ネイマール、アル・ヒラル移籍の全内幕 バルサ復帰は絶たれ、他に選択肢はなかった
アル・ヒラル(サウジアラビア)に移籍したネイマールphoto by Al Hilal/Abaca/AFLO
ネイマールがサウジアラビアのアル・ヒラルに移籍した。
誰もがこのニュースを信じたくない思いだったのではないか。メディカルチェックをしたと言われても、筆者は信じたくなかった。彼は38歳のクリスティアーノ・ロナウドや35歳のカリム・ベンゼマとは違う。まだ31歳で、あと数年はトップレベルのサッカーを続けられるからだ。
かつてネイマールとともにバルセロナでプレーし、彼のパリ・サンジェルマン(PSG)行きに最後まで反対していたルイス・スアレスは「契約書をこの目で見るまでは信じない」と言った。引退後、辛口コメンテーターとなった元イングランド代表リオ・ファーディナンドは「ネイマールはタオルを投げたも同然だ」と言った。
それにしても、ネイマールはなぜこんな選択をしたのか。
世間では、とんでもない額の報酬につられたのだと思われているが、今のネイマールに足りないものは「金」ではない。金ならすでに有り余るほどある。彼に足りないのはタイトルであり、レベルの高いプレーと称賛と拍手だった。
私はネイマールのことを、彼が17歳の頃から知っている。ネイマールは決して金の亡者ではない。軽率だし、考え足らずのところは多々あるが、愛すべき人物だ。10年も前から財団を作り、ブラジルの貧しい子どもたちを助けていたりもする。
彼がサウジアラビアに行った理由は――他に選択肢がなかったからだ。
ネイマールはPSGに移籍してから、チームと蜜月状態にあったことはなかった。1年たっても、2年たっても念願であるチャンピオンズリーグのタイトルは獲れず、エディンソン・カバーニ、レオナルド、トーマス・トゥヘル、キリアン・エムバペ......チームメイトや監督、クラブ幹部と喧嘩を繰り返した。
フランス語は話せない。パリは寒い。ケガも多く、その憂さを晴らそうとパーティーを開けば糾弾され、チームからブラジル人はどんどん減っていき、気がつけばエムバペ体制になっていた。サポーターから愛されたことはなく、今年の5月にはネイマールの家の前で250人以上のサポーターが「Neymar, casse-toi!(ネイマール、出て行け!)」とコールを行なった。書き連ねたら、何ページあっても足りない。ネイマールはパリで幸せではなかった。
【エムバペ黒幕説に「いいね」】
8月6日、ネイマールはパリを出ていきたいとチームに告げた。ネイマールとの契約はまだあと2年残っていたが、PSGが引き留めることはなく、それどころか彼のこの移籍宣言をさっさと公にしてしまった。
「残念ながらネイマールは新シーズンには残りません。彼は移籍市場に載っています」(PSGのプレスリリース)
ちなみに日本ツアーの際に、ネイマールはルイス・エンリケ監督から面と向かって構想外を告げられたとも言われている。そう考えると、日本で一度もピッチに立たなかったのも納得がいく。いくら日本の子どもたちがネイマールコールをしても――。
ネイマールとPSGの一連の対立の裏にはエムバペがいるとも噂されている。エムバペは、ネイマールやメッシと一緒にいることが好きではなかった。昨年の契約更新時、エムバペはチーム側とある約束を交わしたと言われている。それは「プレーしたい選手を選べる権利」だ。これについてエムバペ自身は何も語っていないが、彼の母親がフランスのテレビ局『TF1』のインタビューで「私たちがPSGの決定に関われることをうれしく思う」と言っている。今回、それを行使したのかどうかはわからないが、メッシは出ていった。残るはネイマールだ。
同時にエムバペはこの5月、『フランスフットボール』誌のインタビューでPSGに対する不満を公にし、レアル・マドリードに行きたいことを匂わせていた。エムバペはいまだ去就を明らかにはしていないが、PSGがさっさとネイマールが出ていくことを発表したのは、エムバペを引き留めるためだったとも言われている。実際、ネイマールのアル・ヒラル行きが決まった直後、エムバペはチームの練習に合流した。
こうした一連の「エムバペ黒幕説」が書かれたSNSの投稿に、ネイマール本人が「いいね」をした。
ネイマールが移籍しようと考えていたチームは、他でもないバルセロナだった。これは異論をはさむ余地がない。それはメッシと同じだ。バルセロナには家もあるし、息子もいる、陽気なスペインは彼にあっているし、スペイン料理も大好きだ。バルセロナもネイマールをほしいと思っていた。
しかし、ここで大きな計算違いが起こる。メッシの移籍を阻んだリーガのファイナンシャルフェアプレーが、ネイマール獲得にもまたストップをかけたのだ。ネイマールが年俸を下げればいいと考えたかもしれないが、そう簡単にはいかない。この決まりでは、選手は好き勝手に報酬額を下げることはできない。これまでの収入に見合った額を払う必要があるのだ。
【欧州復帰を算段しているが...】
そこにはカタールとのライバル関係もある。サウジアラビアとカタールは犬猿の仲で、かつては国交を断絶していたこともある。カタールが保有するチームであるPSGからネイマールを奪い、自国のクラブに連れてくるという事実が、サウジアラビアにとって大事だったのである。
ネイマールは、ロサンゼルスに持ちかけたのと同じように、まずは1年、バルセロナにレンタルしてもらおうと考えていたようだ。しかしビッグネームを集め、サウジアラビアプロリーグをサッカーの中心にしたいと考えているサウジアラビアは、「今」ネイマールがほしかったのだ。
ネイマールの父は、実は本心では息子にPSGに残ってほしいと思っていた。だがそんな彼にアル・ヒラルとザハヴィは「今年来るならこれまでのオファー以上の金を出す」と約束した。ここで総額4億ドル(約580億円)近くと言われるゴージャスな契約が結ばれる。おまけに25部屋がある豪邸も、8台の高級車も、好きな時に使えるプライベートジェットも与えられ、またサウジアラビア国内のレストランなどで飲み食いした金額も、すべてチーム、つまりサウジアラビア政府が払うと言われている。
アル・ヒラルとネイマールの契約は2年間。そのあと双方合意なら1年間のオプションがつく。ネイマールの頭のなかでは、2025年6月までアル・ヒラルでプレーし、その後はヨーロッパのビッグクラブに戻り、W杯までの1年間を過ごすという算段がされているようだ。だが、そううまくいくとは思えない。
アメリカに行ったメッシは開幕から6試合連続で9ゴールしているが、誰もそんなことを気にしないし、クリスティアーノ・ロナウドのアル・ナスルの試合をきちんと見た人も少ないだろう。彼らはどんどんサッカーの世界の中心から遠ざかっている。ネイマールも遅かれ早かれそうなりかねない。
ブラジルの人々は今回のニュースを、かなり残念なものとして受け止めている。ネイマールは好むと好まざるとにかかわらず、ブラジルサッカーの顔だ。それがサウジアラビアでプレーするというのは、ブラジルサッカーの斜陽を物語っている気がしてならないからだ。