシーズンMVPに輝いた男は、ドイツ戦では1対1からボールを持ちすぎ、パスが回らないことでより難しいシュートを打ってしまったと話した。その反省から、フィンランド戦では鋭く・力強いドライブインでコートを切り裂きながら、相手ディフェンスのバランスを崩した。

 日本代表に「この男がコートに立てば何かが起こる」という存在がいるとすれば、その筆頭は河村だ。彼がリングへ向かってドリブルをすれば、相手のディフェンスは規律を失うからだ。

「ペイントアタックこそが自分の役割」とする河村もそこを理解していて、フィンランド戦後にはこう述べている。

「ペイントアタックをしてアシストを供給することや、ペイントアタックをしてそこでズレ(シュートチャンス)が作れなくてもボールをリングのほうに押し込むだけで、全然ボールやオフェンスの流れが変わってきます」

 富永と河村の3Pが入り始めるとペイントエリアが空き、それによってドライブインが決まりやすくなったと、ホ―バスHCも話した。

 スポーツに限らず多くの世界で、若者にとって経験や悔しさは成長の糧となる。昨夏にA代表入りしたふたりの英俊にとって、悔しさを味わったドイツ戦も、フィンランド戦での爆発につなげるそれとなった。

 ただ日本の調子がよかった、勝った、というだけでは言い足りない試合だった。というのも、これまでこのチームを支えてきた富樫勇樹(PG/千葉ジェッツ)、渡邊、馬場がそれぞれ無得点、2得点、5得点と大きく活躍したわけではないにもかかわらず、ワールドカップという大舞台でヨーロッパの国を相手に白星を挙げたからだ。

【試合後に河村が渡邊雄太に話しかけた言葉】

 富永はこう話した。

「ふたりともまだ経験はないですが、そんななかで若いエネルギーとプレーでチームを勝利に導けたことがすごくうれしかったです。これが自分たちのバスケット人生において、ものすごく成長のできる1試合になったのではないかなと思います」

 一方のホ―バスHCは、ふたりの伸びしろについてこう述べている。

「このふたりのポテンシャル、天井はすごく高い。このレベルでは簡単にはいかないんです。相手は大きいし、早いし、強い。でも、ドイツ戦での経験もあってすごくよかった。(事前の強化試合の)スロベニア戦やフランス戦も経験になった。だから僕は、すごく待っていましたよ。我慢していたんです。河村と富永がいつ爆発するかなと思って」

 これでグループステージを1勝1敗とした日本。8月29日には2次ラウンド進出をかけて、オーストラリアとの試合が控える。

 東京オリンピックの銅メダリストで世界ランク3位との対戦は無論、難しいものとなるだろう。オーストラリアは27日にドイツに敗れており、日本との試合では本気でかかってくる。

 日本の今大会最大の目標は、アジア勢で1位となって来夏のパリオリンピックへの切符を獲得することだ。

「フィンランドを相手にできたことは、自信を持っていいと思います。ただ、自分たちの目標はアジア1位なので、フィンランドに勝つことを目標にやっているわけではないし、1勝してその後、全敗してアジア1位じゃなかったとなると意味がない」

 河村は、フィンランドからの勝利にはしゃぎすぎることはなく、次へ向けてしっかりと前を見据えながらそう話した。

 ドイツとフィンランドとの試合を経て、また大きくなった富永と河村。オーストラリアを倒すには、ふたりの力が必要となってくるだろう。

 河村はフィンランド戦後、日本代表をパリオリンピックに連れて行くことができなければ代表を引退すると明言している渡邊にこう話しかけたという。

「雄太さん、まだ引退させませんよ」

 河村と富永という、次の日本を背負っていくことになるふたりが、ここからさらにどんな驚きをもたらしてくれるのか、楽しみだ。