日本は今、高校野球に沸き立っている。多くの野球ファンが、真夏の甲子園で球児たちが懸命にプレーしている姿に心打たれるのだろう。そして海を渡ったアメリカでも、甲子園球児の"進化型"とも言うべきひとりのプレーヤーに熱い視線が注がれている。そのプレーヤーは、もちろん大谷翔平だ。


連日スタジアムには多くの大谷翔平ファンが訪れている

【ディズニーランドよりもスタジアム】

「ディズニーランド? そんなところには行っていません。こっちには5日滞在するけど、もう毎日ここ(エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム)ですよ」

 そううれしそうに語ってくれたのは、試合開始1時間前からスタジアムの内野最前列にいた日本人夫婦だ。メジャーでは、試合開始前に数名の選手がここで即席のサイン会を催すのが恒例となっているが、彼らは滞在中、連日ここに陣取っているという。

 大谷の所属するロサンゼルス・エンゼルスの本拠地は、ダウンタウンから40キロほど離れたアナハイムという街にある。スタジアムのすぐ裏に駅はあるのだが、ロサンゼルス市内から本数の少ない列車でやってくるファンはごくわずかで、ほとんどが車でやってくる。

 今やすっかり日本人にお馴染みとなったエンゼルスの本拠地だが、"大谷詣"にやってくるファンにとっては決してアクセスのいい球場ではない。

 だからというわけではないのだろうが、日本人ファンの多くはアナハイムに多数あるリゾートホテルに宿をとり、タクシーやバスでやってくる。ディズニーランド目当てでこの街には世界中から多くの客が押し寄せてくるのだが、"大谷マニア"はかつての巡礼地であったこの巨大なエンターテインメント施設には目もくれず、スタジアムに日参する。

 残念ながら、この日の試合前のサイン会に大谷が顔を出すことはなかったが、試合開始10分ほど前に体をほぐしにフィールドに現れると、最前列でその様子を見ていた夫婦が満足していた。

 この日の試合はデーゲームだったが、ナイトゲームの日は何をしているのか尋ねてみると、当然と言わんばかりにこんな答えが返ってきた。

「もう昼過ぎからスタジアムに来ていますよ。スタジアムツアーや練習見学ツアーがありますから」

 それにしても日本人の姿が目立つ。ある試合では、来場者の半数くらいが日本人だと関係者が言っていたが、それはさすがに大げさとしても、少なくともエンゼルスのベンチがある三塁側の内野スタンドに関しては日本人で埋まっていた。

 ちなみにベンチ近くのこの席のチケット価格は、アメリカのインフレ、円安もあって高騰している。件の夫婦によると、ベンチ上の最前列を確保しようとすると3万円するという。しかし"サイン会"に参加しようとするなら、内野三塁側下層スタンドの前列セクションのチケットを持っていなければならない。

「だから私たちも最初はうしろのほうの席だったんですけど、変えてもらいました。さすがに最前列というわけにはいかないので、少しうしろの1万円の席にしましたけど」

【メディアも大熱狂】

 ファンがやってくるのは、日本からだけではない。ある日本人は、現在住んでいるカナダからやって来たという。

「バンクーバーから来ました。目的はもちろん大谷さんです」

 バンクーバーといえば、日系人移民を多く受け入れ、日系人リーグがあったほど野球が盛んだった土地柄だ。日本プロ野球草創期には、巨人軍が北米遠征で立ち寄ったところでもある。現在は日本人の語学留学地の定番として知られているが、そのカナダからも多くの日本人がアナハイムに「巡礼」してくる。

 ネット裏も記者席からカメラマン席まで、プレスパスを下げた日本人メディアで溢れている。とりわけテレビでおなじみのホームランを打った選手が兜をかぶってハイタッチをしながらベンチを行進する絵を撮ることができる三塁側カメラマン席は、日本人の"聖域"となっているようで、試合中もゲーム展開そっちのけで、ファインダーは大谷を狙っていた。

"大谷マニア"は日本人に限った現象ではない。スタンドには国籍問わず大谷のユニフォームを着たファンが陣取っている。とりわけ、球場内にいくつもある大谷のパネルの前は"映えスポット"のようで、マニアたちの撮影スポットとなっている。


日本ハムのユニフォームを着たアメリカ人ファンの姿も(photo by Asa Satoshi)

 アメリカ人ファンには、漢字で大谷の名が書かれたユニフォームが人気のようで、なかには一部漢字が間違って縫い込まれているものもあるが、そんなことを彼らは知る由もなく、"大谷"をまとった彼らは満足そうに写真に収まっていた。

 そんなアメリカ人ファンのなかには、大谷の古巣である日本ハムファイターズのユニフォームを着た者もいる。話を聞くと、日本にいる親戚から送ってもらったという。

「いつか、北海道にも行ってみたいわね」

 この「大谷狂騒曲」とでも言うべき現象を、「スペクタクル(壮観だ)」と表現したのは、ボビー・バレンタイン氏だ。かつて千葉ロッテマリーンズで通算7シーズン指揮を執り、2005年にはチームを日本一に導いた名将だ。現在、エンゼルスのレポーターを務めているバレンタイン氏は、大谷についてこう語ってくれた。

「かつての"ノモマニア(野茂英雄が1995年に起こした熱狂)"など、比べものにならないよ」

 投げても打っても一流という大谷の存在は、長いメジャーの歴史のなかでも突出しており、その姿を目に焼きつけるべく多くのファンがスタジアムを訪れるのも無理はない。

 試合は残念ながら延長の末、「なおエ」となってしまったが、スーベニアショップには大谷グッズを買い求めるファンが殺到していた。ロサンゼルスに戻る列車を逃した私は、次の列車まで2時間待つのをあきらめ、市バスを乗り継いで戻ることにしたが、アナハイムのダウンタウンにあるホテル街を通るそのバスは、日本人で埋め尽くされ、通勤ラッシュさながらの状態になっていた。まだしばらく、この状況は続きそうだ。