「とにかく色々なバスに乗りたかった」好きが高じて運転手になった男が、愛する対象を壊すまで
「好きなことは仕事にしない方がいい」という意見がある一方で、一度きりの人生、好きな仕事に思いっきり挑戦する喜びも間違いなく存在するはずだ。しかし夢だった仕事に就いたのに、その努力を無駄にしてしまう人もいるようだ。
2023年6月、大阪地裁で行われた裁判の被告人の場合、幼いころからの夢であったバス運転手の職に就いたのにもかかわらず、なんと「色々なバスに乗りたかった」という驚くべき理由で、バスをわざと故障させてしまったのだ。法廷で被告人が語ったこととは。(裁判ライター:普通)
●エンジンルームの配線切断は何を目的とした犯行?
被告人は小柄でメガネをかけた、真面目そうな30代の男性だった。
起訴されている罪名は器物損壊罪と威力業務妨害罪。疑われている事実は2点だがほぼ同様の内容だ。起訴状によれば、被告人は事件当時、バス会社に勤務。高速バスを運転して東京から大阪まで運転していた。その停車地点において、ニッパーを用いてバスのエンジンルーム内の配線の切断や圧力制御バルブを損壊するなどして走行不能にした疑いがかけられている。2回の犯行で修理費用などの被害額は合計55万円を超える。
そのまま走行していたら、トラブルが発生し大きな事故に繋がりかねない危険な犯行である。しかし、そんな事態の深刻さに反して、被告人の動機は驚くほど身勝手なものだった。
被告人はバスを故障させて、普段とは異なるバスを運転したかったのだという。
●「被告人が乗車する車両ばかり配線が切れる」社内で話題
1件目の犯行ではバスのパーツの3か所、2件目の犯行は7か所が損壊されていた。被害会社の代表者は、急遽、振替の車両を手配することになり通常業務を妨害された行為にはもちろんのこと、安全に運行するバス会社としての信用問題に関わる点に対する強い怒りを供述で述べていた。
起訴された事件は2件であるが、それ以外にも同様の行為を行っていたとみられる。被告人が乗車する車両ばかり配線が切れることは、社内で話題になるほどであったという。
●「とにかく色々なバスに乗りたかった」
被告人質問では、勤務をしていたバス会社への謝罪から始まった。事件の約半年前に入社し、バスの運転免許は同社に所属している中で取得した。物心がつくころからバスが好きで、乗るのも路線を眺めるのも好きだったといい、運転手になることは夢であったとその思いを語る被告人。
弁護人「そんなに好きなバスを壊すことに、躊躇はなかったのですか?」
被告人「後先のことを考えずにやってしまいました」
弁護人「そのときは、どういう気持ちだったのですか?」
被告人「とにかく色々なバスに乗りたかった。いろいろなバスを運転したかったです」
弁護人「仮にこの状態で運転していたら、大事故になったと思いますが」
被告人「運転できないことは確認しましたし、仮に運転するとなっても私が止めるつもりでした」
普通に考えれば、損傷の箇所が多くなればなるほど行為の悪質性は強調され、乗客の危険性が増す情状として理解される。ただ、被告人の主張としては、確実にバスを動かなくするためであり、乗客を傷つけようとしたものではない。これまでのやり取りを見るにその言葉、目的に偽りはないと感じられた。
しかしながら、大好きなバスに乗りたいという短絡的な動機、そのためには大好きなバスの損壊することも厭わない強い意思、その一方で事故を起こさないようにも意識が及んでいた点など、規範意識のアンバランスさに、理解がなかなか追い付かなかった。
今回の事件がきっかけで被告人はバス会社を退職した。今後は職を選ばずに働いて、今回の修理費用などの弁償を行っていくと供述した。
最後に弁護人が質問した。
弁護人「まずは職場を選ばず働くということですが、将来的には?」
被告人「夢であるバス会社へ就職したいです」
判決は懲役1年6月(求刑同じ)、執行猶予3年であった。