吉田正尚「楽しい......うーん」オリックス時代とメジャー1年目の違いを明かす
メジャーリーグでも最高のライバル関係にボストン・レッドソックスの吉田正尚が名前を刻んだ――。そんな言い方は少々大げさかもしれないが、ヤンキースタジアムで行なわれた"宿敵"ニューヨーク・ヤンキース戦での活躍のインパクトが大きかったのは事実だろう。
伝統のスタジアムでの初ヒットが飛び出したのは8月18日(現地時間。以下同)のゲームでのこと。初回、2人の走者がいるチャンスで打席に立つと、右腕ジョニー・ブリトーが投じたチェンジアップを捉えた打球は、豪快に右翼席に突き刺さった。
ヤンキース戦でホームランを放った後の吉田
「ちょっと久しぶりだったのであんまり覚えてない」
吉田自身がそうジョークを飛ばした、7月25日のアトランタ・ブレーブス戦以来となる一発は、ヤンキース戦での初本塁打でもあった。
吉田が「松井(秀喜)さんがプレーしていたイメージ」と語ったヤンキースタジアムへ初見参となった6月の3試合では、吉田は11打数無安打。「悔しい思いをしていましたし、あまりいいイメージはなかった」というのも当然だろう。
その悪い印象を2度目の来訪で吹き飛ばし、この日は第2打席でもショートへのタイムリー内野安打で勝利に貢献した。勝っても負けても騒がしい敵地のファンを沈黙させ、「いいところで打ててよかった」と充実感を滲ませた。
かつて、ベーブ・ルースがレッドソックスからヤンキースへ移籍したことに端を発したというライバルシリーズでは、近年も多くのスーパースターたちが躍動してきた。ペドロ・マルチネス、マニー・ラミレス、デビッド・オルティス、デレック・ジーター、アレックス・ロドリゲス、ロジャー・クレメンス、そして松井秀喜......。ビッグステージで活躍すれば必然的に知名度は上がり、球界全体で認められる。吉田がこの日に放った本塁打は、メジャー1年目のハイライトのひとつとして記憶されることになるだろう。【8月はやや低調でベンチスタートも】
もっとも、この日の試合後、クラブハウスでの吉田は手放しで喜んでいたわけではなかった。もともと勝っても負けてもそれほど表情が変わらず、活躍した後でも常に反省点を述べるタイプの選手。特に現在のレッドソックスはワイルドカード最終枠3番目のチームに3ゲーム差(8月20日終了時点)と、プレーオフ争いの真っ只中にいることも緊張感に拍車をかけている。
「引き続き落とせない(ゲームが続く)と思いますので、勝っていくしかない。前半に比べると打線が少し落ちてきた。やっぱり全員がいい状態はなかなか難しいと思いますので、みんなでカバーできたらと思います」
そうやって先を見据えた吉田も、絶好調で打ち続けてきたわけではない。7月25日のブレーブス戦で3安打した時点では、打率.320とア・リーグ首位打者争いでトップに立ったものの、8月は打率.239、1本塁打とやや低調。特に内野ゴロが増えたことが首脳陣に懸念され、8月15、16日、敵地でのワシントン・ナショナルズ戦では2試合連続でベンチスタートとなった。
プレーオフ争いの最中、主力打者を休ませるのは難しい判断だったはずだが、アレックス・コーラ監督はこう説明している。
「私たちは彼のために気を配らなければいけない。何か悪いところがあるわけではないが、今は休ませている。彼とも話し、私たちの意図を伝えたよ。吉田をリセットし、リチャージしようとしているんだ」
メジャー1年目の吉田が対応しなければいけないのは、162試合を戦うハードスケジュールだけではない。ハイレベルな投手陣、日本人投手よりも総じて速い速球、高めに広いストライクゾーンなどへのアジャストメントも簡単ではない。全30球団のMLBは、チーム数もNPB(12球団)の倍以上。各投手との対戦準備もより難しくなる。
「日本の時だったらある程度イメージしながら、逆算しながら、次のピッチャーもイメージしながらできる。今は1日1日が必死。『このピッチャーはどう打とうか』とか、新たに出てくるピッチャーをまた見てっていう感じです」
シーズンを通じて新たな投手と対戦し続け、高水準の球を見極めなければいけない大変さは生半可なものではないだろう。ルーキーには心身の疲労が知らず知らずのうちに溜まるのも、多少の好不調があるのも無理はない。
ただ、逆に言えば、そんな厳しい環境だからこそ、すぐに好結果を出すことの価値は大きい。1年目から打率3割前後の数字を残している吉田は、最高レベルでも通用する技量の確かさを証明していると言えるはずだ。
「日本の時は先を見ていたのが、今は『毎日、必死になんとか』という気持ち。すごく新鮮な気持ちで臨めていますよ」
ハードなルーキーシーズンの中でも、そんなふうに笑えるのが職人気質の吉田らしいところでもある。試練があるから、さらに成長できる。難しいからこそ、得られるものも大きくなる。いわゆる"ノー・ペイン、ノー・ゲイン"の日々は、楽しいものでもあるのだろうか?
「楽しい......うーん。苦しいとか、悔しいとかはありますけど、楽しいかはどうですかね。その時は苦しいですけど、最終的にはそう思えればいいかなと。やりがいがあるという感じです」
2023年のシーズンも残りあと1カ月強――。試行錯誤を繰り返しながらも、最後まで安定して打ち続けられるのか。逆境を跳ね除け、チームをポストシーズンに導くことができるのか。ワールド・ベースボール・クラシック優勝から始まった1年を「楽しかった」と振り返るべく、吉田がメジャーリーグで紡ぐストーリーもクライマックスを迎えようとしている。