「僕の言うことを聞いたほうがいい」女性作家に愛人関係迫るコレクター、画廊は見て見ぬふり
画廊や展覧会で若い作家や美大生に、執拗につきまとう「ギャラリーストーカー」。彼らは画廊に居座り、無料のキャバクラのような接客を作家たちに求める。
しつこいストーキングやハラスメントにより作家は追い詰められ、創作活動が止まったり、身に危険が迫ったりするケースもある。
しかし、彼らは画廊の客であり、コレクターであることから、若い作家や美大生は強く拒否することが難しい。拒否できたとしても、作品を買ってくれなくなったり、画廊で発表する機会が失われるという理不尽な被害を受けるのだ。
ところが、美術業界では、ギャラリーストーカーの被害は深刻なものと受け止められてこなかった。取材を進めると、その背景には美術業界の特殊な伝統や構造があることが浮かび上がってきた。
弁護士ドットコムニュースでは、1年以上かけて美術業界における被害を取材。その集大成として、今年1月、書籍『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』(猪谷千香著/中央公論新社)を発刊した。ギャラリーストーカーや美術業界で起きているハラスメントの実態について、本書の一部を抜粋して4回にわたってお届けする。
(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
●ギャラリーストーカーは若手作家の「洗礼」
「現役の美大生や美大を出たばかりの若い作家さんは、早く売れたいと思っています。その気持ちをお客さんやギャラリーが『利用』することもよくあります。
ギャラリー側も、男性オーナーが若い女性作家さんに対して、『もっと女であることをうまく使って』と言って、作品を売るようにけしかけるようなことまでありますね」
第1章でコレクターについて教えてくれた銀座のギャラリーで働く中井さんは、取材の中で気になることを語っていた。本当だろうかとすぐには信じがたい思いだったが、30代の女性画家、小杉綾香さん(仮名)が語ってくれた被害は、ギャラリーストーカーだけでなく、ギャラリーも原因だった。
小杉さんは10年ほど前、都内の美大を卒業後、画家として活動を始めた。デビュー当時のことを、「ギャラリーストーカーは、若手作家にとっては『洗礼』みたいなもので、それはもう酷かったです」と振り返る。
小杉さんは決して、大人しそうに見えるタイプではない。相手の目を真っ直ぐ見て話をするし、ファッションも特段フェミニンな印象はない。一見、ギャラリーストーカーを寄せ付けない雰囲気だが、それでも被害に遭ってきた。
20代の頃、ギャラリーに在廊していた時に現れたのが「名刺くれおじさん」だった。若い女性作家をみれば、とにかく「名刺を寄越せ」と詰め寄ってくる人物として、作家仲間では知られていた。
「私も当時はあまり意識せずに、名刺に自分の電話番号を載せてしまっていたら、個展を開く時に電話がかかってきてしまって、本当にびっくりしました」
その「名刺くれおじさん」は小杉さんに対して、「今から個展に行ってやるから」と告げ、実際にギャラリーに来たという。
その日は個展の初日で、レセプションパーティーが開かれていたが、「名刺くれおじさん」は飲み食いしながら、小杉さんに対して「酒をお酌しろ」「カバンを持て」など、まるでキャバクラに来た客のようにふるまった。
生まれて初めてそんなことを言われた小杉さんは、ショックを受けた。
「私はスタッフじゃないのでお酌できません」「お店じゃないのでお酌できません」などと言って、やり過ごすしかなかった。
「そういう経験を積んで、今では逃げられるようになりましたが、20代の若い子だとまともにくらってしまうだろうなと思います。特に貸画廊とかだと、ギャラリーではなく自分が管理しなくてはならないので、守ってくれるギャラリーの人がいないのが厳しいですね」
●「僕はギャラリーの偉い人と仲良しだから」
ギャラリーは、大まかに分けて2種類ある。小杉さんが指摘した「貸画廊」。それから、「企画画廊」だ。
「貸画廊」は、文字通り作家にスペースを賃貸するギャラリーで、作家の展覧会を企画して作品を販売する「企画画廊」とは区別される。「企画画廊」であれば、ギャラリーにもよるが、ギャラリーストーカーのような客から作家を守ってくれるケースもある。
「たとえば、ギャラリーストーカーの男性に話しかけられていたら、用事があるふりをしてバックヤードに呼んでくれるとか、裏口から逃がしてくれるとか、対応してくれます。でも、中には『お客さんなんだからそれぐらい相手してあげて』と放置されるところもありますね」
ギャラリーにとって「上客」であるコレクターの場合は、ギャラリー側も断りづらい。小杉さんは、コレクターの既婚男性から「付き合おう」と言われたことがあった。つまり、「愛人になれ」という意味だ。
そのコレクターは、小杉さんが展覧会を開くギャラリーと古くから付き合いがあった。コレクターは、自分が優位な立場にあることを小杉さんに誇示して、愛人になるよう迫った。
「僕はギャラリーの偉い人と仲が良いから、言うことを聞いた方がいいよ」
もちろん小杉さんは断った。そのコレクターが、小杉さんだけでなく、あちこちの若い女性作家に対して同じように誘っているとの噂を聞いたのは、少し経ってからのことだ。
ところが、このときにコレクターの機嫌を損ねたことで、小杉さんとギャラリーとの関係が険悪になってしまう。
「その後、そのギャラリーとも、ギャラリーと仲の良い他のギャラリーや作家たちとも仕事することができなくなりました。私のチャンスが奪われるという最悪のトラブルでした。今でも、その人は別のギャラリーで私の作品を買ってるようで、メッセージが届くのですが、無視しています」
(『ギャラリーストーカー 美術業界を蝕む女性差別と性被害』より抜粋)